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3章 言い伝えの領域へ

17-2 強者を屠るための作戦会議

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 順調に準備を拡充させてしばらくした頃、僕ら三人はまた竜の結界に足を運んでいた。

「赤竜さん。ようやく獣人領での情報収集が終わったから話を繋ぎますね」
『うむ』

 目の前に持ち出すのは水晶玉だ。

 原理は《次元収納》に近い。

 特定の次元に収納した目印に時空魔法で接触し、水晶玉を介して映像や音声だけを送受信する。

 実際に物を送りあうのとは違い、針孔ほどの歪みさえ維持すれば情報のやり取りが可能な技術だ。


 映し出されるのは邪神復活の儀式もおこなった神殿だ。

 獣人領の宰相と邪神、その背後に将軍が数名見える。

 目的通りの作戦会議に臨もうとする宰相に反し、背景ではこちらに手を振って少し和やかだ。

 邪神でさえ、祭壇上の座で頬杖を突き、少しにこやかにしている。

「エルディナンド。元気そうで何よりだ」
「はい。そっちも今は平穏そうでよかったです」

 宰相は頭が痛そうに、僕は苦笑気味に応じる。

 息を一つ挟み、宰相は空気を引き締めると赤竜に目を向けた。

「お初お目にかかる。あなたが話に聞く紅き神獣か」
『いかにも。その方らが獣の国の民と、それが奉ずる邪神か』
『ははっ。勇者の手によって打倒される竜と邪神。まるで御伽噺の世界だな』
「顔合わせの場なのです。そのような軽口を叩かないで頂けますか」

 邪神はどうもかなり軽い性格らしい。

 この発言で竜の熱量が増していくのを肌で感じる僕らはもとより、宰相も悩ましそうな顔で息を吐いた。

「竜よ、あれの言動には我々もほとほと苦労させられている。感情に触る部分もあろうが、なるべく容赦頂きたい」
『……』

 竜の無言の睨みはとても重い。

 僕は育ての親と同じような胃の痛さを抱える。

 宰相は視線で訴えていた。早く本題に移ろう、と。


 わかってる。

 今こそ見せよう。親子の以心伝心だ。

「宰相。砂界の環境を作っていたこの赤竜の結界には火と錬金術が得意な勇者が出入りしていたそうです。そこの動向調査はどうなったんですか?」
「動きがあったからこそ捕捉できたというべきか。結論から言えば、今回動いた勇者は両方だ」
「あー。単純な話、まともに戦えばかなり危うい戦力が来るってわけだよね? しかも、細かい作業が得意そうな方も来るから、待ち伏せにも気づきやすいかもって話だっけ」

 僕らは実力としてはトップクラスになるけれど、勇者の力は標準でその十倍以上という感じらしい。

 一人が相手なら隙を突けばどうにかなる可能性もあるけれど、二人が互いをカバーすれば勝機はかなり薄い。

『案ずるな、娘よ。それは汝らのみであればの話であろう? 弱っていようとも、奴ら一人くらいなら我が抑えよう』
『神造遺物と神獣なら実力は拮抗する。勇者は十から二十揃ってこそ厄介だ。奴らが赤竜の殺しを躊躇うか、身動きができる状態であれば竜の言葉は正しい』

 赤竜は怒りで物事が見えなくなることも多い。

 けれど、邪神がこう補足してくれるからには信じても良さそうだ。

 ふむふむと頷いていると、竜は僕に視線を向けてくる。

『エルディナンドよ。汝は確かに我を癒せるのだったな?』
「できます。少なくとも、ここで待ち構えるメリットはもうなさそうですし、今すぐにでも治療します。ただ、暴走は困るので勇者と戦うまではこの結界を解けません」
『ふむ。汝の前で荒らぶりすぎたツケか』

 少しは落ち着いて状況を見てくれるらしい。

 話の通り、僕らは動いた。

 テアとアイオーンが竜の背に乗り、その首を貫いている水晶を抜き去る。

 そして僕は《解析》と《原形回帰》によって傷を分析し、治療にかかった。


 《原形回帰》とは治癒促進でも、時間の巻き戻しでもなく辻褄合わせの力だ。

 水晶によって貫かれた竜の頸椎、神経、周囲の筋肉などの欠損部位を把握し、応じた組織を創造して補完する。


 水を生み出すことはできても、酸を生み出せる魔術師が希少になるように、比較にならないほど複雑で均一でもない肉、神経などを構築するのがどれだけ難しいことか。

 それができるからこそ、《神の権能》なんて大それた名前を冠する。

 竜の首の周囲に展開していた多重の魔法陣が消えたところで僕は息を吐く。

「赤竜さん、まだあまり動かないと思うけど調子はどうですか?」
『これは……。懐かしき四肢の心地よ』

 竜の口が笑うように開かれる。

 四肢を踏ん張り、立ち上がろうとしてもなかなか力が入らない様子だが感覚は戻ったようだ。

「治癒魔法をかけて、戦いまでに最大限回復させましょう」
『異論はない。汝は我に真を示した。再び空を駆る奇跡を与えた。――それに報いるものを返すと、我もここに誓おう』

 震える脚で身じろぐように向きを正した竜は、僕の前に首を垂れた。

 それこそ最大の賛美だったのだと思う。

 これを眺める宰相は誇らしそうだった。

「我が息子は途方もなく成長したようだ。……私としては、どこかで幸せに暮らしてくれるだけでよかったのだがな。邪神の器として、ただその時を待つのも良しとしなかったお前だ。歩まねばいられないのだな」
「だって、エルだもんね」

 宰相の呟きに、テアが深く頷く。

 そんな彼女に視線を向けた宰相は口元を緩めた。

「そうだな。親類が人間の凶刃に倒れ、私たちのもとに保護された時のテアはまさに狂犬だった。死に急ぐお前に、歩むべき未来を示したのもエルの生き様だったな」
「んなぁっ!? 今それを言わなくてもいいでしょっ!?」

 それこそ赤竜以上に怒り狂っていたテアが死地に向かわないよう、鎖で繋がれた過去がある。

 その時に様々なハプニングがあって彼女はようやく心を開いてくれたのだけれど、今は触れないでおこう。

 耳まで真っ赤だ。

「ちょ、ちょっと宰相! 変な空気を一番嫌がっていたくせにぃっ!?」
「ああ、すまない。だが、話はすでにまとまったからな」

 苦し紛れに叫ぶテアの声を宰相は笑って躱す。

 けれど、すぐに表情は引き締めていた。

「敵は火の勇者、カイゼル・アルハート。首都を守護する堅実な魔剣士で、二十半ばの男。戦闘経験は豊富で、戦場においては隙がないだろう。テアと同系統の戦闘様式だ。単純故に崩しようがない戦いをする」

 まず指を一つ立てて語る。

「次に地の勇者、エリノア・ハイムゼート。錬金術の最大派閥における天才的な術師で三十余りの女だ。力に任せて術を振るいがちな勇者の中でも珍しく複雑な術式を用いる。術に徹されれば何が起こるかわからない」

 二つ目の指を立ててきた宰相は問いかけてくる。

「さて、どう戦う?」
「こっちから仕掛けて、火を叩きます。それで仕留められなければ赤竜さんにそちらを任せ、僕らは暇を与えずに地の勇者を潰します。――もちろん、戦闘が始まる前に策にはめて完封するのが一番ですけど」

 いくら力の差があっても、武器を持った子どもは大人だって殺しうる。

 生物なら、必ず持つ弱点もある。


 どこでどうやって術中にはめるのか。

 それを熟考するためにも、宰相には視線で追加情報を求める。

 それでこそと認めるような笑みを前に、僕らは強者を屠るための作戦を練るのだった。



三章終わり



お知らせが二つあります!
まず、書籍情報から。
なろうから書籍化した「獣医さんのお仕事 in 異世界」漫画版6巻と
新作「おとなりさんの診療所」(あやかし×医療の現代もの)の2冊が2月20日に発売されました。
気になる方はこちらで情報をご覧ください!
https://twitter.com/Choco_Aozora/status/1361673180645974018?s=20


次に今後について。
本作品は次の4章を終えて完結する予定です。
大きな反響でもあれば第二部を。
そうでなければメイデーア転生物語や金装のヴェルメイユ、ハリーポッターのような魔法獣医ものでも書いてみようかな? と思っています。
どうぞ引き続き応援よろしくお願いいたします!
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