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4章 人間領と獣人領と砂界の三つ巴

18-1 Side勇者 万能なんて存在しない

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 人間領の首都は一片の汚れもないほど繁栄していた。

 他国と比しても桁違いの百万という人口を抱えながら、街は意匠を凝らせた石造りの建物、水路などが中央から末端まで建設されている。

 おまけに大商人や貴族などは空を飛ぶ乗り物すら有しているなんて他国からすれば神の世界にも思えるだろう。

 《天の聖杯》と呼ばれる神造遺物の恩恵によって、この世の栄華を極めていると言って差し支えない。


 その栄華を率いる者を育成する錬金術師アカデミーにその人は立っていた。

「――とまあ、《天の聖杯》による千年王国なわけだが、魔法技術はもはやさしたる技術革新もなく、先人が説いた理論の証明程度しかできていない。それは何故か? 人間が扱う魔法の限界が見えたからだ」

 教壇に立つエリノアを一目見ようと集まった学生の数は二百以上。

 肉声では部屋の隅まで声が届かない講堂だが、聴衆は音を立てるのも罪のように謹聴している。

 だが、そんな聴衆の態度に反してエリノアはやる気がない。

 目つきも悪く周囲を見渡し、ため息を吐く。

「魔法を構成する上で重要なのは精密性と魔力容量だ。どちらも限界がある上、個人差が大きい。両方が優れた人間なんぞほぼいないし、聖杯に与えられた生活に満足して修練すら怠る愚民が多い。虚栄の都市だな、ここは」

 嫌気を一つも隠さない顔の彼女は、バン! と盛大な音を立てて黒板を叩く。

 すると黒板には勝手に文字と図式が刻まれていった。

「お前たちとは言葉を交わす時間も惜しい。というわけで、せめて雑務くらいこなせるクソ虫になれ。この魔法理論を付与したスライム、魔石を作れる奴なら師事くらい許す。そうでないなら人体実験の材料にでもなれ。それ以下には興味もない」

 教壇に立って僅か数分が過ぎた時のことだった。

 エリノアはそれだけ言い残して壇上を去る。

「はぁ、もどかしい。オレが聖杯の力を受ける前だってあの程度のことはこなしてみせたってのに……」
「口が悪いですよ、エリノア。あなたは人の上に立つ者として、そして淑女としてもっと正しき振る舞いをすべきだ」

 研究室に戻る廊下で待ち受けていたのは見るも煌びやかな鎧を身に着けた騎士――カイゼルだった。

 額縁からそのまま出てきたかのような金髪碧眼は言うことが違う。

 片や学院支給のローブを羽織り、ぼさぼさの長髪と適当な眼鏡をかけているだけのエリノアとしては反吐が出そうだった。

「栄誉だのなんだの、お前のご口上は聞き飽きた。商人の方がよほどマシな話をする。もう少し実用的な利を示せ」
「何を馬鹿なことを。勇者の一角である以上はどのような者であれ、十分な報酬と地位、名誉が与えられている。それで満足いかないのなら、訴えをすべきはあなたの方では?」
「そうか。じゃあ、オレ並みの実績を上げられるやつを寄こせ。老若男女、種族は問わない」
「そんな天才が何人もいるわけがないでしょう。むしろ欲しているくらいだ。私費で学問の場を提供しているというあなたの方が知っているのでは?」

 エリノアはこの人間領で最も高名な錬金術の学院に籍を置いている。

 けれども、気難しくて教鞭をめったに振るわないことは有名だ。

 それでもなお聴衆が減らないのは勇者の権威と、カイゼルが口にした学問出身の子らがいるからだ。

「天才の言葉一つで済ますな。才能もあるが、与えられたものだけじゃ――ああ。いや、勇者様どもは天才の集まりだったか。失敬した。勇者は単に魔力容量が増えただけの人間だというのに全能感を持っていらっしゃる。人間の魔法の可能性は存外、浅そうだ」

 エリノアは、はあと重く息を吐いた。

 ここまで露骨な態度を取られれば流石にムッとくるらしい。

 お綺麗な騎士様は眉を少しひそめる。

「後進の育成が必要と言うのなら、あなたはなぜ出立をこの時間と言ってきたのですか。学徒はあなたを待っていますが?」
「見込みがないクソ虫共だ。オレが何かを学ぶ未来が見えないから有限の時間は使わない。砂界や獣人領は実証実験にちょうどいいからやぶさかではないさ。トカゲのクソ穴にスライムをぶち込む雑務がなければ、なお良かった」

「では、砂界の適当な集落であなたの実験を。その後に実験体をスライムに食わせて竜の結界へといつもの流れですね? しかし、慣れた作業とはいえ神獣相手です。武装はしかと整えてください」
「はいはい。だが、雑務はお前がやれ」

 元々、火の耐性持ちだからと彼が任されている仕事だ。

 エリノアはあくまでその管理維持に必要だから駆り出されているに過ぎない。

 彼女はまたため息を吐き、準備のために自室へ戻るのだった。
 
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