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9巻

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    †


 里の生活方針を決める、族長と呼ばれる高齢の統率者と、里を守るために若い者を統率する戦士長。この二人が、協力して樹海のエルフ社会を束ねている。
 千人に満たないので、人間社会のような明確な権力関係や身分制度はないものの、彼らが共同体の中心なのは間違いない。序列としては、経験がまさる族長が上。戦士長の仕事は、族長のめいや規律にしたがい、集落を守ることだ。
 しかし近年は、血気盛んで伝統や規律を重んじる戦士の発言力が上がり、口答えをすることが増えてきていた。もちろん、悪意があるわけではない。同族のエルフを守ろうとする高潔精神の表れである。私欲に走る者はこれまで一人としておらず、それが彼らにとっての誇りだ。
 狩猟の時はいつだって殿しんがりを務め、住民の盾となる戦士の姿は、里の全員が知っていた。彼らが言うのは、いつも「仲間のため」「家族のため」と正論ばかりである。
 しかしヴィエジャの樹海に跋扈ばっこする魔物は強い。いたずらに争えば消耗しょうもうする一方なのは明白で、大を守るために小を犠牲にする判断も、時には必要となる。戦士に不足しがちなそれを補うのが、族長の責務であった。
 それに対して時折返ってくる反発が、族長にとっての悩みのタネとなっている。

「族長、此度こたびのことはどういう了見か。この集落に他種族を――こともあろうに魔物と通ずる者を迎え入れるなど、正気の沙汰さたとは思えない」

 やはり言ってきたか、と族長は苦労がにじむ顔となる。
 執務机越しにけわしい剣幕を向けて、先ほどの言葉をはなったのは、戦士長のリードベルトだ。
 遺伝的に骨も体も細く、筋肉がつきにくいエルフでありながらも、彼は鍛錬たんれんを重ねており、引き締まった筋肉をつけている。その厳格さは彼の顔にも表れ、り固まっていた。常に眉をひそめているするどい目元は、幼子おさなごが見たら泣き出すであろうけわしさだ。
 無論、それは老骨にとっても多少厳しい。できることなら向かい合うことは御免ごめんこうむりたい族長だったが、視線は頑として動かない。避けては通れない道らしかった。

「魔物に通ずる者ではない。マレビトであろうよ」
「マレビトである証拠がどこにあると申されるか」
「ドラゴンにまたがれる者などそれ以外におらぬ。二代様の時代から世を見続けてきたわしが証人じゃ」

 二代様とは、二代目のマレビトのことで、彼がいたのは千年も前だ。

「だがそのマレビトが我らの敵でない保証がどこにあろう。邪悪な魔物から同胞を守りきれるか疑わしい」
「あのマレビトが我らの敵ということはあり得ぬよ」

 リードベルトの遠慮ない物言いに憤慨ふんがいするでもなく、族長は冷静に首を横に振る。

「彼が真にエルフの敵なら、すでに我らをドラゴンの律法でほろぼしている。我らには誇る財宝もあるわけではなし、ドラゴンから離れて里に踏み入る理由はなかろうよ。よって魔物に仲裁役として使われているだけ、と判断した。魔物を贔屓ひいきしないとは言い切れぬが、それは今後見極めれば良かろう」

 弱腰になったのではない、と族長は威厳をもってリードベルトに返す。
 すると今までのように間も置かずに返ってくる言葉はなかった。ひとまずほこを収める気にはなったらしい。しかし、リードベルトの表情は厳しいままだ。

「なるほど、族長のお言葉も一理ある。だが魔物との問題は、生活の根幹に根差すもの。魔物とれ合うために我らの暮らしや伝統を踏みにじられてもよろしいのか?」
「争いで命が失われるよりは良かろう。そこはおぬしも望むことのはずじゃ。我らは良くも悪くも増えすぎた。どの道、同じままではいられぬよ」

 リードベルトは族長の言葉にいくらかうなずいていた。しかし、族長の言い分を最後まで聞いた彼は、その感想とでも言うように、はあと大きなため息をつく。
 その失礼な態度に族長はにらみを利かせるが、リードベルトから返される視線はさらにするどい。叱責するつもりであったのに、逆にぞくりと背に悪寒おかんを感じてしまう。
 族長がひるんだところに、リードベルトは重苦しい声を向けてきた。

「百歩ゆずって、マレビトは伝説通りのお方としよう。けれど魔物がれ合ったふりをして、後で手のひらを返してきたら、どうなる? 私が危惧きぐするのはそこだ、族長よ」
「森の魔物は生来、危害を加えなければ大人しいものじゃ。それが何十年、何百年と続いてきたのだから、今さら変わるとは思えぬ」
「族長は何を根拠にそのようなことをおっしゃる? まさか森の魔物と心が通じる、とでも言うおつもりか。そのような思い込みは甘いと、毎度ご忠告申している」

 言葉を詰まらせた族長だったが、首を振って思い直すと正論を返した。

「それは……ドリアードをはじめとして、魔物を見ていればわかることじゃ。彼らは一定の限度さえ超えなければ、攻撃してこない。そもそもおぬしは何を考えている? いくら正しくとも、波風を立てるのでは、平穏は遠ざかるばかりじゃぞ」

 族長の釘を刺す言葉にリードベルトはしばし黙り、「ごもっともだ」とうなずく。けれどその瞳の色は全く変わっていない。形式上、同意の言葉を口にしただけなのだろう。

「だが、族長の言う平穏とは仮初かりそめだ。あやふやで、いつ崩れるともしれない。あの強大な魔獣まじゅうがいる上に、魔物があふれるこの地で、何故そうと言い切れる? 仲間と共に生きるため、変化は受け入れよう。けれど、我らは一時いっときも気を抜いてはいけない。ましてやあの精霊は、悪知恵で我らをおとしいれるだけでなく、他の魔物を先導して我らをおびやかすではないか」

 リードベルトは自分が危惧きぐするところを、穏やかに語り終える。すると彼はこれまでの無礼をびるように頭を下げた。

「申し訳ない、族長よ。今のは打開策もない脅威論だ。領域の調停者たる魔獣まじゅう、本能で生きる魔物に関しては、受け入れるしかないだろう。好戦的な魔物でも、徒党を組まぬ限り、我らが術にかかれば問題ありませぬ。しかし、あの精霊だけはつべきだ。現状を打破するならば、それだけは達成すべきだ」

 言葉は静かでも、力のある視線に族長はつらぬかれる。ここまで言い切られてしまうと、彼の方が正しいのではと思えてしまう。事実、この力強さがエルフを守ることも多いために、最近はリードベルトを支持する者が増えていた。
 しかし彼はエルフのためと数々口にするが、そのやり方は伝統的なものというより人のものに似ていた。本来は自然と折り合いをつけ、苦しくとも森と生きるのがエルフである。
 いさましいリードベルトは、族長が返す言葉を用意できないうちに宣言した。

「マレビトのお言葉には耳を傾けよう。そして隙あらば仇敵きゅうてきほうむる。その方向ならば、族長としても合意できましょう? 私はそのむねをドリアードに伝えるべきと考える。幸い、マレビト側もさらわれた女性を探すためにそこへ向かうとのこと。それに同行して、森の統治者に我らの総意を伝えてきましょう。いかがか?」

 彼の視線に宿やどる何かにまどわされ、族長は「う、うむ……」とうなずくしかなかった。
 これも間違った選択ではない。エルフのためになるのは確かだと、言い負かされてしまう。
 意は得たとこの場を去ろうとしていたリードベルトの背に、族長は独り言のような声をかける。

「……おぬしはあの精霊がにくかろうな」

 はたと足を止めたリードベルトは振り返ると、こう言った。

「何をわかりきったことを。奴は悪。慣れ親しんだ家族を害す敵。にくくないはずがありましょうや。我ら戦士は、奴のような存在から同胞を守るためのやいばだ」
「そうか。愚問ぐもんじゃったな」

 野暮やぼなことを言った、と族長が目を伏せると、リードベルトは部屋を出る。

「エルフの戦士はエルフを守る。わしわらべの時から変わらないことであったよ」

 バタンとドアが閉まった後、族長は一人嘆息するのであった。


    †


 エルフの里に入れば刺々とげとげしく警戒されるもの――と思いきや、風見らを出迎えたのは興味半分、歓待半分という好ましいムードだった。特にエルフの若者は目を輝かせて見つめてくる。
 風見らが結界を越えて里に入ると、若い男女のエルフがいち早く駆けつけてきた。二人は我先にと風見に両手で握手を求め、にぎった手をぶんぶんと上下に大きく揺らすほど友好を示してくる。
 若い二人は案内と小間使い役だという。そして女性の方は、とがった耳を興奮でぴこぴこと動かしながら、風見を見つめてきた。

「わぁ、人間! それもマレビトでも、見かけはエルフとそんなに変わらないんですね。ちょいと肌が黄色くて耳が丸いくらい? あのう、触ってもいいですか? ほんの少しでいいのでっ」
「あ、ああ、好きにしてくれ。その代わり、俺もトンガリ耳を触らせてもらってもいいか?」

 風見は苦笑しながらも、彼女の耳に手を伸ばす。

「ハイ、どーぞどーぞ。でもこんな耳なんて珍しいものじゃ――きゃんっ、くすぐったいですよー」

 むずむずとしながらも我慢していた彼女は、こらえきれなくなると細い指で風見の手を引き下げ、逆襲と言わんばかりに触ってきた。

「すいませんっ、自分も触らせていただいてもっ!?」

 どことなく彼女と顔立ちの似た男性のエルフも、元気よく手を上げて主張してくる。
 二人が友好的なのは、里の外の世界に興味をいだいているかららしい。彼らだけでは務まらないものもあると見たのか、人間だと四十代くらいに見える男がお目付け役として後ろについてきていた。
 触れ合いが一段落すると、女性のエルフが元気に声を上げた。

「はいはーいっ、それでは自己紹介を! 私はフラム。年齢は秘密でっす。でも、長生きだからっておばあちゃんというわけではないですよ? 過疎かそってて同年代の男の人もいないから、異性を知らない一番の乙女盛りなんです。なのでいやらしいことは程々にしてくださいね?」

 続いて若い男のエルフが自己紹介する。

「自分はフラムの双子の兄で、バルドと言います。年齢は三十二です。妹と一緒に戦士団に所属していて、ここでの案内と小間使いと若干じゃっかんの監視をおおせつかっています」
「ちょっとにい、年齢ばれてる! 隠した意味ないっ!?」
「そ、そんな。別に年くらい、いいじゃないか。気にすることじゃないって」
「人が気にするっ! 三十代といえば三十路みそじよ、み・そ・じ! 人間視点だと行き遅れてえてるように見えちゃう!」
「人じゃなくて、フラムが焦っているんじゃ――」
「うっさい!」

 フラムはぎゃあと叫んでバルドを張り倒す。
 こんな口論は見ない振りをしてあげるのが風見の優しさだ。
 彼らより年齢が下で相手がいない若者は、五歳前後の子供二人だけらしい。この里は外部からの流入がないらしく、フラムが焦っている理由も十分に納得できた。
 フラムは兄の首を絞めて「あの子たちが育つまで最低でもあと十数年、そんな長い期間、処女でいられるかっ!」と叫んでいたが、風見は大人としてこれも聞かなかったことにした。
 それにしてもエルフというのは本当に長命らしい。見目みめも高校生と変わらず、モデルやダンサーのような整った容姿のフラムなら、年なんて気にすることでもないだろう。そんな彼女は、兄を放ると風見の手をにぎり直す。バルドは咳をしながら乱れた服装を整えて、風見に頭を下げた。

「す、すみません。猊下げいか、お見苦しいところを……」
「気にしないでくれ。それより、これから二人のお世話になるんだよな? しばらくの間、よろしく頼む」
「いえ、こちらこそ!」

 バルドはきりりと背を伸ばして敬礼する。くだけた妹とは違い、生真面目そうな青年だ。
 彼らは共に若緑色の服と、肩まで帯が下がるバンダナを身に着けていた。里にはこのような姿をしているエルフが多い。これが民族衣装としての正式な形なのだろう。
 バルドは短い髪をしたほがらかな少年で、帯剣をしている。リズが遠くから彼の姿をふむと見据みすえたくらいなので、ある程度の腕を持っていそうだ。
 一方のフラムは肩を過ぎるくらいの髪に、すらっとしなやかな体と、うらやまれる見目みめをしている。こちらも短刀を腰につけていて、身なりは動きやすさを求めた印象だ。
 そんな二人は、風見が集落に入ってからというもの、ご主人に取りつく子犬のようにそばを離れなかった。案内中も、揃って風見の周りをぐるぐるし、リズたちを蚊帳かやの外にしているくらいである。
 しかも彼らは、邪魔くさいと苛立いらだちを込めたリズの視線を背に受けても、全く反応しない。興奮に身をまかせるばかりだ。歩きながら風見に次々質問してくる。

「あのあのっ、ドラゴンは本当に言うことを聞くんですか? 人は食べちゃわないんですか?」
「とりあえず人並みに頭はいいから、大抵のことは理解してくれるし、人は食べないよ。食べさせるとしたら、討伐とうばつ依頼がかかっている大型の魔物かな。困りごとは、あんなにおっきくてパワーもあるから、じゃれられると死にそうになること……って、さっき実際に見たよな」

 頬を掻く風見に、今度はバルドが問いかける。

「これからの旅、エルフの戦士をお供にする気はありませんか!?」
「え? いや、特に何も考えてなかったけど……」
「是非自分を連れてってくれませんか!」
「あぁっ。にいずるい、私もっ!」

 そんなやりとりをしているところに、じとりと視線が突き刺さる。風見がしょっちゅうリズから向けられているのと同じものだ。見れば、中年のエルフが若い二人をにらんでいた。

「やめないか、お前たち。エルフの戦士とは聡明でいて、謹厳きんげんな者のこと。未熟な者など求められないし、恥ずかしくて出せるものではない。口より働きで自分の価値を見せなさい」

 お目付け役らしい言葉である。沸き立っていたフラムとバルドは、水を差されたことで言葉を続けにくくなってしまったらしい。仕方なく黙り込み、静かに案内が再開される。
 ようやく訪れた静けさに、風見は苦笑気味で歩いていた。すると風見の隣がいたことで、リズが彼に寄りつく。

「シンゴ、あまり気を詰め過ぎるな」

 ぼそりと、周囲には意識されないほどの小さな声で彼女は言う。
 ふと風見が視線を向けても、彼女は横目でちらりと確認しただけだ。クイナやクライスなど、他が会話に入り込んでこないように、わざと小声にしているのだろう。

「こんなところにいて、お前がはしゃがない方がおかしい。お前が興奮しないのは、考えているか悩んでいる時だけだ。だがね、今はクロエのことを心配しても、何も始まらんよ」

 風見の表情はところどころぎこちなくなっているのだろう。風見としてはナトの言葉を信じ、ひとまずはこちらに集中しようとしていたのだが、隠しきれないものがあったらしい。

「そっか。……そうだな。キュウビがクロエを探してくれているし、俺は俺でやることをやる。ナトは目的に必要だったからこうしただけだ。俺がちゃんとすれば上手くいくよな。それで、クロエを早く迎えに行ってやらないと」
「ばかシンゴめ。……はぁ。まったく、どう言ってもお前は変わらんね」
「な、なんだよ。そういうことで合ってる……だろ?」
「そーだね、合っているんじゃないかな」

 いかにも物言いたげなジト目で風見を見たリズは、ため息をつく。
 キュウビは飛竜にまたがり、先ほど里をった。彼女はクロエを連れ去った魔物の行き先に心当たりがあるそうだ。彼女なら一人でも戦力的には十分であるし、飛竜もあやつれる。滅多めったなことは起こらないだろう。
 それに彼女には、グリフォンに乗ったエルフの戦士が二人同行した。戦士長とその右腕という精鋭だそうで、心配すべき要素は見当たらない。
 そしてナトは、森との緩衝かんしょう地帯に残り、こちらににらみを利かしたままだ。防塁ぼうるい上に集まったエルフの戦士が、現在も彼女の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに警戒しているらしい。
 一方の風見らは、お世話になる家に向かっていた。バルドとフラムたっての希望と、広さに余裕があるということで、風見らの宿泊先は彼らの家である。
 二人の家に到着し、不安そうな面持おももちだったお目付け役と別れる。
 バルドはリズ、クイナ、クライスの三人にどこで休めばいいかの説明を始めた。
 それを見たフラムは、ぱっと笑みを浮かべて風見に質問を向けてくる。

「えーと、それで猊下げいかがご覧になりたいのは、私たちの生活ぶりですよね?」
「ああ、まずはそこを頼む」
「と言っても、世間様で言うエルフの生活と代わりえしないですよ。木の実を取って、狩りをして、薪を集めてスープなりを作り、日々のかてとする。それが終わる頃には一日も終わります。雨の日は、ハープや弦楽器を演奏してますねー」

 それのみなのでつまらない。フラムはそんな表情だ。彼女は苦笑もそこそこに、「今夜二人っきりで弾き語りでもご披露ひろうしましょうか?」とアピールしながら、家の中を紹介してくれる。
 家は木造の平屋で、土間にはかまどと水がめ、少量の薪が置いてある。その奥は板張りの居間と双子それぞれの部屋だ。この里ではこんな造りが一般的らしい。
 風見は早速目をらし、日常生活の問題点を探す。魔物とのトラブルに関係するものがあるかもしれない。

「調理はかまどでするんだな?」

 風見の質問にフラムが答える。

「そうですね。でも、遠方で切っても大丈夫そうな大きな樹を探そうにも、魔物が邪魔するんです。そのせいで近場の小枝しか利用できないんですよ。小枝は燃やすとすっごく煙たくて、私もにいも目がシパシパして……」
「しっかりした薪じゃないと、煙が出るばっかりで火力も弱いし、難点が多いよな」
「そうなんですよ。狩りも薪集めも楽じゃなくて、困ったものです」

 ぶうとふくれっつらをして、フラムは腰に手を当てた。
 小枝を使ったき火の白い煙を思うと風見も同情する。あれはつんと目も鼻も突くので耐えがたい。
 こういうことは乾燥地帯でよくあると聞く。葉や細木は火持ちが悪く、火力も出ないし、煙が多い。そのため、染みる煙に長時間いぶされながら食事作りをしなければならず、大変苦労するそうだ。
 これが問題点一。このせいでちゃんとした燃料を確保できず、集落の周囲で伐採を繰り返すことになる。すると、だんだんと森が食い潰されてしまう。

(なるほど。でもこれだけだったら、魔物に協力してもらったり、アフリカと似た解決法をもちいたりすれば大丈夫だよな?)

 風見の頭にはすでに方策がいくつか浮かんでいた。敢えて言うなら、それにともなう変化に魔物やエルフが理解を示してくれるかどうかが、唯一の問題だろう。

「これについては、後でナトとも相談だな」

 うんうんと風見がうなずいていたところ、今度はフラムの方が風見に問いかけてくる。

「あのー、さっきドラゴンとも仲良くしていると言いましたよね。ということは、精霊ともちゃんと話せちゃうんですか?」
「ナトは言葉が話せないわけじゃないからな。そもそも、俺をここに連れてきて仲裁させようとしたのは、あいつだ。できるだけ穏便に済ませたいって思っているのは、確かじゃないのかな」
「うーん、相手が違えばそうなるものなんですかね? 私たちの場合、あの精霊は無言で攻撃してきますから、なんだか信じられないです。確かに深追いはしてこないけど、容赦なく一撃で殺されたエルフは何人もいました」

 あまり思い出したいことではないらしく、フラムの表情はくもっている。風見が言うことを疑っているのではなさそうだが、やはりそう簡単には納得できないらしい。

「それに正直なところ、いくら猊下げいかが仲裁を買って出てくれたからといって、魔物とわかり合おうと考えるエルフは少ないかもですね」
「それは何か理由があるのか?」
「はい。正直なところ、エルフと魔物は互いに殺し、殺されているので、その点ではじ曲がったうらみはいだいていないんですよ。魔物とは元々そういう関係で、それも自然の摂理です。けれど……」

 フラムはそう言って言葉をにごす。
 よほどの何かがあったのかと風見が見つめていると、彼女は口にしづらそうに言った。――あの精霊は毒を使ったんですよ、と。

「詳しく語る前に一つ聞いてみます。エルフはあまり繁栄していない種族ですが、何故か知っていますか?」
「そういえばよく知らないな」

 エルフといえば、森で静かに暮らす少数民族とのみとらえていた。しかし、もしエルフが人間よりただ長命なだけの種族だとしたら、混血なり純血なり、もっと世界にあふれていなければおかしいだろう。エルフの希少性に、それなりの理由があってもおかしくはない。
 風見が思案顔をしていると、フラムは答えた。

「樹海のエルフは千年前にこの里で集団生活をはじめて以来、これまで順調に人口を増やしてきました。けれど、エルフは元々増えにくいんですよ。普通にエッチもしますし、子供も産みます。ただ、双子の小さい子供が生まれやすいからか、虚弱で大きくなる前に死ぬ子供が多いんです」
「だから人数があまり増えないし、森の中で狩猟民族として暮らせるってわけか」
「はい。あと伝統を重んじているため厳格な一夫一妻制だし、離婚や不倫も許されないから相手が少ないんですよね。ほんとにもう、猊下げいかみたいな年頃で有望な人とかまれだし。周囲には行き遅れみたいな目で見られるし。私も、相手が欲しいなーって。一人寝が寂しいなーって」

 説明をしながら、フラムは風見に体を擦りつけ、手を彼の太ももにわせてくる。しかし彼はそのアプローチに動じもしない。

「ふーむ」
「あの、聞いてます?」

 上目遣いで問いかけてくる彼女に対し、風見ははっきりとうなずいた。

「なるほど。クマ科の動物とかはそういう感じだったっけ。人間でも双子が産まれやすい家系なんていうのもあったし、昔は双子の出産はリスクが高かったって言うもんな。あとは……ふむ」

 要するにエルフは、双子を未熟児として生む傾向が強いらしい。
 現代でこそ人工保育器など設備が整っているので、未熟児でも育てられる。しかし医療が整っていなかった頃は、未熟児は感染症への抵抗力も少ないし、体温調節も難しいなどの理由で、助けられなかったものだ。よく育った子供や双子の出産では、母体に負担がかかって母親にまでリスクが及ぶことだってある。長命イコール何度も子供を産めるとは、ならなかったのだろう。
 そんな風に解釈を進めて風見がうなずいていると、フラムはやきもきした様子で身を乗り出してきた。

「あのですね、実はとついでしまった友人のがもう一つあるんです。ここのベッドも足りないし、よかったらですね、親交を深めるお話ついでに今夜私の弾き語りでも聞きながら……」

 フラムが女豹めひょうのように迫ろうとしたところ、しゅっと飛び出したクイナが風見の前に陣取った。

「シンゴ、見て見てっ。バンダナをつけてもらったのー!」

 それは予想外の方向からの、あまりにも速い行動であったため、フラムは対応できなかった。
 さすがにここまでの主張が来ると、風見も思考の世界から帰ってくる。

「ん? ああ、可愛いなクイナ。それにこのバンダナ、何かの繊維なのか?」
「何かの葉っぱの繊維をほぐしてから、み直すんだって言ってた」
「へえ、そんなのもあるのか。その葉っぱがある場所も教えてもらったのか?」
「うんっ!」

 くしゃくしゃと猫耳をでられ、まさに猫可愛がりを受けるクイナ。フラムは相手にえている自分が恥ずかしいやら、やっぱり若い子がいいのかと嫉妬心しっとしんいだくやらで、プルプルと震えるのだった。
 ――その後、長い話になりそうだから居間にあるテーブルに移動したのだが、クイナは一緒について来て風見の膝の上にちょこんと座った。彼女は話の邪魔もしないため、追い返すわけにもいかない。風見と二人きりになるのを諦めたフラムは、仕方なく元の話に戻す。

「ええとですねー……、そーいうわけで私たちは、生まれた子供を特に大切に育てようとします。食料もあまり多くは取れないのですが、子供に優先的に分配するようにしているんですよ。ただ以前、精霊はその限られた食料に毒を盛ってきたんです」
「それは、元から毒のあったものを食べたとか、体質に合わなかったとかじゃなく?」
「そんなはずはありません。私たちはその食料――蜂蜜はちみつを、甘味として古くから愛好していました。それに、数百年前、この樹に移り住んだ当時はなかったし、近隣の蜂蜜はちみつだけ害があるんですよ? 毒を仕込まれたに決まってます。だから蜂蜜はちみつが悪いということはありません」

 毒のせいで、子供が何人も死んだ。だからエルフは、魔物の中でそのようなことを考えつくことが唯一できる精霊のナトを、特にうらんでいるのだと言う。

「一つ聞くけど、毒を入れられたのは蜂蜜はちみつだけか?」

 ふむとうなずきながら風見は問いかける。すると彼女は「いいえ」と首を振った。

蜂蜜はちみつの次は、ソーセージとして保存していた肉でも同じような症状が出て、今度は大人までその被害にいました。その他には、警戒が行き届かなくなる嵐の時に限って、どこかに毒を仕込んでくるんです。嵐の数日後に、全身から血をにじませて死んだエルフだっているんですよ!」

 蜂蜜はちみつと肉類。確かに全く接点がない食料で似た中毒症状が出たら、毒の混入を疑うというのもわかる。それに、全身から血をにじませる症状で仲間が死んだら、相当心に来るものだろう。
 毒という卑劣な方法を使われたという意識だけでなく、仲間をむごたらしく殺されたうらみもあるわけだ。

「なるほど、嵐の後に発生するわけか」
「そうです。嵐なんてどうしようもない隙を狙うんだから、卑怯ひきょうだと思いませんか!?」
「その時、粘膜からの出血、黄疸おうだん膀胱炎ぼうこうえんなんかの症状が出ることもあったんだな? あ、黄疸おうだんは肌や目が黄色くなることで、膀胱炎ぼうこうえんは頻尿だったり尿が出にくくなったりすることなんだけど」
「そう、そんな症状が――って、あれ? 私、その程度で治まる時もあるって、言いましたっけ?」
「いいや。でもこういう土地柄だし、なんとなくわかった」

 フラムの言葉は十分なヒントになった。それに加えて風見としては気がかりが一つある。
 それはつい先日、クロエが取ってきた蜂蜜はちみつをナトが投げて捨てたことだ。そのことが関係ないとは思えず、彼は改めて心に留めておいた。


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