一人では戦えない勇者

高橋

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1章

2話  親切な兵士と腐った侍女

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 謁見の間を出て、すぐに兵士が駆け寄って来た。
 ヨハンネス・ディックハウトと名乗ったその兵士は、城の外まで僕を案内してくれるらしい。
 丁度いいからこの兵士にこの世界のことを聞いてみようと思い、いくつか質問してみたら、お喋り好きなのか僕の前を歩きながらマシンガンのように喋り続けた。

 まずは暦の話。
 一年は四百日で閏年はない。一年は十ヶ月で一月は四十日。一週間は十日で一ヶ月は四週間。一日は二十四時間だけど、こちらの一分と地球の一分が同じかはわからない。スマホ? 持ってるけど、丁度今日、イジメっ子に破壊されたばかりでうんともすんとも言わない。時計は持ってないし……まあ、一分の長さなんて、どうでもいいか。それより聞くべきは。

「魔法について教えて頂けませんか?」
「んー? いいよ」

 肩越しに振り返り軽い口調で返す。
 金髪でチャラい感じのヨハンネスさんの説明は、寄り道ばかりだけど難しい言葉を使わずできるだけわかりやすく説明しようという心遣いが感じられた。
 魔法。一般的には魔術で、魔術の上位スキルが魔法だ。
 一般に知られているのは、魔法は勇者にしか使えない。けど、古い文献には、勇者以外でも使っていた記録がある。かつて大陸中域を統治していた旧シュトルム帝国の初代皇帝とか、旧シュトルム帝国崩壊時に、ここベンケン王国を独立させた建国王とか。
 歴史上の英雄には、魔法の使い手が多いのだそうだ。

「ちなみに、シュトルム帝国は今もあって、旧帝国の正統な血筋、って触れ込みだよ」

 この人の話は"ちなみに"が多い。

「魔法の話をする前に、クラスのことを教えた方がいいよね。君たちの召喚の間での反応からすると、さ」
「クラスっていうと騎士とか剣士とか、ですか?」

 あと思い付くのは、アーチャーとかアサシンとかライダーとか?

「うん。この世界の人間はみんななにかしらのクラスに就いている」

 ジョブシステムみたいな感じかな。

「僕で説明すると、実家がディックハウト騎士爵家だから生まれつき【貴族】だった。三男坊だから、こうして奉公してるんだけどね。ちなみに、人族で貴族家以外だと、【王族】か【平民】だね」

 この三つのクラスは、基本クラスとか基礎クラスとか呼ばれるもので、普通に生活していれば、一年につき一つレベルが上がるらしい。

「クラスレベルをただ上げるだけではなく、スキルも取得することで他のクラスになれる。僕だと、物心ついた頃から剣と魔術を習っていたから、成人年齢である十四才になる頃には【剣士】と【火魔術士】の両方なれた。まあ、どっちにもならずに、【兵士】になったけどね」

 前方から貴族っぽい格好の人が、僕の仮面をジロジロ見ながら通り過ぎる。

「必ずしもクラスと職業を一致させなければいけないわけじゃない。けど、職業に合ったクラスにした方がいいね」

 補正のようなものがあるらしく、【農民】クラスに就いてる農夫と、就いてない農夫では、作物の出来に差があるそうだ。
 で、クラスチェンジは、〈クラス変更〉スキルを持ってる教会の【神官】にお布施を払えばやってくれるそうだ。有料かぁ。

「クラスレベルって、いくつまであるんですか?」
「ずーっと西の方に、シャイベ神聖王国って国があるんだけど、そこの神官が受けた信託によると、100らしいよ。過去の英雄の中には、100まで至ったと伝えられてる人もいるね」
「近代ではいない、ですか?」
「だろうね。いたら話題になってるし、至るとしたら、魔物と戦うことが多い冒険者だ。冒険者は、基本、目立ちたがりが多いから、100になったら自慢して話題になるだろうね」

 冒険者っているんだ。

「ちなみに勇者もクラスだよ、【支援の勇者】様。まあ、勇者クラスは変更できないし、クラスレベルが存在しないらしいね」
「え? レベルがないんじゃ、スキルを覚えられないのでは?」

 これ重要。冒険者について詳しく聞きたかったけど、こっちの方が重要。

「勇者は、最初からなにかしらのスキルを持ってるらしいよ。【剣の勇者】なら〈剣術〉。【支援の勇者】なら〈支援魔法〉。あと、その人の行動で、クラスに関係ないスキルを覚えることもある。剣を振り続けて、〈剣術〉スキルを取得したりね。ちなみにスキルレベルは10までで、魔術系スキルにはレベルがあるけど、魔法系スキルにはレベルがないんだってさ」
「つまり、ぼ、俺は既に〈支援魔法〉を使える?」
「使い方さえ知ってたらね。ちなみに、ナメられないために"俺"にするんなら、言い間違えないように気をつけないとね」

 バレてる。ナメられないようにしてるのもバレてるし、言い慣れてないのもバレてる。
 恥ずかしい。仮面のおかげで赤面してるのはバレないだろう。まあ、ヨハンネスさんは、前を向いてるからバレないだろう。

「では、魔法の使い方を教えていただけますか?」
「君は、勇者様なのに丁寧だね。好感が持てるよ。ちょっとからかっただけで赤くなるし」

 なんなの、この人。後ろ見えてるの? 見えてても、仮面が邪魔でしょ?

「魔法の使い方はわからないけど、魔術の使い方なら説明できる」

 人間には、プラーナという精神エネルギーがある。日本のフィクションとかだと、生命エネルギーとして扱われるけど、この世界では違うらしい。
 で、このプラーナを操り、術式を呪文や魔術陣を構築して発動するのが魔術。
 んで、魔法はよくわからない。使い手がいないから、フワッとした説明しか文献に残ってない。
 そのフワッとした説明によると、この世界の大気や大地に循環しているプラーナに似たエネルギーであるマナを使うのが、魔法。らしい。
 てか、この世界の"魔力"という単語がややこしい。
 魔術、もしくは、魔法を使う能力を指して"魔力"だったり。
 プラーナとマナの総称として"魔力"だったり。
 その人が保有するプラーナの量を指して"魔力"だったり。
 それぞれ単語を作ろうよ。
 一つ目は"運動能力"とかに対して"魔術能力"とか"魔法能力"なんてどうかな?
 二つ目は……"魔素"かな?
 三つ目ぇ…………普通に"プラーナ量"じゃダメ?

「魔術学は、各学派の勢力争いで忙しいから、新しい単語を作ろうとしても、権力争いに使われるだけだよ」

 面倒な話だな。

「まあ、権力争いに首を突っ込むなら、止めないけどね」

 突っ込まないよ。面倒くさい。

「それより、魔法の使い方だけど、まずは、自分の中のプラーナを感知できるようにならないとね。プラーナを知覚できれば、魔法に必要なマナも感知できるようになるから。〈魔力感知〉を取得できれば早いんだけどね」

 ヨハンネスさんが立ち止まり振り返る。

「手、出して」

 差し出された手にそっと右手を置く。
 仮面の少年の手を取る金髪イケメン。仮面の下の顔が蛙じゃなかったら、BL的な展開になっただろう。

「じゃあ、僕のプラーナを感じて」

 変なことを考えたせいで、違う意味に聞こえた。いけない。集中しよう。

「って、このモニョモニョしてるのがそうですか?」

 体内以外にも、モニョモニョに似たなにかを感じる。こっちはマナか。

「感じ方は人それぞれだからね。自分の中のそのモニョモニョを動かしてみて」

 こんな感じ?

「うわ。凄いな。普通は、こんなにスムーズに動かせないよ。僕は才能があるって言われたけど、それでも、感知できるようになってから動かすまで、半年くらいかかったよ。勇者はスキルを取得しやすいって話だから、ひょっとしたら、スキルを取得したのかもね」
「スキルって、見れないんですか?」
「見るには、召喚の間で使った水晶、鑑定水晶を使うか、スキルの〈人物鑑定〉を使うか、だね」
「自分のスキルでもですか?」

 ステータスとか見れないのか。

「うん。見れないね」

 一応、後で試してみよう。勇者だけ使えるとか、特典があるかもだし。

「ともかく、魔術を使うための下準備はできたわけだけど……ここから先はどうしようかね」

 とりあえず、手を離しましょう。通りすがりの、残念ながらメイド服じゃない侍女さんが、頬を赤く染めながらチラチラ見てますよ。

「んー、支援魔術の呪文を教えてあげられたら良かったんだけど……」

 今はお話より手を離してほしい。侍女さんが、一人増えちゃったよ。

「非常に言いにくいことなんだけど、支援魔術って人気がないから、知ってる人も紹介できないな。って、話しながらでも、プラーナを操作できるんだね」

 え? マジっすか? プラーナ操作の方じゃなく、紹介の方ね。
 どうも、【支援魔術士】って、支援魔術でできることが少ないから、冒険者の間では"後ろになにもせずにいるだけで取り分を要求する、ズルい奴"というのが、一般的な評価なんだそうだ。

「ひょっとして、王様があっさり許可してくれたのって……」
「うん。【支援の勇者】だから、だろうね」
「ひょっとして、冒険者になっても……」
「うん。パーティに入ってくれる人は、いないだろうね」

 ヨハンネスさんは、気まずそうに視線を逸らしながら、「むしろ、訳ありの厄介な人しか集まらないかも」と、続けた。あと、侍女さん二人が、なぜかハイタッチしていた。

「あとは……奴隷かな」

 侍女さんがピクンと反応する。僕らの関係じゃないよ。そろそろ、仮面を外した方がいいかな? けど、腐った人たちの妄想を邪魔すると、凄い目で睨んでくるんだよね。雪白さんほどじゃないけど、怖いからなぁ。

「元冒険者の奴隷って結構高いから、お金を稼ぐ方法を考えないとね」

 元手無しでお金を稼ぐには、冒険者。けど、僕が一人で冒険者として稼ぐには仲間が必要。けどけど、【支援の勇者】だから仲間が集まらないので、奴隷を買う。けどけどけど、そのためにはお金が必要。
 どうしたもんかね。

「相場はいくらくらいなんですか?」
「その前に、通貨の説明が必要だね」

 国によって違う通貨を使っているので、世界共通ではないけど、殆どの国で同じような種類の貨幣を使っている。
 と、言っても、ヨハンネスさんが触れたことのある通貨は、ベンケン王国の通貨だけ。他国のお金に触れる機会は、一兵士にはないそうだ。
 そのベンケン通貨の種類は、十一種類。多くね?
 日本の一円玉に相当する一番細かいお金が、鉄貨。

「貴族の間では、生涯触れることがないことから、賤貨と呼んでいる。ちなみに、"商家が鉄貨を賤貨と呼ぶようになったら、その家は傾く"と、言われているよ」

 日本で言う"一円を笑う者は一円に泣く"と同じか。
 で、大きく分けると、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨とあって、鉄貨以外は、小、中、大と三種類に分かれる。
 でで、鉄貨十枚で小銅貨。小銅貨十枚で中銅貨。中銅貨十枚で大銅貨。大銅貨十枚で小銀貨。飛ばして、大銀貨十枚で小金貨。もういっちょ飛ばして、大金貨十枚で白金貨となる。

「一般的に、銅貨と言ったら中銅貨のこと。同じように、ただ銀貨、金貨と言ったら中銀貨と中金貨のこと。白金貨は、国家予算か大商人が扱うものだから僕も見たことはない。実家にいる時に、一度だけ中金貨を見たことがあるけど、兵士の給料で見れるのは、中銀貨までだろうね。功績次第では大銀貨、かな?」

 どうも、基準というか、物価がわからない。

「一般的な、一食分の金額っていくらですか?」
「んー、僕は、銅貨で収まるようにしているかな。大体、一食当たり中銅貨五枚くらい。ちょっと贅沢する時は、大銅貨一枚だね。安いのだと、中銅貨一枚くらいからあるけど、量的にも味的にも物足りない」

 中銅貨が百円くらいか? なら、鉄貨が一円か。てぇことは、ヨハンネスさんの給料は、えっと……中銀貨が十万円? 兵士の給料は、数十万円か……え? なんで実家に中金貨があるのかな? 一億円だよね。騎士爵家って儲かるのか? それとも、なにか犯ざ……よそう。知らない方がいいことってある。

「奴隷の相場はそれこそピンキリだけど、元冒険者の奴隷となると、最低でも中金貨ぐらい飛んでいくと思うよ」

 無理だな。

「まあ、なんにしろ、支援魔法を使えるようになってからだよね」
「あの、さっきから話ながらプラーナを弄ってて気づいたんですけど、プラーナを放出してマナに混ぜると、プラーナみたいに操作できますね」

 最初は、プラーナを体外に出すのも難しかったけど、三回くらいやったら、体内と同じように動かせるようになった。僕、才能ある? それとも、勇者特性?
 僕の言葉を遅れて理解したようで、ポカンとしたヨハンネスさんの表情が動き出す。

「え? マナを操作……してるね。え? あ、そうか、魔法はマナを使うわけだから、できないと使えないのか」

 一人でブツブツ言い出した。
 戻ってくるのに時間がかかりそうだから、僕なりに魔法について仮説を立てがてら、実験してみよう。
 侍女さんが三人になって、キャッキャ、キャッキャはしゃいでいるのは無視。手を離せば解決するんだけど、しっかり捕まれてるからなぁ。
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