一人では戦えない勇者

高橋

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1章

37話 ありふれた神獣

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 翌朝起きたら、妹が隣で寝ていた。
 寝ぼけた脳が、急速に回転する。
 ……うん。大丈夫だ。手は出してない。
 昨晩は「寂しいからここにいる」というゴリ押しで、兄の情事を間近で見学して、その後は……そのまま一緒に寝たようだ。うん。大丈夫。寝ただけだ。
 てか、よくよく考えたら、あちらの天幕には由香と由希がいるんだから、寂しいなんてことはないはずなんだよな。
 まあ、ともかくだ、左腕はユリアーナの頭で、いつも通り痺れている。昨日までは右腕が御影さんで、こちらは痺れていなかったんだけど、今日は縁の頭で痺れてる。両手に花だけど、両手が紫です。
 御影さんに腕枕のコツを教わってほしい。至急で。



 すっかり食事係が板についた由香と由希の朝食を食べる。味と量に不満はない。けど、そろそろ米を食べたい。
 食後のお茶を飲みながら、探索四日目である今日の予定を話し合っていたら、結界に近づく気配を感知する。ん? デジャブ?
 立ち上がり、フレキとゲリを連れて気配の方へ向かう。おや? 気配が一つ足りないな。
 歩きながら、見える顔を確認すると、先輩がいない。
 結界越しに挨拶すると、辿々しいながらも挨拶を返してくれた。ただし、視線は僕の後ろの白い狼に向けられている。両脇のユリアーナとマーヤの方が凄いよ。

「あ、忘れてた。昨日報告しようとしたんだけど、色々あって、すっかり忘れてたわ」

 んー。このタイミングで思い出すってことは、先輩に関係ある?

「昨日、二十二階で、そっちのパーティの人に絡まれてね。最初は軽くあしらってたんだけど、マゴイチをバカにしたから、残ってる右腕を切り落として腕を灰にしてあげたの」

 仮面越しに向けられる僕の「お前なにやってんの?」的な視線を受けたユリアーナが、慌てて補足する。

「トドメは刺してないわよ。一応、止血したし。まあ、そのまま放置はしたけど」

 うん。そこじゃないんだよ。

「俺はお前らのために怒るけど、お前らは、僕のためにリスクを背負い込まないでほしい」

 両サイドから膝裏に尻尾がペシペシ当たる。どういう反応?

「で? 君たちはなにをしに?」

 僕の問いに、小者が辿々しく恨み言を混ぜつつ説明する。
 要約すると、「階層主の討伐を諦めて帰還するから、次の順番のお前らに報告に来た」なんだけど、恨み言と愚痴と苦情が多い。
 主力となる先輩が、両腕を失って帰ってきたから討伐は不可能、とか、先輩に、詫び入れて先輩の腕を直してもらうように頼めって言われた、とか、そもそもお前たちが素直に麒麟と女を差し出さないのが悪い、とか、どうでもいい話を聞かされる。
 まだまだ続きそうな小者の言葉を手で制す。

「原因は君だよ」

 ふむ。端的すぎて理解できなかったか。小者がキョトンとしてる。

「君が最初に階層主の情報を教えれば、俺たちと揉めることはなかった。冒険者の暗黙のルールは、先輩から教わってるよね。あの時、君がルールに則って教えていれば、先輩は両腕を失わずに済んだかもしれないし、君たちも、無事、階層主を討伐できたかもしれない」

 まあ、たらればだけどね。
 グウの音も出ない小者に階層主の件は了解した旨を伝えて、テーブルに戻る。
 そういえば、名前を聞きそびれたな。お互いに。



 戻って話し合った結果、階層主が復活していたらすぐに倒そうという話になって、様子を見に行ったら既に復活していた。てか、扉の宝玉が青かったので、扉を開けるまでもない。

 で、討伐終了。
 え? 階層主? 瞬殺だったよ。デッカイ蜥蜴の首が、瞬きしてる間に切り落とされてた。
 誰がどう切ったのかは、後になって聞かされたけど、ユリアーナが〈空間断絶〉というスキルを使ったらしい。
 ここの階層主戦は、毎回ギャラリーが数人いるのだけど、彼らが言うには、「これほど盛り上がりもなくあっさり勝った奴は初めて」とのこと。みんな呆れてた。
 階層主戦があまりにも早く終わったせいで暇になってしまったから、このまま地下二十五階まで下りることになった。
 二十一階から二十五階までのマッピングは、二十五階に拠点を移してからすることになったので、一気に駆け抜けた。
 拠点を設営したら、全員が探索に出掛ける。
 僕は、松風とフレキとゲリの三頭とお留守番をした。お留守番? 違うな。時間を忘れてモフってただけだ。
 ……ブラシが欲しいな。地上に戻ったら、お小遣いを無心しよう。
 ……ちょっと多めに貰い、余ったお金を貯めて娼館代にしよう。おっちゃんから教えてもらった、兎人族がいる娼館は良心的な値段設定だから、三回くらいの横領で貯まるはずだ。楽しみだなぁ。

 そんな事を企んでいたら、全員が一緒に帰ってきた。全員騎乗して。
 ユリアーナはスレイプニルのザビーネに。マーヤと御影さんと縁もスレイプニル。由香と由希はグリフォンに乗っていた。
 スレイプニルって神獣だったよな? なんかもう、ありふれた存在になってる。
 あれ? 下馬したマーヤの足元に、デカい狐がすり寄る。小麦色のモフモフ尻尾が揺れている。
 鑑定してみたら、『神仕の狐』となっている。お稲荷様? 右近なの? 左近なの?

 お出迎えしたら、自分達の愛馬を紹介された。

 由香と由希は、それぞれのグリフォンに、グリとフォンと名付けた。僕のセンスより酷いよ。てか、なんでグリフォン? 飛びたかったの? 違う? 「グリフォンって美味しいかな? って話をしながら鳥の魔物を進化させたら、グリフォンになったんだよ」って、逃げてー! 食卓に乗る前に逃げてー! てか、なんでそんな諦めた目をしてるの? 食べられちゃうんだよ?

「名前をつけた動物は食べれないの」
「食べたら可哀想だよ」

 よかった。そうだよね。

「緊急時の保存食にはするの」

 逃げてー!
 ……冗談、だよね?

 御影さんのスレイプニルの名前は、ブライアン。知ってる競走馬の名前が、他になかったそうだ。「本当は、あの人の名前にしようと思ったんだけどね」と、悪戯っぽく言われたけど、「あの人」と言う時の声の冷たさが怖かったので、ブライアンを推しました。この件には、今後一切触れない。

 縁のスレイプニルは、スルだ。昨晩の、ザビーネの名前を決める時にはいなかったはずだから、縁のセンスなんだろう。あまり接点がなかったにも関わらず同じ感性を持っている妹。単純に、ストーキングの結果、感性が同じになったのか?

 で、マーヤ。マーヤのスレイプニルの名前は、スルメ。さすが狂信者。

「マゴイチ。マーヤの子供の名前は私が考えるから」

 マーヤより、由香と由希のセンスを心配しなさい。
 結局、まともな名前は松風だけだった。ザビーネ? オリジナルのザビーネさんと出会わないことを祈るよ。

「それで、このお狐様は?」
「御主人様の護衛です」

 さも当然のように、契約を僕に移す。

「名前は俺が?」

 マーヤが、仮面を外して、期待に満ちた目で僕を見つめる。
 んー。狐か……エキノコックスはダメだよね。そんな名前は可哀想だ。
 そうなると……狐、金毛九尾? 茶色いし尻尾は一本だ。お稲荷様、宇迦之御魂神、ウカノミタマ、縮めてウマ。違う動物になった。……ダメだ。いいのが出ない。考えるのも面倒になってきた。

「普通にウカでいいか」

 では、モフりましょうか。

「……一応聞くけど、エキノコックスは大丈夫?」
「はい。ちゃんと消毒をしておきました。熱湯で」

 拷問!
 愛でた。拷問された分、愛でまくった。
 用意されていた黄色い首輪を着けて、耳から尻尾までモフりまくった。

「あ、兄さん。ブラシ、作っておきました」

 クソっ! 僕の横領計画が。だが、まだチャンスはある。覚られないようにしないと。

「お、おう。ありがとう」
「お小遣いを多めに要求して娼館代を稼ぐ計画は、潰しますよ」

 ビクッてなった。
 この愚妹、勘が良すぎるだろ。

「ほほう。詳しく聞こうか」
「ええ。聞き出しましょう」

 ユリアーナと御影さんが食いついた。
 言い訳を考えなくては。
 しかも、言い訳に時間をかければかるほど怪しまれて状況が悪化する。時間制限付きだ。さあ、平賀孫一。お前の全能をもって考えろ!
 ……あ、無理だ。

「ごめんなさい」

 土下座した。
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