一人では戦えない勇者

高橋

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3章

25話 本田さんとデート

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 国境の町の真ん中には噴水がある。
 「せっかくのデートなんだから、待ち合わせから」という本田さんの要望で、この噴水前で待ち合わせることになった。
 うっすら氷が張った噴水の縁に座って読んでいた本に、影が差す。
 顔を上げると制服を着た本田さんがいた。

「お待たせ」

 久し振りに見る制服姿に見蕩れてしまった。こうしてあらためて見る本田さんは可愛い。いや、日本にいた頃より魅力的に見える。
 なにが変わったのだろう?

「おーい。聞いてる? ここは"今来たところ"って返すんだよ」

 んー。日本での彼女は、いつも結城君の斜め後ろにいる結城君の付属物みたいだった。
 いつも結城君と周りの顔を見て、周囲の状況に合わせていた。そこには彼女の意思は感じなかったけど、今は自分の意思で行動しているように見える。
 そうだ。だから今の彼女は。

「凄く綺麗だ」
「お、おう……あり、がと」

 本田さんが、顔を赤くして目を逸らした。
 前にもこんなことがあったような?

「ふ、ふっふーん。ようやく私の魅力に気づいた?」

 頬が赤いまま強がる。
 よし。持ち上げたら落とそう。

「ユリアーナほどじゃないけどね」

 露骨に肩を落とされた。

「ひっどいなぁ。でもまあ、アレには敵わないなぁ」

 酷いと言いながらも、認めてはいるんだ。

「でもでも、私だって、それなりに可愛いと思うんだけど?」
「それなり以上に可愛いよ」

 これは本当に思ってる。
 ただ、僕の妻や周りの女性は、みんなそれなり以上に可愛いから、本田さんもその中に埋もれてしまっている。
 けど、そんな余計なことを言わなかったので、凄く喜んでくれた。

「それじゃあ、まずは劇場に行こうか」

 早朝だけどやってるのかな?

「劇場が開くのは午後からだよ」

 え? そうなの? 王都の劇場は、早朝から開いてるらしいよ?

「王都の劇場は、貴族の有閑マダムが常客としているから、朝から開けても利益が得られるの。けど、この町では、朝から暇とお金がある人はいないから、この町の劇場の書き入れ時は、みんなの仕事が終わる夕方だよ」

 マジかぁ。他にデートスポットは……ないな。
 出足を挫かれた。

 今日のスケジュールを組み直しながら立ち上がると、ふと思い出した。さすがにデートで仮面は無粋だろう。そう思い、王樹製の蛙面を外して後頭部にくっつける。これなら、緊急のメッセージも通知音が鳴って見逃さないで済む。

「市場でもブラつくか」

 劇場が開くのは昼過ぎから。それまで噴水広場周辺の朝市で時間を潰せるのか?



 潰せませんでした。
 そもそも、朝市自体がすぐに店畳みしてしまい、昼前には噴水広場は閑散としている。

「国境の割りに、旅人が少ないな」
「帝国から商品を運ぶなら、公国を経由するより、直接王国に来た方が関税が安く済むのよ。その逆もね」

 国境を越える度に税が掛かるからね。

「けど、公国で売り買いしてからなら、関税分を取り戻せるんじゃ?」
「商品があればね。公国では、ほとんどの品を輸入に頼らず自国で作れるけど、輸出できるほどの生産量があるのは小麦くらいなの。だから、収穫の時期を過ぎた今の時期は、公国への出入りが少ないのよ」

 得意気に教えてくれた本田さんに素直に感心していたら、いたずらっ子のような笑顔で「イルムヒルデさんの受け売りだけどね」と言った。

「それでも、教えられた知識を活用できるかは、その人次第だよ」

 本田さんは、素直に誉めるとすぐにニマニマする。

「さて、昼には少し早いけど、どこかの店に入る?」
「と言っても、昼前からやってる酒場しかないみたいだけど?」

 この町は名産がないから、食事処も期待できない。そもそも、店が少ない。
 そういえば、町で遊びたいって言ってた連中も、今日、遊びに来てるはずなんだけど、見ないな。
 ここまで店が少ないと、彼らも暇を持て余しているかもしれない。

「デートで酒場ねぇ」

 本田さんは、不満を漏らす僕を気にせず、目についた酒場へ僕の手を引く。
 酒場は町の規模からすると大きな店で、奥に個室があるそうなのでそちらに通してもらった。

 本田さんは、席に着くと手早く注文をする。僕の分も。注文した物に不満はないけど、ちょっとくらい僕に聞いてほしかった。

 この町で主に食べられているのは、すぐ側を流れる川から水揚げされる川魚で、ついでに言うと、メニューの大半が魚料理だった。

 本田さんは安いワイン。僕もワインをお願いしようとしたら止められ、ノンアルコールの果実水を注文された。季節柄、果物が手に入りにくいから、ワインより高いのに。

「女子の間で噂になってるよ」

 なんのことかわからず首を傾げる。

「"アルコールは魔王のバイ○ルト"って」

 酔うと攻撃力が上がるの? 酔拳みたいだな。今度、朝稽古でやってみ……いや、ユリアーナに「ふざけるな」ってボコられる。
 てか、そんな理由で果実水にされたのか。

「口説かれたくない?」
「酔っぱらいに口説かれたくない」

 口説いておきながら覚えてないしね。

「でもまあ、酔ってても十八歳未満は口説いていないんだけどね」

 そうなの? それも覚えていない。
 たぶん、無意識にブレーキがかかってたんだろう。すぐに旅立つ理性さんも、酔った時は活躍してくれるみたいだ。……素面でも活躍してほしいな。



 昼前から食べ始めて、昼に差し掛かる頃にはお腹いっぱいになっていた。
 なにより、本田さんがホロ酔いだ。いや、結構酔ってる。普段の本田さんは強いのか、全然酔わないはず。気を張ってるのかな? それだけ僕に気を許してくれてるってことかな? だとしたら、嬉しい。

 食べ始めた時は対面で座ってたはずなのに、今は椅子ごと左隣に来てピッタリくっついている。

「んー」

 この世界では珍しい透明なグラスをグイっと呷り空にして、僕の前にずらす。おかわりの要求ですか? さっきのでボトルが空になったから止め時かなって思ってたんだけど。てか、一人でボトル二本は呑みすぎだよ。

「これは、観劇は中止にして、戻った方がいいか」
「やー。見るー」

 本田さんは酔うと幼児退行するようだ。
 テーブルのベルを鳴らして店員を呼び、僕のと同じ果実水を注文する。店員さんも幼児化した本田さんに苦笑い。
 これ、酔いが覚めてから、恥ずかしさに悶絶するんじゃないかな?
 店員さんが持ってきた果実水を本田さんの前に置く。

「ちーがーうー」

 僕の肩を掴んでグラグラ揺する。カンストさせたクラスが多いので、腕の細さの割りに腕力はかなり強い。なので、首がヤバい角度の一歩手前くらいを左右に行ったり来たりする。あと、ケタケタ楽しそうな笑い声が聞こえる。
 果実水で良かった。ワインを呑んでたら吐いてたよ。デンプシーロールするマーライオンみたいになってたよ。
 ただまあ、僕の三半規管は常人並みなので、素面でもそろそろ限界。

 本田さんの手を掴んで僕の肩から引き剥がす。
 両手を掴まれた本田さんと目が合うと、ニヘラと表情を崩す。相当酔ってるね。

「ほら、果実水を飲んで落ち着こう?」
「んー、飲ませて」

 ちょっとだけめんどくさく思った。
 グラスを持ち、本田さんの口に近付ける。

「んーんー」

 首を振り嫌々をされた。

「口移しがいいの」

 うわー。めんどい。
 僕もホロ酔いならこのノリに付き合ったけど、素面ではちょっと恥ずかしい。
 恥ずかしいけど、本田さんは目を瞑って待ち構えている。

 個室の入り口、閉まってる扉を見て、誰も見ていないのを確認する。
 本田さんの後頭部に手を添えて、少し上を向かせる。
 テーブルの果実水を口に含み、口移しで本田さんに注ぎ込む。
 ちょっとした悪戯心で、性感強化を最弱で使うと、本田さんは目を見開き、彼女のプラーナが膨れ上がる。一瞬、殴られるかと思い、身を固くしたけど、膨れ上がったそのプラーナは、すぐに魔法で消費された。
 本田さんが僕の肩をタップするので、口を離すと、彼女の顔は茹で蛸のようになっていた。

「今の魔法、酔い覚まし?」

 涙目になってるけど、目の焦点は定まっているように見える。

「その、性感強化を止めてほしい」

 悪戯のつもりが、思った以上に堪えているようだ。申し訳なくなったので、言われた通り性感強化を止める。
 本田さんは俯いたまま「縁ちゃんが言ってたのはこれか」と呟き、赤い顔を上げ僕を見詰める。

「孫一君。真面目な話があります」
「あ、はい」

 軽い〈威圧〉を使ってきたので、姿勢を正す。

「その前に、ちょっとお花を摘みに」

 赤い顔のまま個室から出ていった。



 で、戻ってきた本田さんは、ちょっとお高いワインを持って戻ってきた。

「呑み直します」
「それは構わないけど、真面目な話は?」
「ちなみに、これは孫一君のヘソクリで払います」

 確か、そのワインって、僕のヘソクリより高価だよね?
 この店の料理くらいなら僕のお小遣いで払えるけど、そのワインは無理です。ヘソクリを崩しても払えないよ。
 一応、手持ちを確認しようとポケットに手を突っ込んでみたら、ヘソクリどころか財布もない。

「うん。私の給料と合わせれば余裕で払える」

 どこかで落としたのか記憶を探ろうとした僕が見たのは、見覚えのある財布から出したお金を数えてる本田さん。いつスったの?

「で、真面目な話だけど」

 それより、僕の全財産の話をしたい。
 というか、傭兵団の団長が一番貧乏ってどうなの? 本田さんの給料だけでも余裕で払えるんだよね?
 今日のデートの軍資金に貰ったお小遣いが多かったから、上手く余らせて、娼館に行く軍資金にできると思ったのに。

「ま、ご、い、ち、君?」

 パスを繋いでいるから、邪な感情がダダ漏れだった。
 背筋を伸ばして本田さんへ向き直る。

「性感強化をベッド以外で使ってはいけません」
「何故?」
「理由は言えないけど、危険だから」

 わからない。

「具体的になにが危険なの?」

 今までほぼ毎日使ってきたよ。

「命の危険じゃなく、心の危険」

 余計にわからない。

「今すぐ孫一君を襲いたくなっちゃうから」
「何故?」
「……言いたくない」

 本田さんが、なにかを思い出して顔が赤くなる。

「とにかく、知らない人に性感強化を使うのはダメ。奥さんでも恋人でも、ベッド以外で使うのもダメ」

 まあ、人並みの独占欲があるから、他の男に妻のエロい姿を見せたくない。
 知らない人には……何回か使ったか。けど、みんなうちで雇って……一人いたな。城の侍女に使って放置した。

「じゃあ、本田さんにもベッドで?」
「う……それは……ほら、自分ルールがあるじゃない?」

 本田さんの目がフヨフヨ泳ぐ。
 うん。忘れてないよ。ただ言ってみただけなんだけど、ここまで動揺されるとは思わなかった。

「と、とにかく! 使っちゃダメなの! いい?」

 反射的に首肯してしまった。
 本田さんは、僕の首肯に満足そうに頷いて、お高いワインをラッパ呑みする。
 この後、やっぱり幼児化した。



 幼児化した本田さんに酒場の支払いをさせたら、店員に責めるような目で見られた。
 こちらの世界でも、デートの支払いは男がしないといけない、という、悪しき慣習があるようだ。
 店員が睨むのもわかる。こんな可愛い女の子に蛙顔の男が払わせてるんだからね。
 けどね、今の僕は、鉄貨一枚も持っていないんだよ。財布すら取り上げられちゃったよ。だから、しょうがないんだ。

 酒場から出て劇場へ向かう。
 そろそろ開いてるだろうと思って酒場を出たんだけど、開くのに少し待たされた。

 寒空の下で待ってたからか、劇場が開く頃には本田さんの酔いも覚めていた。
 幼子のように甘える本田さんは可愛かったのだが、指摘したら有無を言わさぬ勢いで「忘れて」と凄まれた。

 会場と共に一番乗りした劇場の中は、本田さんが言うには、「王都の劇場よりこじんまりしているけど、清潔で良く手入れされている」とのこと。僕は行ったことないから知らないが、本田さんからは高評価だった。

 劇はベンケン王国の建国物語。内容は期待通りというか、期待していなかったのでハードルが低く、思ったより面白かった。

 禁書指定された歴史書によると、本当の建国物語は、謀略と暗殺者が飛び交う血生臭い物語だったけど、劇中では建国王とその正室のラブロマンスになっていた。
 それもそのはず。劇場の主な客層は女性だ。世界が違っても女性は恋バナが好きみたい。

 本田さんは「普段から孫一君のを覗いてるから、濡れ場が物足りない」とのこと。僕からはなんとも言えない。ノーコメントで。

 劇場から出たら、夕日が空を茜色に染めていた。

「また酒場に行く?」

 僕としては、戻って由香と由希が作ったご飯を食べたい。

「んーん。由香ちゃんと由希ちゃんが作ったご飯の方が美味しいから、戻ろ」

 まあ、幼児化した本田さんをまた見たいと、少しだけ思ったけどね。

 夕方の時間に町から出る人間はあまりいないので、門番に呼び止められ職質される。そういえば、日本では仮面のせいでしょっちゅうだったけど、異世界に来て初めての職質だ。
 どんなことを聞かれるか少しワクワクしたけど、外で夜営してる傭兵団の団長と名乗ったら、すんなり送り出してくれた。

 数年に一人くらいの割合で、自殺志願者が夜の街道をフラフラして魔物に喰われるので、この時間になると、外に出る人の身分確認をするんだそうだ。

 夜営地に向かう途中で、本田さんが腕を組んでくる。

「本田さんは楽しめた?」
「んー。七十点?」

 思ったより高得点。

「劇がいまいちだった。やっぱり、王都を拠点にしてる劇団の方が面白かった」

 それは濡れ場が? それとも内容が?

「私に性感強化を使ったから二十点減点」

 大きいな。劇が十点で性感強化が二十点か。

「けど、私のこと、名前で呼んでくれたらチャラにしてあげる」

 安くね? この先ずっとだとしても、名前で呼ぶだけで二十点を取り戻せるの? 安い女だな。
 ならば、僕も頑張って応えないと。

「わかった」

 僕が立ち止まると、本田さんも遅れることなく止まる。
 本田さんに向き、彼女の両肩に手を添える。

「真弘、好きだ。俺と付き合ってください」
「……そうストレートにくるとは思わなかった」

 テレないでよ。僕もテレちゃうじゃん。

「お返事は?」
「ん」

 辛うじて目視できるスピードでキスされた。
 ビクってなったじゃないか。

「これからよろしくね。真弘」

 テレ隠しに髪を弄ってる彼女の顔をこちらに向けて、ゆっくり口づけした。



 夜営地に戻り、夕飯後の時間をマッタリ過ごしていたら、ユリアーナに「明日は私ね」と言われた。
 まさかとは思うけど、今日、尾行してた?

「お酒と性感強化は禁止で」

 なぜ個室の中の出来事を知っている。
 真弘が言ったの?
 そう思って彼女を探したら、縁に今日のことを自慢してウザがられている。気をつけて。後ろにストーカー二号もいるよ。

 ソッと目を逸らした後、なにがあったか知らない。
 真弘の呻き声が聞こえたような気がするけど、確認もしない。なんか怖いし。
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