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第四章 トライアングル
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それから暫くして俺は母さんの来訪を受けた。
兄貴の下心たっぷりなお誘いの数々を撥ね付けるのに苦労しながら。
「どうかした、母さん?」
「あれからわたくしの実家の歴史を少しだけ調べてみたのです」
「母さんの実家の歴史?」
「わたくしの家系が呪われることになった理由を探ろうと思ったのですよ、シリル」
なるほどと俺は頷いた。
確かにそれがわかれば解呪不可能な呪いを解く方法もわかるかもしれない。
「それでなにかわかった?」
「かなり過去まで遡る必要があったので調べるのに苦労しました」
そう言って母さんは肩を竦めてみせた。
1冊の本を差し出され受け取る。
そこに書かれていたのは母さんの実家の家系図だった。
「わたくしの家系は随分古いのですけど、問題とされているのは初代でした」
「初代」
パラパラと本を捲って初代の名前に辿り着く。
ランドルフ。
そこにはそう描かれていた。
「この人知ってる。確かこの国の創世記に名の知られた騎士でもあったよな? おまけに頭も切れて宰相にまでなって、騎士宰相って呼ばれるほどだったって伝承がある」
「ええ。その当時の功績で爵位を戴き、我が家は生まれました」
「どうしてこの英雄が問題なんだ?」
問題なんて起こしそうにない人に思える。
寧ろ誇るべき人ではないのかと、俺にはそう思えた。
「ランドルフ様はかなりその人柄も容姿も良く女性に望まれる騎士様だったそうです。それは宰相という地位を得ることで更に加速したとか」
「ふうん」
羨ましい。
俺とは随分な差だ。
「ただあまりに望まれ過ぎたのでしょうか」
「母さん?」
「ランドルフ様は女神サリア様にまで愛されたとか」
「女神サリアって神話に出てくる?」
驚いた。
夫を持たない唯一の女神で知られた人だ。
実在するわけないから、たぶんただの伝説なんだろうけど、その女神様に愛された男、か。
我が先祖ながら凄い人だな。
「伝説ではサリア様に求婚されたと伝わっています」
「でも、神話上の女神なんだろ? ただの噂なんじゃ」
言いかけた俺を母さんはかぶりを振って遮った。
「おそらく事実です」
「まさか」
百歩譲って女神が実在するとしよう。
しかし人間の男を夫に迎えようとするか?
それも幾ら英雄と言われているとはいえ、元々は身分もなにもなかった男を。
信じられない俺に母さんは暗い顔で説明を続けていった。
「ですがランドルフ様には宰相となる前から、想いを通わせた恋人がいて、ランドルフ様は女神様の求婚を丁寧に断ったそうです。そうして恋人と添い遂げたと」
それだけならただ求婚して断られただけの、どこにでも転がっている話のような気がする。
「ランドルフ様も女神様への非礼を気にしつつも、自分が幸せに生きることで、間違っていないことを証明しようとなさっていたそうです。ですが」
「なに?」
「ランドルフ様の子供の世代から呪いが降りかかりました」
つまり俺の家系で初めて呪いの犠牲になったのが、そのランドルフって人の子供だったってことだ。
「女の子にはなにも起きませんでした。ですが男子が産まれると不幸が起きるようになってしまったのです」
「まさか」
目を伏せる俺に母さんは頷いたようだった。
「女神サリア様による呪いと伝わっています」
「なんでっ!!」
納得できない。
そりゃ女神の求婚を断ったのは不敬罪かもしれない。
でも、恋人がいて将来を誓っていたら、それは割り込んできた女神が悪いだろう?
なのになんで呪われないといけないんだ?
「男子は長生きできないし、なによりも結婚しようとすると必ず不幸が起きました。ですから我が家は女子相続が掟になっていたのです」
「それで母さんが跡取りとして実家に残ってたのか」
知らなかった。
女子相続っていうのは、かなり異端的な処置だと思うんだけど。
「ランドルフ様は女神様に懇願され、呪いを解くようにお願いされましたが、女神様はお受けにならなかったとか」
「納得できねー」
渋面を浮かべる俺に母さんは申し訳なさそうだ。
なんでかな?
呪いの犠牲にはなってるけど、ランドルフの身に起きた事件は、俺には直接関係ない気がするんだけど。
「女神様は懇願されるランドルフ様にこう仰ったそうです。他の女性の夫になった男性を夫に迎える気はない。けれどもし呪いを解いてほしかったら、生まれ変わったそのときに自分の求婚を受けるように、と」
「生まれ変わり?」
キョトンとする。
そんなの実際に起きたとしても、本人には身に覚えのないことだ。
それで結婚相手が決まるってあんまりじゃないか?
「ランドルフ様はそんなことは誓えないと仰ったとか」
「そりゃそうだよ。本人には記憶も自覚もないだろうし、前世が勝手にそんなこと決められないって」
「でも、それが女神様のお怒りを更に煽りました」
「自分勝手な女神様だなあ」
思わず呆れる。
「記憶がないから、自覚がないから誓えないというのなら、それが間違いなくあなたであるという証拠を与えましょう。その代わり記憶が戻り自覚ができたら、そのときこそ求婚を受け入れるように。もし断ればあなたの生命を奪います」
「それが女神の言葉?」
コクンと母さんは頷いた。
すごーく嫌な女神様だなあと思う。
身勝手すぎてキライ。
「ランドルフ様はなんとか食い下がって断った場合、生命を奪われるという部分だけは撤回して頂きました。でも、女神様も諦めきれなかったらしく、そのときは妻の生まれ変わりと結婚できないようにする、と」
「?」
話題が不穏になってきた気がするのは俺の気のせいか?
ランドルフの生まれ変わりである証。
妻とは結婚できない状態に追い込まれる。
それが導き出すものがなにか、すごーく怖い。
強張って見上げる俺に母さんは気の毒そうに見下ろしていた。
「ランドルフ様の生まれ変わりが産まれたとき、我が家の呪いは最終形態を迎えます。その証は声の封印。性別の転換」
「……」
ランドルフの生まれ変わりは声が封印され性別も転換される?
冷や汗がドッと流れた。
「ランドルフ様の生まれ変わりは、当然ですが男性として生まれます。女神様がそれを望んでいるので。ですが妻を迎えることは許されていません。ですから性別が転換されるという呪いを受けることになるのです。その人がランドルフ様の生まれ変わりである証として声を封じられて」
「まさかそれが俺だなんて言うんじゃ……」
恐る恐るといった問いかけに母さんは少しの間を空けて、やがて小さく頷いた。
絶望的な保証に目の前が真っ暗闇になる。
「あなたはランドルフ宰相の生まれ変わりです。シリル」
「だから、この呪いを受けた?」
また頷かれ思わず両目を閉じた。
片手で額を押さえて首を振る。
兄貴の下心たっぷりなお誘いの数々を撥ね付けるのに苦労しながら。
「どうかした、母さん?」
「あれからわたくしの実家の歴史を少しだけ調べてみたのです」
「母さんの実家の歴史?」
「わたくしの家系が呪われることになった理由を探ろうと思ったのですよ、シリル」
なるほどと俺は頷いた。
確かにそれがわかれば解呪不可能な呪いを解く方法もわかるかもしれない。
「それでなにかわかった?」
「かなり過去まで遡る必要があったので調べるのに苦労しました」
そう言って母さんは肩を竦めてみせた。
1冊の本を差し出され受け取る。
そこに書かれていたのは母さんの実家の家系図だった。
「わたくしの家系は随分古いのですけど、問題とされているのは初代でした」
「初代」
パラパラと本を捲って初代の名前に辿り着く。
ランドルフ。
そこにはそう描かれていた。
「この人知ってる。確かこの国の創世記に名の知られた騎士でもあったよな? おまけに頭も切れて宰相にまでなって、騎士宰相って呼ばれるほどだったって伝承がある」
「ええ。その当時の功績で爵位を戴き、我が家は生まれました」
「どうしてこの英雄が問題なんだ?」
問題なんて起こしそうにない人に思える。
寧ろ誇るべき人ではないのかと、俺にはそう思えた。
「ランドルフ様はかなりその人柄も容姿も良く女性に望まれる騎士様だったそうです。それは宰相という地位を得ることで更に加速したとか」
「ふうん」
羨ましい。
俺とは随分な差だ。
「ただあまりに望まれ過ぎたのでしょうか」
「母さん?」
「ランドルフ様は女神サリア様にまで愛されたとか」
「女神サリアって神話に出てくる?」
驚いた。
夫を持たない唯一の女神で知られた人だ。
実在するわけないから、たぶんただの伝説なんだろうけど、その女神様に愛された男、か。
我が先祖ながら凄い人だな。
「伝説ではサリア様に求婚されたと伝わっています」
「でも、神話上の女神なんだろ? ただの噂なんじゃ」
言いかけた俺を母さんはかぶりを振って遮った。
「おそらく事実です」
「まさか」
百歩譲って女神が実在するとしよう。
しかし人間の男を夫に迎えようとするか?
それも幾ら英雄と言われているとはいえ、元々は身分もなにもなかった男を。
信じられない俺に母さんは暗い顔で説明を続けていった。
「ですがランドルフ様には宰相となる前から、想いを通わせた恋人がいて、ランドルフ様は女神様の求婚を丁寧に断ったそうです。そうして恋人と添い遂げたと」
それだけならただ求婚して断られただけの、どこにでも転がっている話のような気がする。
「ランドルフ様も女神様への非礼を気にしつつも、自分が幸せに生きることで、間違っていないことを証明しようとなさっていたそうです。ですが」
「なに?」
「ランドルフ様の子供の世代から呪いが降りかかりました」
つまり俺の家系で初めて呪いの犠牲になったのが、そのランドルフって人の子供だったってことだ。
「女の子にはなにも起きませんでした。ですが男子が産まれると不幸が起きるようになってしまったのです」
「まさか」
目を伏せる俺に母さんは頷いたようだった。
「女神サリア様による呪いと伝わっています」
「なんでっ!!」
納得できない。
そりゃ女神の求婚を断ったのは不敬罪かもしれない。
でも、恋人がいて将来を誓っていたら、それは割り込んできた女神が悪いだろう?
なのになんで呪われないといけないんだ?
「男子は長生きできないし、なによりも結婚しようとすると必ず不幸が起きました。ですから我が家は女子相続が掟になっていたのです」
「それで母さんが跡取りとして実家に残ってたのか」
知らなかった。
女子相続っていうのは、かなり異端的な処置だと思うんだけど。
「ランドルフ様は女神様に懇願され、呪いを解くようにお願いされましたが、女神様はお受けにならなかったとか」
「納得できねー」
渋面を浮かべる俺に母さんは申し訳なさそうだ。
なんでかな?
呪いの犠牲にはなってるけど、ランドルフの身に起きた事件は、俺には直接関係ない気がするんだけど。
「女神様は懇願されるランドルフ様にこう仰ったそうです。他の女性の夫になった男性を夫に迎える気はない。けれどもし呪いを解いてほしかったら、生まれ変わったそのときに自分の求婚を受けるように、と」
「生まれ変わり?」
キョトンとする。
そんなの実際に起きたとしても、本人には身に覚えのないことだ。
それで結婚相手が決まるってあんまりじゃないか?
「ランドルフ様はそんなことは誓えないと仰ったとか」
「そりゃそうだよ。本人には記憶も自覚もないだろうし、前世が勝手にそんなこと決められないって」
「でも、それが女神様のお怒りを更に煽りました」
「自分勝手な女神様だなあ」
思わず呆れる。
「記憶がないから、自覚がないから誓えないというのなら、それが間違いなくあなたであるという証拠を与えましょう。その代わり記憶が戻り自覚ができたら、そのときこそ求婚を受け入れるように。もし断ればあなたの生命を奪います」
「それが女神の言葉?」
コクンと母さんは頷いた。
すごーく嫌な女神様だなあと思う。
身勝手すぎてキライ。
「ランドルフ様はなんとか食い下がって断った場合、生命を奪われるという部分だけは撤回して頂きました。でも、女神様も諦めきれなかったらしく、そのときは妻の生まれ変わりと結婚できないようにする、と」
「?」
話題が不穏になってきた気がするのは俺の気のせいか?
ランドルフの生まれ変わりである証。
妻とは結婚できない状態に追い込まれる。
それが導き出すものがなにか、すごーく怖い。
強張って見上げる俺に母さんは気の毒そうに見下ろしていた。
「ランドルフ様の生まれ変わりが産まれたとき、我が家の呪いは最終形態を迎えます。その証は声の封印。性別の転換」
「……」
ランドルフの生まれ変わりは声が封印され性別も転換される?
冷や汗がドッと流れた。
「ランドルフ様の生まれ変わりは、当然ですが男性として生まれます。女神様がそれを望んでいるので。ですが妻を迎えることは許されていません。ですから性別が転換されるという呪いを受けることになるのです。その人がランドルフ様の生まれ変わりである証として声を封じられて」
「まさかそれが俺だなんて言うんじゃ……」
恐る恐るといった問いかけに母さんは少しの間を空けて、やがて小さく頷いた。
絶望的な保証に目の前が真っ暗闇になる。
「あなたはランドルフ宰相の生まれ変わりです。シリル」
「だから、この呪いを受けた?」
また頷かれ思わず両目を閉じた。
片手で額を押さえて首を振る。
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