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第五章 女神サリア

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 第五章 女神サリア






 俺って本当に考えなしで感情で突っ走る奴だなって噛み締める。

 あの本をオーギュストに奪われたままって物凄く困るじゃないかっ!!

 かといって取り返しに行く勇気もないし。

 あの本を調べないといけないのに。

 そもそもタイムリミットのこともある。

 ゴールがふたつしか用意されていないこの呪いにはタイムリミットがあるんじゃないか。

 それはあれから俺が感じていることだった。

 何故そう感じるのか?

 簡単だ。

 呪いが15になると発動するようにされていたからだ。

 それって恋愛感情を本格的にもてる年齢を意味するだろ?

 呪いの最終形態を思えば、それって絶対に呪いにタイムリミットがあることを意味してるんだと思う。

 それを証明するように母さんの家系で20歳を越えて生きた男子はいない。

 つまり俺のタイムリミットも後3年。

 それまでに打破する方法を見つけないと、俺は自分から女にならない限り……死ぬ。

 それは間違いないだろう。

 女神に従わず呪いも受け入れないということは、おそらくそういうことだろうから。

 男としての自分に拘るかぎり俺には未来はない。

 そのことは呪いの真の意味を聞いてから理解していた。

 つまり女神サリアは男としての俺を他の女に譲るつもりは全然ないんだ。

 なにがなんでも手に入れようとしている。

 それが嫌なら不本意に男に抱かれ女になるか、それも嫌なら死ねってことなんだと思う。

 母さんは呪いが解けない場合、生命を奪われることだけは、なんとかやめてもらったって言ってたけど、それってどうも嘘っぽいんだ。

 だったらどうして20歳を越えて生きた男子がいないんだ?

 当事者である俺だけが例外だなんてどうして思える?

 俺が手に入らないなら男としての俺を抹殺したい。

 そんな女神の意思を感じる。

「シリルッ!!」

 オーギュストから逃げ出して自室に逃げ込んだ俺は、突然そう名を呼ばれ唖然として振り返った。

 そこには血相を変えたオーギュストが立っていて、今1番見付かりたくなかった相手に俺の顔は強張る。

「女神サリアの呪いってどういうことだ?」

「え? は? ええっ!?」

 俺は自分でもなにを言ってるのかわからなかった。

 だって家系図を見たって、そんなのわかるはずがないって知ってたから。

 大事な秘密だから簡単には漏れないように細工されてるんだ。

 なのになんでわかったんだ、こいつ?

「おまえがランドルフ宰相の生まれ変わりってほんとなのか?」

「おま……どこで、それ……」

 しどろもどろな俺にオーギュストは、ついっと家系図の載っている本を差し出した。

 その手がページを捲る。

 同時に溢れ出す光。

 俺は思わず目を閉じた。

『暗闇の中で光が差したか』

 そんな声がして目を開ければ、そこには肖像画で見慣れてた黒衣の騎士が立っていた。

 開いた本のページから立ち上る陽炎のように。

「ランドルフ? なんで? あれだけ調べても手掛かりも得られなかったのに」

『わたしに使える最大にして最後の魔法。そう簡単に発動させるわけにはいかない。わかってほしい』

 つまりなにか知らないけど、ランドルフは自分の遺言が発動する条件をつけてたってことか。

 今まではそれを満たしていなかったから、なにも起こらなかった?

 でも、なんで今こんなことが起こってるんだ?

「さっきシリルが走って逃げた後で、いきなり本が光って何気なく開くと、この人が浮かび上がってきてな」

「へ?」

 意外や意外。

 切っ掛けは俺じゃなくてオーギュストが作った?

 でも、どうやって?

「ランドルフ。遺言ってなに? どうすれば3年後も生きられる?」

「シリル?」

 オーギュストが驚いた顔をしてたけど、俺は真っ直ぐに先祖であり前世である人を見ていた。

「あなたならわかってるよな。このままなら俺は後3年も生きられないって」

『……知っている』

「あなたは女神サリアに生命を奪う条件の撤回を求め、女神はそれに応じた。でも、現実は……」

『そう。女神サリアは応じた振りをしただけで、生命のタイムリミットはつけていた。わたしがそれに気付いたのは、息子が20歳を迎える前に亡くなったときだ』

 どうしても頷かない男に対する未練だったのかな。

 それとも女神としてのプライドか。

 結局は女神サリアは自分が人間の男に振られたことが受け入れられなかったんだ。

「じゃあまさかこのままだとシリルは……」

 オーギュストが青ざめて絶句している。

 まあ天敵とは思ってないとはいえ、これまで対して気にしてなかった俺を気にするようになった途端、後3年ほどで死にますじゃあ、オーギュじゃなくてもビックリするよな。

『だが、あの女神も結局は恋する女性だったのだろう。肝心のわたしに対しては逃げ道を用意した。それこそが性別の転換だ』

「どういうことなんだ?」

『わからないか? 男としての自分を捨てれば生き残ることを許す。それは女神のわたしに対する慈悲だ。おそらく最後のな』

「あんたそれを慈悲って受け取るのか? 肝心の俺の意思はどうなるんだよっ!! 俺は望んで女になったわけじゃねーよっ!!」

『……そなたは……知らぬから。生き残る道さえ用意されず、呪いの犠牲になり死んでいった者たちの無念を知らぬから』

 確かにこの本に思念だけ残し、結果として縛られる形で自分の家系の者たちが辿る末路を見てきたランドルフにとってはそうかもしれない。

 俺の反感を傲慢と言われても仕方ない。

 でも。

「俺は……女になんてなりたくない」

 どっちつかずが辛くないと言えば嘘になる。

 でも、だからって生き残るために男を捨てろって言われても、俺は自分の運命として笑って受け入れられない。

 それをわかってほしかった。

『わかっているつもりだ。だから、これまではそなたがどんなに求めても、この最後の魔法を発動させなかった。遺言も与えなかった。そなたが望んでいないことを知っていたからな』

「じゃあなんで今頃。俺が女になるのを受け入れたとでも言う気かよっ!?」

『そうは言っていない。だが』

 そこまで言ってからランドルフは黙って成り行きを見守っているオーギュストを振り向いた。

『そなたのために生命を捨ててもいいと思い詰める者がいる。ならばもういいだろう。そう判断しただけだ』

「は?」

 俺は思い切りきょとんとし、オーギュストは本を閉じようとするような仕種を見せた。

 笑ったランドルフに手で制されて、オーギュストも動きを止めたけど。

『年寄りの助言は素直に聞くものだ、若者たちよ』

 思わず俺もオーギュストも白けた目を向けていた。

 年寄りって言われても、外見は大して変わらないんですけど?

『後は若い者同士で語り合いなさいとでも、年寄りは言うべきなのだろうが、どうにもそれでは無責任だからな』

 なんていうか。

 段々この人の本性が透けてきた。

 うん。

 この人、英雄とか言われてる割りに俺と大して差がない性格だ。

 きっとそうだ。

 呪われてもケロッとしてたに違いない。

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