氷の女王様の縁結び

紫月

文字の大きさ
上 下
7 / 13

それぞれの願い

しおりを挟む
エリアス様が慌てた様子で私を呼びに来たときは驚いた。
常に冷静沈着なこの方も、焦って取り乱すことがあるのだと。
シルヴィア様の部屋に駆けつけると、サクラ様が泣き疲れた様子でソファで眠っており、また驚いた。
「彼女は自分は死んでしまったと言っていた」
「そう……ですか……。サクラ様が………」
ならばサクラ様としての生を終え、やはりシルヴィア様として生まれ変わったのだろう。
シルヴィア様の魂は、やはり何処にも行ってはいなかったのだ。
「彼女がシルヴィア様として生まれ変わったのは確かだろう。だがあの日の夜、記憶が失われるような何かがあったのかもしれない」
「そうかもしれませんね。そして入れ替わるように、亡くなられる少し前までの前世の記憶が蘇ってしまったのかもしれません」
あくまでも仮定の話だが、そう考えれば辻褄が合うのではないだろうか?
「それならシルヴィア様に記憶を取り戻していただければ問題は解決ですね!」
あぁ良かった!
どうなることかと心配したけど、シルヴィア様の記憶さえ戻ってくれれば安心だ。
御身の危険を理解している分、より慎重に行動してくれるようになるだろう。
「アンリ、お前は本当にそう思うか?」
「え?」
どういう意味だろうか?
「両陛下が暗殺されてからシルヴィア様は変わってしまわれた。誰が敵か味方かも分からない王宮で、自分の身を守るために心を閉ざしてしまわれた。だが、このままでいいと思うか?」
「……………いいえ」
シルヴィア様は来賓として同盟国に招かれていた期間がある。
来賓なんて取り繕ってはいるが、実際には人質だ。
侵略を行わせないため、互いの国の要人を人質として交換したのだ。
最低限の共として、私とエリアス様がシルヴィア様に付いていった。
母国とは遠く離れた地で三年もの間ひっそりと
暮らされていたのだが、両陛下が暗殺されたとの訃報を受け、急遽解放されることになったのだ。
次代の王となるお世継ぎはシルヴィア様以外に存在しないため、同盟国も解放を承知せざるを得ない状況だった。
そしてシルヴィア様はベーヴェルシュタムの唯一の王族となってしまわれた。
暗殺者は依然として正体が掴めていない。
シルヴィア様が今尚私とエリアス様をお側に置かれるのは、遠い地で共に過ごした私達だけは暗殺者ではないという安心感があるからだろう。
両陛下を亡くされてお辛い思いをされている。
加えて王宮に戻ってはこれたものの、誰が敵で味方かも分からない。
シルヴィア様がお心を閉ざしてしまわれたのは、仕方ないことだと言えるだろう。
「暗殺が公にされていないとはいえ、シルヴィア様がご両親を亡くされたのは事実。にも関わらず、心無い者は笑顔の無いシルヴィア様を氷の女王などと呼ぶようになってしまった。俺にはそれが悔しくて仕方ない」
それは私とて同じだ。
ご幼少の頃からずっと、異国の地でも弱音を吐くこともなく気丈に振る舞われていた姿をずっと見てきた。
いつも私達二人を気遣い、笑顔を絶やさなかったシルヴィア様。
私達とて気の休まらない日々だったのに、大丈夫よと励まし続けてくれたお優しい方なのだ。
「私、偽りでもシルヴィア様の笑顔が見られて、本当に嬉しかったんです」
表情豊かにコロコロと笑うサクラ様の姿に、泣きそうなくらい嬉しくなってしまった。
思い返しても、シルヴィア様はもう何年も笑っていない。
「シルヴィア様の記憶はとり戻して差し上げたいが、笑顔がまた失われることなどあってはならない。」
もしかしたら、シルヴィア様には心の休息が必要なのかもしれない。
「では………今しばらく、このままで」
「あぁ………」
烏滸がましい願いなのかもしれない。
けれど、シルヴィア様には幸せに笑っていてほしいと切に願う。

互いに言葉にはしないけれど、私達は同じ想いを持って、今まで以上にシルヴィア様をお守りする覚悟を決めたのだった。




俺は彼女の前世の姿を知っている。
彼女は元々明るく天真爛漫な人だった。
不幸な生い立ちにも負けず、いつも笑顔が絶えない彼女の側は、陽だまりのように温かかった。
だが俺は前世で彼女に嘘をついた。
俺は彼女をとても愛していたが、他に好きな人ができたから別れてくれと言ったのだ。
ある日俺は健康診断で癌が見つかり、医者から余命一年を宣告された。
桜の両親は病気で亡くなっており、また悲しい想いをさせたくなくて嘘をついた。
そうでもしないと、優しい彼女は俺の最期を看取ると言って聞かなかっただろう。
結局泣かせてしまったけれど、俺の最期を看取らせる事を考えたら何倍もマシだと思ったのだ。
シルヴィア様が記憶をなくされた日、御縁桜だと名乗られたときは驚きすぎて息が止まるかと思った。
そんな珍しい苗字の女性など、彼女の他にはいるまい。
何故、こうも運命は彼女に試練を与えるのか。
彼女があの世界での生を終えこの世界に転生したと分かったなら、本当は暗殺の恐れがある事実を伝え、御身を守るために常に警戒していただくのが正解なのもしれない。
けれど、数年ぶりにシルヴィア様の笑顔が見られて、心が震えるほど嬉しく思ってしまった。
どうかもっと笑っていてほしい。
そう思えば、事実を知らせるのもまた辛い。

何故俺には彼女と結ばれる縁がないのか。
人質として異国の地に共に赴いたとき、徐々にシルヴィア様に惹かれてしまう己を戒めた。
桜を傷つけ一人残してしまった俺には、この世界で他の女性と結ばれることに抵抗があったからだ。
だから後宮への話も断った。
なのに………。

今更俺の気持ちを伝えることなど、許されるわけがない。
桜も心変わりをした俺になど会いたくもないだろう。
ならば俺は何も彼女に伝えず、命を賭して彼女を守りきるだけだ。
愛する君が幸福になってくれるなら、相手は俺でなくていい。
側にいられるだけでいい。

どうか、どうか彼女を幸せにしてやりたいと、そう願わずにはいられなかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

追放するのは結構ですが、後々困るのは貴方たちですよ?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:298pt お気に入り:235

こんな国、捨てて差し上げますわ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,050pt お気に入り:54

【完結】姉に婚約者を寝取られた私は家出して一人で生きていきます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,281pt お気に入り:5,674

処理中です...