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壱 出会いの章

34話 救出

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 屋敷の男達は暇を持て余していた。誰も来やしないボロ屋敷で女子供の監視など面白くもなんともないが、これも依頼なため仕方がない。自分達の生活のためにはどんな黒い仕事だろうが引き受けなければいけないが今回の依頼は流石に退屈が過ぎる。

「あ~あ、ここらでなんか起きねえかな~」
「おい、少し黙れよ。最近そればっかじゃねえか」
「仕方ねえだろ。ずっとぶるぶる震えているだけの連中見ててもつまんねえし。頭は手ぇ出すなっつうし」
「それはそうだが……」
「女子供をこんなに集めて何すんのかって思ったら見張ってろだぞ? ねえよ」
「考えるだけ無駄だろ。お偉いさんらにとって俺達はただのドブごみだ」
「……チッ、胸糞悪い」
「おい、聞こえたらまずいぞ」
「うっせえ。どうせ連中は今日は来ねえよ!」
「誰が来ねえんだ?」

 男達の会話に突如割り込んできた、魅惑的な低い声に男達は一斉に視線を向ける。

「誰だてめえは!」

その言葉に呼応するかのように雲が晴れ、月明かりがその者の影を色濃く映していく。

「そんなの誰でもいいだろ馬鹿が」

そう言いながらスラリと剣を抜いたのは、夜空を溶かしたような服に身を包んだガイだった。

「こんなとこ監視なんざしても意味ねえと思っていたが、割といいかもしれねえな」
「やるのか?」
「それが仕事だろうがよ」
「はあ……」
「てことでにいちゃん。悪いんだけど、沈んでもらうぜ」
「へえ、ならせいぜい楽しませてみろや」

互いに武器を構えて三秒、周囲の静寂が甲高い金属音によって打ち破られたーー

     ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 一方その頃。

「うわあああ!?」
「な、くそっ! 動けね……うっ!」

 人質となっている人々を見張っていた男達は悲鳴を上げ、次の瞬間には声を呑み込み顔を引き攣らせていた。

「くそ、氷の刃とかシャレになんねえぞ!」
「ひとの魔法を勝手にシャレにしないでください。あとこれ貰っていきますね」

そう言いながら屋敷内に窓から侵入した緋夜は男達の懐から鍵を取り出し、スタスタと歩き隣の部屋の扉を開けた。

「大丈夫ですか?」

突如として部屋の扉が開き、顔を覗かせた緋夜を見てその場にいた人々が怯えた表情で震え出した。

(めっちゃくちゃ怯えてるんですけど。特に子供)

仕方ないとは思いながら少し傷ついたことはここだけの秘密だ。
どうにかして子供達の恐怖を取り除かないことには女性達も安心はできないだろう。男達の悲鳴が聞こえたことも怯えている原因の一つになっていると緋夜は考えていた。

(さてどうするかな)

緋夜はしばし考えた後、氷魔法でウサギやネコ、コグマなどを作り、少しずつ動かしてみる。

(ずっと恐怖心を抱いていたから少しは落ち着いてくれると嬉しいんだけどな……)

そう思いながら、氷で作ったぬいぐるみを動かしていると次第に子供達の目に光が戻っていく。

「わるい人じゃ……ない……?」
「うん。悪い人じゃないよ。みんなを助けに来たの」
「ほんと?」
「うん」

できる限り優しく言うと、子供たちはまだ震えているものの、顔を上げ始めた。子供達が落ち着き始めたことで女性達も少しずつ冷静になって来た様子。

「あ、あの助けに来てくださってありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。とりあえずこの陰気臭い場所から出ましょう」
「は、はい……あ、あの……」
「?」
「この音はなんですか?」

ドガッ! バギッ! ガキン!

どうやら、時々聞こえてくる轟音と金属音に余計恐怖を煽られていたようで少々申し訳なった緋夜は静かに視線を逸らしながら言葉を発する。

「ああ、大丈夫です。私の仲間が囮になってくださっていますから今のうちに」
「あ、は、はい……」

緋夜は窓を開け放ち(正確には少しいじっただけで壊れた)氷の滑り台を作り、女性達に向き直る。

「ではここを降りましょう。傾斜は緩やかにしてあるのでご安心ください。子供達を抱き抱える形で足の間に座らせてください」

緋夜がそう言うと、女性達は躊躇いながらも窓に歩み寄り、やがてひとりの女性が子供を抱えながらゆっくりと滑り台に腰を下ろした。若干の恐怖はあるものの、それでも彼女は降りていき無事に地面へと着地した。ひとりの女性が降りていったことで女性達も子供達も後から続いていき、最後のひとりが地面に降りたところで、緋夜が降り滑り台を消滅させた。

「皆さん怪我はないですか?」
「はい、大丈夫です」
「それはよかった」

無事な様子の女性達に緋夜は笑みを返す。先程までの緊張感は緩み、空気が穏やかになってきた時、ひとりの男が姿を現した。

「ガイ、お疲れ様。見張りの人達はどうしたの?」
「縛って床に転がしてある。そっちは?」
「氷の壁と刃に阻まれて動けなくなってる」
「そいつは寒そうだな」
「まあ風邪引くくらいで済……めばいいのかな?」
「大丈夫だろ。そこまで薄着ってわけでもねえし」
「そうだね。で、この人達は……任せて大丈夫そうだね」
「ああ」

にわかに騒がしくなった周囲に緋夜とガイは揃って頷く。事前に呼んでいた警吏が到着したのだろう。犯罪の取り締まりは彼らの仕事だ。

「それじゃあ……裏口と窓だけ塞いで……中の氷は解除」

あとは警吏が逃げ場を失った彼らを捕らえることだろう。ここまでくれば緋夜達のやるべきことはない。

「どうやら警吏が到着したようですので私達はこれで。あとは彼らが保護して下さるでしょうから」
「あ、あの」
「はい?」
「ありがとうございましたっ!」
「礼には及びません。それでは」

そう言って緋夜とガイは素早くその場を離れた。ここで見つかれば事情聴取に付き合わされるのは目に見えている。逃げるが勝ちだ。

「これでよかったのか?」
「うん。それで何か聞けた?」
「ああ、詳しい話は宿に戻ってからだ」
「じゃあ転移で戻ろう。その方が早い」
「わかった」

事情聴取回避のため逃げ出した緋夜達はそのまま人が来ないであろう場所まで行くと、転移で宿へと帰還した。


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 一仕事を終え、宿へと戻ってきた時にはすっかり暗くなり、雲ひとつない空には星が瞬いていた。さすがに玄関を通らず中に入るのは後から面倒になる可能性があるため、宿の路地に転移して宿へと入った。

「ふう……」
「疲れたか?」
「まあ、ちょっとね」
「なら話は明日にするか?」
「……そうだね、それがいいかも。今聞いたところで行動するのはどの道明日以降だろうし」
「わかった。ならゆっくり休めよ。いくらお前でもこの手のことはほとんど経験がねえだろ」
「……まあそうだね」
「今の間はなんだ?」
「気のせいだよ」
「……」
「……」
「……そうかよ。じゃあ余計なことしねえでちゃんと寝ろよ」
「わかってるよ。おやすみ」
「ああ、おやすみ」

そう言ってガイはそのままベッドへと入っていき、緋夜は着替えてすぐにベッドへと倒れ込む。

(経験がない……ねえ。まあその通りだけど)

現代日本で普通に生きていれば喧嘩というもの自体に関わることはまずない。あるとすればよほどの不運か、自分から足を突っ込んだ者だけだろう。今時の若い女性は殴り合いの喧嘩自体見たことない人も多いだろう。

(そこらの不良相手に喧嘩したことは何度かあったけど、さすがに本物と遭遇する機会はないし、あったとしても間違っても喧嘩なんか売ったりしないからな……)

そんなことをぼんやり考えているうちに瞼は重くなり、いつしか夢路をたどっていたーー


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 ーーとある屋敷

 月明かりの差し込む部屋でその人物は荒ぶっていた。床にはグラスが割れて落ち、花瓶は見るも無惨に砕け散っているその場所で男は怒りで肩を弾ませる。

「クソッ……! あの場所が見つかるとは一体どうなっているのだ! これでは折角の計画が無駄ではないかっ!」

怒りで顔を赤く染めたその男は唐突に暗闇へと目を向ける。

「貴様ぁ! 絶対に大丈夫だと言っていただろうが!? どう責任を取るつもりだ!」

すると暗闇がかすかに揺らめき、その影はやがてひとりの人物を映し出す。

「困りましたねえ。ですが、これも折り込み済みですよ。なにをそんなに慌てる必要がありますか」
「ええい黙れ! なにが折り込み済みだこの役立たずがっ!」
「役立たず……ですか。それは大変申し訳ありません」
「チッ! 相変わらず生意気な奴だ。まあいい。いいか!? 次こそ必ず成功させるのだ! それが最後のチャンスだ! わかったな!?」
「心得ておりますよ」
「ふん」

言いたいことを言い終わったのか、男はこれ以上話すことはないと言わんばかりに窓の外へと視線を向ける。

 その背中を見ながら影に潜む人物はその愚かさを密かに憐れむ。絶対に成功するはずの無いお粗末な『計画』とやらに本気で自信を持っているのだから。一瞬でも気を緩めようものならば、その場で腹を抱えて笑い出してしまいそうだ。

(本当に愚かな男だ。その地位以外になんの価値もない虫ケラの分際で……まあいい。その方が『仕事』もやりやすいというのも。せいぜい踊るといい)

影の人物はその鮮やかな赤い瞳に男への感情を閉じ込めながら、その口元に微笑を浮かべるのだった。
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