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第一章

第31話 エリアの気持ち

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 ——定期テストの結果が張り出された翌日。

「じゃ、また後でねー」
「はい、また」
「後でね」

 車から降りたお姉ちゃん、そしてそのお姉ちゃんを待っていたノアと、いつも通りの挨拶をかわした。
 車が発進する。

「最近のお姉ちゃん、足取り軽いよね」

 エリアは運転席のイーサンに話しかけた。
 エリアたちが生まれる前からテイラー家に仕えている、イケおじの執事だ。

「そうですな。表情も明るくなった気がいたします」
「絶対ノアのおかげだよね。あの二人、明日も一日デートするんだって」

 明日は土曜日だ。

「まずは本屋めぐるとか言っていたかな」
「それは楽しそうでございますな」
「イーサンも本好きだよね」
「えぇ。ですが、シャーロット様には敵いません。きっかけはどうあれ、今やすっかり物語のとりこでございますからな」
「わからないもんだよね。あの一件がなくてお姉ちゃんが本にハマってなかったら、ノアとああいう関係にはなってなかったかもしれないし」
「一つの選択や出来事が、その後の結果を大きく変える事もありますからな」
「だよね……」

 ——もしあの時、私が別の選択をしていれば、現状は違うものになっていたのだろうか。

(って、何考えてんだ、私)

 心を覆い尽くそうとする黒い霧を、大きく息を吐き出して追い払う。
 我ながら最低な考えだ。罪悪感にさいなまれる。
 それに——、

「逆に、どんなに横槍が入っても変わらない結果もあるよね」
「左様ですな。そんな太い縁を、人は運命と呼ぶのかも知れませぬ」
「そうだね」

 そう。あれは運命だったんだ。
 エリアがどういう選択をしていようと、結果は変わらなかったはず。
 窓から身を乗り出そうとして、椅子に深く座り直す。

「ただ、それが運命かどうかは、きっと死ぬまでわからないのでしょうな。一見何でもない縁が運命であったり、太い縁がある時あっさり千切れたりする事もありますからな」
「じゃあ、運命を見逃さないためにはどうすればいいの?」
「それは私にもわかりませぬ。ただ、一つの事に囚われすぎず、常に視野を広げておくのは大事だと存じます」

 ——あぁ、イーサンはきっと、エリアの奥底にある闇を見抜いているのだろう。
 自己嫌悪や羞恥心が渦巻き、エリアは視線を下げてしまった。

「申し訳ありません、エリア様」
「……何が?」
「柄にもなく熱くなって語っていたところ、道を間違えてしまいました」
「えっ?」

 慌てて外に目を向ける。
 見慣れない景色が広がっていた。

 イーサンを見る。
 その失態を犯した人間とは思えない優しげな横顔を見て、エリアは気づいた。
 彼はわざと道を間違えたのだ。エリアのために。

「まあ、間違えちゃったのは仕方ないよ。どうせなら、もう少し回り道していこう」
「承知いたしました」
「……ありがとね、イーサン」
「道を間違えて感謝されたのは初めてでございますな」

 はっはっ、とイーサンは軽快に笑った。



 いつもより三分ほど遅れて校門に到着すると、見知った男子生徒の背中を見つけた。
 何だかしょんぼりしているようだ。

「ここで大丈夫」
「わかりました。お気をつけて」
「いつもありがとね、イーサン」

 執事にお礼を告げて下車したエリアは、その男子生徒に声をかけた——背中を思い切り叩きながら。

「テオ、おはよっ」
「いってぇ⁉︎」

 男子生徒——テオは、野太い悲鳴をあげた。
 振り返り、睨みつけてくる。

「エリア、普通に挨拶ができねーのかおめえはっ」
「あら、これが私流の挨拶だよ?」
「嘘つけ。俺以外にやってんの、見た事ねーぞ」
「あなただけの特別な挨拶よ」

 エリアはわざとらしくウインクをしてみせた。

「ウインクすんな。そんな特別いらねーよ」
「あはは、ごめんって」
「ったく、朝から疲れるぜ……」

 テオがため息を吐く。
 エリアはくつくつと笑った。
 彼は何をしてもいい反応をするので、つい絡みたくなってしまう。

「にしてもテオ、今日は耳と尻尾が垂れ下がってるけど、どうしたの?」
「人を犬にすんな……昨日の今日だ。わかるだろ」
「えー、わかんなーい。まさか、筆記試験の結果が酷すぎて親にこっぴどく怒られた訳じゃないよね~?」
「わかってんじゃねーか、この野郎」

 テオがぎろりと睨んでくる。
 エリアはごめんごめん、と舌を出した。

「でも、それだけでテオが落ち込むなんて珍しいね。相当言われたの?」
「それもあっけどよ、次の日曜日に家で独自の追試やらされる事になったんだよ……」
「次の日曜日って、明後日じゃん」
「そうだよ。マジで終わった」
「うわぁ、ご愁傷様」

 テオの実家であるウィリアムズ家は、テイラー家やブラウン家には及ばないものの、立派な貴族の一員だ。
 両親としても、長男であるテオの成績が振るわないのは頭痛の種なのだろう。

 エリアたちはもうすぐ高校生だ。
 魔法師養成学校は中高一貫校であるため受験はないが、そろそろしっかりしてほしくて強硬策に踏み切ったのだろう。

「でも、これに関してはサボってきたテオが悪いと思う」
「珍しく正論言ったと思ったらえぐってくんじゃねえ。んな事はわかってんだよ」

 テオが珍しくしっかりと落ち込んでいる。

「ちなみに難易度と合格基準は?」
「学校と同じくらいで、八十以上だとよ」
「おっふ。なかなかハードル高いね」

 エリアは学年七位だったが、それでも八十七点だ。
 八十点越えは、おそらく十五人にも満たないだろう。
 そんなテストで九十八点を取って一位になったノアは、正真正銘の変態である。

「今回のテオ君の点数はいかがほどで?」
「六十六。あと二日で十五点上げるとか無理だろ……マジで神様、助けてくれ~……」
「神様じゃなくて、私が助けてあげようか?」

 エリアは、ふと思いついた案を提示してみた。

「はっ? お前が?」
「そう。筆記試験八十七点で七位のエリア様が」
「いちいち具体的な数字言うなとか自分を様付けすんなとか、色々ツッコみたくはあるが、それマジで言ってんの?」
「大マジだよ。さすがにこんなタチの悪い冗談は吐かないって」
「でも、シャーロットと会ったりすんじゃねーの?」

 テオが気遣わしげに尋ねてくる。

「大丈夫。明日はお姉ちゃん、レンタル不可だから」

 エリアはニヤリと笑った。
 それだけで通じたようだ。

「あぁ、そういう事。彼氏とデートか」
「そそ。で、どうする? 無理にとは言わないよ。私も暇だから提案しただけだし」
「くそっ、ムカつくが、お願いします……!」

 テオが悪態を吐きつつも、存外素直に頭を下げた。
 相当参っているようだ。

「よく言えました。泥舟に乗った気分でいてね」
「大船にしてくれ、マジで」

 大真面目にそんな事を言ってくるので、エリアは吹き出してしまった。
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