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第十四話 代償―前編―

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 ソフィアとレイが学校に通い始めてから半年が経った。

 マテオにあんな大口を叩いたとはいえ、リリーも二人がちゃんと学校生活を送れるか心配だったが、今では二人は学校の人気者だ。

 ソフィアはリリーが危惧した通りやっかみの対象にもなっているようだが、それ以上に彼女を受け入れる生徒が多いため、いじめとかそういったものはないようだ。
 彼女にはいい意味で高位の出身らしさがないのも、受け入れられている要因の一つだろう。 
 それに、普段は自分より年上としか接していないせいか甘えん坊な面ばかり目につくが、ソフィアは立派なホワイト家の一人娘で、小さい頃から英才教育も施されている。
 そのため、ソフィアは可愛がられると同時に意外と頼られてもいるようなのだ。
 クラスでまとめ役をやっているソフィアを見た時は、巣立つ子供を見守る母鳥のような気持ちになったものだ。なんてね。

 レイモンドも貴族出身の坊っちゃんからは目の上のたんこぶのように思われているらしいが、それはごく一部で大半の生徒には好かれている。
 単純に才色兼備な上にそれを鼻にかけない性格をしているから、人気になるのは当然と言えば当然だ。
 よく彼の周りに男女問わず人だかりが出来ているのを見る。人タラシだ。

 それに、軍の正規隊員というのは私の想像よりもステータスが高いらしく、身分の違いで何かを言われる事もないようだ。おそらく前世で言えば、軍の正規隊員はプロのスポーツ選手くらいの位置付けなのだろう。
 それに彼はれっきとしたA級霊能者。単純に歯向かったら何をされるか分からない、というのもあるのだろうが。

 かくいう私もクレアや他の友人と楽しい学校生活を送っており、まあそんな感じで全員がのびのびとした生活を送っていた。
 あの事件が起きるまでは。







「皆、資料は届いたか?」

 アンドリューが周りを見渡す。
 ここは、軍本部の会議室だ。

 二週間に一度定例会は開かれているが、今回は特例会だ。
 議題は、霊能犯罪組織《解放軍かいほうぐん》について。

 資料が行き渡ったのを確認すると、ウィリアムが立ち上がり、説明を始めた。

「《解放軍》は十年以上前に活発に活動していた犯罪組織です。『魂の自由』を説き、軍の除霊活動を妨害する事が主な活動内容でした。数年前に軍による殲滅活動が行われ消滅したと考えられていましたが、それが最近再び活動を始めているようなのです」

 資料によればまだ目立った実害はないようだが、その姿がスポットの周辺でちらほら見受けられるようになっているらしい。
 それが《解放軍》だと分かるのは、彼らが皆同じ格好をしているからだ。
 彼らが着ているのは前世で言うイスラームのヒジャーブのようなもので、それを着た集団はまるで宗教団体のようだ。
 ……いや、実際に宗教のようなものか。

「今《解放軍》が確認されているのはトーハラ国とリオダ国ですが、奴らはかつては世界的に展開されていた組織です。どこに潜んでいても不思議ではかりません」

 トーハラ国はアイリア国の東の隣国であるオルネス国の更に東に位置する国で、リオダ国はそのトーハラ国の北にある国だ。

「このような格好をしているのは奴ら以外いない。いついかなる時でも見つけ次第生け捕りにしろ。なるべくなら殺したくないが、こちらに損害が発生する場合は殺しも許可する」

 アンドリューが淡々と言い放ち、会議は終了となった。







 翌朝、私達は並んで学校に向かっていた。
 私達とは勿論、私、ソフィア、レイモンドだ。

「ソフィー。全身を布で覆ってフードを被っているような人がいたら、近付いちゃ駄目だよ」
「どうして?」
「その格好をしている人は、皆悪い組織の人達なんだ」
「どうして皆同じ格好しているの?」
「ん? うーんとね。どう説明したらいいかな。あ、そうだ」

 私はソフィアが被っている帽子を触った。

「これ、私と同じもの買ったでしょ?」
「うん」
「これを一緒に被っている時、何かいつも以上に仲間意識というか、私と距離が近くなったように感じない?」
「あっ、感じるかも」
「そう。人間はね、同じものを持っていたり身に着けていたり、何か共通する事があるとより仲良くなれるの。組織の人達も皆で仲良く力を合わせないと失敗しちゃうから、同じ服を着ているんだ」
「ああー、なるほど! さすが、リリーは物知りだね!」

 ソフィアのキラキラした瞳が眩しい。
 たまたま思い付いた事を言っただけで、事実かどうかは分からないんだけどな。

「リリーさんは説明が上手いね。特にソフィーに対して噛み砕いて説明するのが」
「まあ昔は――」

 妹に勉強を教えていたからね、と言おうとして、私は慌てて口をつぐんだ。
 危ない。これは前世の記憶だ。

 ……そういえばあいつ、元気してるかな。私が退屈を感じ始めてからは全く構ってやれなかったけど、それまではよく懐いていたものだ。
 まるで、今のソフィアみたいに。

「リリー?」

 袖を引っ張られ、意識が浮上する。
 ソフィアが不安そうな表情でこちらを見上げていた。レイモンドも同様だ。

「大丈夫?」
「え、ええ。大丈夫よ。昨日寝不足だったから、ちょっとボーっとしただけ。ほら、行こう?」

 刹那の間に芽生えた寂しさを追い払うように、私は大股で歩き始めた。



 学校に着くと、二人とは一旦お別れだ。
 私は前世の記憶の助けを借りて一番上のクラスの授業を受けているため、基本的に二人と同じ授業を受ける事なない。
 同じ年齢の生徒でも、私と同じ授業を受ける生徒は少なく、算術に天才的なセンスのあるクレアくらいだ。

 そういえばクレアと仲良くなったのも算術の授業で同じクラスの子を見つけて話しかけたからだった。懐かしいな。



 算術や読み書きの授業が終わると、お昼休憩だ。

「今日はレイとソフィーと食べる日だっけ?」

 クレアが聞いてきた。

「うん。じゃあ、行ってきまーす」
「はいよー」

 クレアや他の友達に手を振る。
 誰が決めた訳でもないが、一週間に一回は三人で昼食を取る事が恒例になっていた。
 一度教室を見回し、私は教室を出た。
 階段を降り、ソフィアのいる教室へ向かう。

「ソフィー、いる?」

 中に声を掛ければ、数名の生徒が振り返る。

「あっ、リリー先輩」

 声を掛けてきたのは、ソフィアと仲の良いハンナだ。

「あっ、ハンナ。ソフィーは?」
「あれ、会ってないんですか?」
「えっ、どういう事?」
「さっきゾーイ先輩とマディソン先輩が来て、リリー先輩の授業が遅れてるから連れてくるようにリリー先輩に言われたって言って、ソフィーを連れて行ったんですけど……」

 ゾーイとマディソン。私が警戒していた私のクラスメートだ。
 嫌な予感がする。

「ちなみにレイはまだ来てない?」
「は、はい」
「レイが来たら同じ話しといてくれる?」
「え? 分かりました」
「頼んだよ」

 キョトンとした顔をしているハンナを残して教室を出る。
 急いで校舎を出ると、私は周囲に人がいないのを確認して《霊壁》を足掛かりにしながら木によじ登った。

 ……いた。
 三人はすぐに見つかった。
 校舎から少し離れた茂みで、ソフィアとゾーイ達が向かい合っている。

「ん?」

 その周囲を見回すと、その茂みの手前に水色が見えた。







「レイ」

 ソフィア達をこっそり様子を窺っているレイモンドに話しかける。

「どう?」
「ソフィー、一つ一つに言い返してるよ。手を出されたりしない限りは様子見で良いよね?」
「ええ」

 耳に神経を集中させると、何とか三人の会話が聞き取れた。

「だーかーら、もうレイ君に近寄らないで、って言ってんの。分かる?」
「何でそれをお二人に言われないといけないんですか?」
「レイ君は優しいからあんたに直接言えないで困ってるの。だから私達がこうして忠告してあげてるんじゃない」

 ……呆れた。
 今の数秒だけで分かった。
 この二人は、レイモンドと仲良くしているソフィアに嫉妬してこんな事をしているんだ。
 こういうところはどの時代、どの世界でも変わらないようだ。

「ですから、お二人は勘違いをしています。レイは優しいですけど、困っている事は困ってるって言います。リリーも言ってました。相手への文句を言えないのは本当の友達じゃないって。私とレイは本当の友達です。だから、レイが何も言わないという事は何も困ってないんです」

 ちょっと偏ってはいるが、少なくともゾーイ達の意見よりはしっかりしている。
 というか、もうすぐ七歳になろうという子供にしてはしっかりしすぎているだろう。
 お姉ちゃんとしては鼻が高いぞ、ソフィーよ。

 ……っと、ふざけている場合ではない。
 ゾーイ達は明らかに苛ついていた。もし物理的に危害を加えようとするなら、その前に止めなければならない。

「あー、もう。うざっ」

 ゾーイの手がポケットに伸びる。

「良い子にしてればお前もリリーも無事だったのによ……これでお前を半殺しにした後、リリーもやってやるよ」

 とても物騒な台詞と共にゾーイが取り出したのは、ナイフだった。

「ひっ……!」

 ソフィアの顔に初めて恐怖が浮かぶ。

「死ねえ!」

 マディソンがニヤニヤ見守る中、ゾーイは腕をソフィアに向けて振り下ろそうとした。

「なっ⁉」

 しかし、彼女の腕は静止したまま動かなかった。
 それはそうだ。彼女の腕だけを小さな《聖域》で囲ったのだから。
 万が一のためにレイモンドは既にソフィアの前に移動しているが、流石にそれは杞憂だったようで、ゾーイは動かない自分の腕を見て固まっていた。

「リリー! レイ!」

 ソフィアが涙交じりの声を上げた。

「どうして……」

 呆然とするゾーイ達に、ソフィアを背中に隠して私とレイモンドで向かい合う。

「うちのソフィーに何をしていたのかな、お嬢様方?」
「リリー……!」

 二人が憎悪の籠った目で睨み付けてくる。
 レイモンドを前にしてそんな顔をするとは、頭が回っていないのかそれ程こちらが憎いのか。
 ちなみにその両手は既に私の《聖域》で封じているため、二人ともなかなかへんてこな体勢だ。
 はっきり言って、全く怖くない。

「ふん! どうせレイ君の助けを借りているだけの癖に威張るな!」

 マディソンの言葉を聞いて、私はある事に思い当った。

「あっ、実は私も軍の正規隊員なんだけど、言ってなかったっけ?」
「えっ……」

 ポカンとした表情をした後、二人の顔がみるみる青ざめる。

「う、嘘……」
「本当よ。今あんたらの動きを止めているのも私。レイは何もしてないよ」

 二人ががくがくと震え出した。
 ようやく状況が吞み込めたようだ。

「さて」

 私はそんな二人を正面から見据えた。

「改めて聞くよ。お前ら、ソフィーに何してた?」

 二人は暫く震えていたが、やがて意を決したように叫び出した。

「あんたらがレイ君にまとわりついているからそれをやめさせようとしただけよ!」
「そうよ! レイ君のためにやっただけだから! レイ君も嫌がってだでしょ⁉」

 惨めで、哀れだ。
 何も言う気になれず、私は溜息を吐いた。

「リリーさん」
「ん?」
「この人達は僕の事を思ってやってくれたようだから、落とし前は僕が付けるよ。あまり見られたくないから、リリーさんはソフィーを連れて校舎に戻っていてくれない?」

 レイモンドの口調はいつも通りだが、そこには言い表せない圧があった。

「……分かったわ。ただし、気を付けてね」
「うん」

 こちらに頷きかけるレイモンドから目線を外し、私はソフィアの手を取った。

「行くよ、ソフィー」
「う、うん」

 ソフィアと共に足早にその場を去る。

「ごめんね。怖い思いさせて」
「ううん。リリー達のせいじゃないし。それより、助けにきてくれて有難う! 格好良かったよ!」

 ソフィアには、もう笑顔が戻っていた。
 その事に安堵すると、今度は別の心配事が頭をもたげてくる。

 先程のレイモンドの目だ。
 思わず目を逸らしてしまった。見ていられなかった。
 その目は、氷のように冷たかった。

 私は歩くスピードを上げた。

「リリー?」

 ソフィアの不思議そうな声を無視して、彼女を校庭で友達と食事をしているクレアのところまで引っ張っていく。

「クレア」
「ん? リリー……とソフィーじゃん。どうしたの?」
「事情は後で。ちょっとソフィアの事預かっててくれる?」
「え?」
「リリー?」

 疑問符を顔に浮かべている皆を残して、私は足早に来た道を戻った。
 あの目、何か嫌な予感がする。

 ——その予感は当たった。

 再び先程の茂みに到着した私の目に飛び込んできたのは、尻餅をついて泣きじゃくるゾーイとマディソン。
 そして、二人に特大の《霊弾》を向けているレイモンドの姿だった。
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