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第5章 商会での成功
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針と糸の音だけが、私の心を落ち着かせる旋律でした。
「今夜も、もう少し……」
机に並ぶのは、妹から渡された“不要品”ばかり。
流行遅れの色合い、裾が少し擦れたドレス、飾りが外れてしまった靴。
けれど私にとっては――宝物に変えられる素材でした。
糸を選び、布を切り、ひと針ひと針に想いを込める。やがて“ただのお古”は、別世界のように息を吹き返すのです。
「これなら、大商会のウィンドウを飾っても恥ずかしくありませんわね」
思わず独りごちてしまいました。自分で自分を励ますように。
ブルネール商会は、父が営む家業です。
大商会ほど大きくはなく、家計が苦しいときもありました。
でも、裏で私がこっそりと仕立て直した品を並べれば、不思議とすぐに買い手がつくようになったのです。
「本日も、お客様が“幻の仕立て人”の品をお求めでございます」
店に顔を出すと、番頭のバートンが小声で教えてくれました。
壮年の彼は半ば呆れたように笑います。
「坊ちゃん……じゃなかったな。この商会の隠し玉は、どうやら嬢様らしい」
「そ、そんなこと……わたくしはただ、少し手直しをしているだけで」
手を振って否定しましたけれど、心臓はくすぐったく跳ねていました。
いつか、きちんと自分の名前で世に出したい。そんな夢が、小さく灯っているのです。
けれど、妹セレーネは知らぬ顔で笑います。
「まあお姉さま、また倉庫に籠ってらしたの? 陰気ですわねぇ。どうせお古をいじって遊んでいるのでしょう?」
“遊び”ですって……?
心の奥で少しだけ針が刺さるように痛んだのを隠し、私は笑みを浮かべました。
「ええ、軽薄なあなたには一生分からないでしょうね……」
陰からこぼれた本音は、妹には聞こえていませんでした。
ある日のこと。
「ご存じですか? 王都で“幻のドレス”と呼ばれている品は、ブルネール商会から出ているそうです」
「見事な仕立てに、貴婦人方が競り合って買い求めているとか」
そんな噂話が客の口からちらほら漏れ聞こえてきました。
私は反射的に背筋を伸ばしました。
――幻の仕立て人。それはつまり、わたし。
けれど誰も知らない秘密。
くすぐったいような、少し怖いような。胸の鼓動は不思議に早まりました。
その噂が、ついに彼の耳にも届いたのです。
ある午後。商会の裏手で布束を運んでいたとき、不意に気配を感じました。
「その刺繍……君だよね」
振り向いた先に立っていたのは、琥珀の瞳を輝かせる――ダリオでした。
「っ……ダリオさま」
息が詰まるほど突然の再会。
彼は一歩、また一歩と近づき、仕立て上げたドレスの裾をそっと指で撫でました。
「この縫い目。君の手の動きだ。俺には分かるよ」
熱をもってそう断言されて、頬まで一気に火が上りました。
「……どうして……」
震える声しか出ませんでした。
「クラリッサ、なぜ名を伏せるの?」
「……私のせいで、家が迷惑を被っては嫌ですから」
正直に答えると、彼は苦く笑って首を振りました。
「君は……いつもそうだ。誰よりも努力し、人を助けているのに、自分だけは隠してしまうよね」
その目に、自分への憤りと悔しさが映っていました。
「……ダリオさま……」
彼の指が、そっと私の指を包み込みます。思わず逃げようとしても、ほんの少し強く握られて――。
「離さないって言ったよね。少なくとも俺は、君が誰より輝いていることをずっと知っているから」
心が、ふわりとほどけてしまいそうになりました。
「っ……ご、誤解されますわ」
慌てて俯くと、彼は小さく笑いました。
「ならば誤解でいい。君を守る理由になるのなら」
そう言って、彼は私の頬へと、迷いなく指先を滑らせました。
「っ……!」
触れたのはほんの一瞬。けれど心臓が爆発するかと思うほど跳ねました。
「今夜も、もう少し……」
机に並ぶのは、妹から渡された“不要品”ばかり。
流行遅れの色合い、裾が少し擦れたドレス、飾りが外れてしまった靴。
けれど私にとっては――宝物に変えられる素材でした。
糸を選び、布を切り、ひと針ひと針に想いを込める。やがて“ただのお古”は、別世界のように息を吹き返すのです。
「これなら、大商会のウィンドウを飾っても恥ずかしくありませんわね」
思わず独りごちてしまいました。自分で自分を励ますように。
ブルネール商会は、父が営む家業です。
大商会ほど大きくはなく、家計が苦しいときもありました。
でも、裏で私がこっそりと仕立て直した品を並べれば、不思議とすぐに買い手がつくようになったのです。
「本日も、お客様が“幻の仕立て人”の品をお求めでございます」
店に顔を出すと、番頭のバートンが小声で教えてくれました。
壮年の彼は半ば呆れたように笑います。
「坊ちゃん……じゃなかったな。この商会の隠し玉は、どうやら嬢様らしい」
「そ、そんなこと……わたくしはただ、少し手直しをしているだけで」
手を振って否定しましたけれど、心臓はくすぐったく跳ねていました。
いつか、きちんと自分の名前で世に出したい。そんな夢が、小さく灯っているのです。
けれど、妹セレーネは知らぬ顔で笑います。
「まあお姉さま、また倉庫に籠ってらしたの? 陰気ですわねぇ。どうせお古をいじって遊んでいるのでしょう?」
“遊び”ですって……?
心の奥で少しだけ針が刺さるように痛んだのを隠し、私は笑みを浮かべました。
「ええ、軽薄なあなたには一生分からないでしょうね……」
陰からこぼれた本音は、妹には聞こえていませんでした。
ある日のこと。
「ご存じですか? 王都で“幻のドレス”と呼ばれている品は、ブルネール商会から出ているそうです」
「見事な仕立てに、貴婦人方が競り合って買い求めているとか」
そんな噂話が客の口からちらほら漏れ聞こえてきました。
私は反射的に背筋を伸ばしました。
――幻の仕立て人。それはつまり、わたし。
けれど誰も知らない秘密。
くすぐったいような、少し怖いような。胸の鼓動は不思議に早まりました。
その噂が、ついに彼の耳にも届いたのです。
ある午後。商会の裏手で布束を運んでいたとき、不意に気配を感じました。
「その刺繍……君だよね」
振り向いた先に立っていたのは、琥珀の瞳を輝かせる――ダリオでした。
「っ……ダリオさま」
息が詰まるほど突然の再会。
彼は一歩、また一歩と近づき、仕立て上げたドレスの裾をそっと指で撫でました。
「この縫い目。君の手の動きだ。俺には分かるよ」
熱をもってそう断言されて、頬まで一気に火が上りました。
「……どうして……」
震える声しか出ませんでした。
「クラリッサ、なぜ名を伏せるの?」
「……私のせいで、家が迷惑を被っては嫌ですから」
正直に答えると、彼は苦く笑って首を振りました。
「君は……いつもそうだ。誰よりも努力し、人を助けているのに、自分だけは隠してしまうよね」
その目に、自分への憤りと悔しさが映っていました。
「……ダリオさま……」
彼の指が、そっと私の指を包み込みます。思わず逃げようとしても、ほんの少し強く握られて――。
「離さないって言ったよね。少なくとも俺は、君が誰より輝いていることをずっと知っているから」
心が、ふわりとほどけてしまいそうになりました。
「っ……ご、誤解されますわ」
慌てて俯くと、彼は小さく笑いました。
「ならば誤解でいい。君を守る理由になるのなら」
そう言って、彼は私の頬へと、迷いなく指先を滑らせました。
「っ……!」
触れたのはほんの一瞬。けれど心臓が爆発するかと思うほど跳ねました。
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