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第24章 決別の時
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分かっていたはず。私たちの物語に、ハッピーエンドなんて用意されていなかったのだ、と。
ヴァルターは王。私は役者。
本来、交わるはずのない二つの世界が、ほんの少しの間だけ交差しただけ。
だから、私は決めた。
ヴァルターのために、この関係を終わらせることを。
――それが、私にできる最後の愛の形。
---
「ヴァルター、私は舞台で生きる人間よ」
そう言った瞬間、ヴァルターの表情が一瞬、ピクリと動いた。
いつもの冷静な王の顔。でも、目の奥が揺れている。
「……お前が何を言いたいのか、わかっている」
「なら、もう何も言わないで」
「だが、それは聞けん」
彼はゆっくりと、私の腕を掴んだ。
強くもなく、けれど離さないとでも言うように。
……ああ、ダメよ。
そんな風に触れられたら、心が折れてしまうじゃない。
「ヴァルター、お願いだから……わかってちょうだい」
「お前が何を考えているのかはわかる」
ヴァルターは私の手を取り、そっと唇を寄せる。
「だが、俺はお前を手放したくない」
「……!」
心臓が跳ねた。
ダメよ、ダメダメダメ!
こんな顔をされて、こんな言葉を囁かれて、私が揺らがないわけがないじゃない!
「あなたは王よ。私は王妃にはなれない。王妃になるべき人は、もっとふさわしい貴族の令嬢……」
「くだらん」
「……!」
ヴァルターの声が低くなる。
「貴族だとか、身分だとか、そんなものは関係ない。俺はお前を選んだ」
「でも、王としての使命は――」
「王としてではない。一人の男として、お前を愛している」
ずるい。そんなこと言わないで。
私はもう、耐えられそうになかった。
だから、私は笑って、いつも通りの私を演じた。
「ふふ、そんな台詞、もっと早く言ってくれればよかったのにね」
ヴァルターの瞳が、わずかに悲しげに揺れる。
でも、それでも私は、決めたんだから。
「さようなら、ヴァルター」
そして、私は彼の手を振りほどいた。
それが、私の選んだ幕引きだった。
---
旅立ちの朝、そして――。
馬車が軋む音が響く。
劇団の仲間たちは皆、荷物を積み込み、遠い国への旅の準備を進めていた。
私はそっと振り返る。
王都の景色。ヴァルターのいた宮殿。
もう、戻ることはない。
「マリア、本当にいいのか?」
劇団の団長が私を心配そうに見つめる。
「……ええ。私は舞台の上で生きる人間だから」
笑って、そう言った。
「……そうか」
団長は深くため息をついた。
「まったく、お前さんが泣きながら王宮に駆け込むんじゃないかとヒヤヒヤしてたが……」
「泣かないわよ。私は女優だもの」
「……そうか」
団長はもう一度頷いて、馬車の方へと戻っていく。
私は最後にもう一度、王宮を見つめた。
ヴァルター、今頃何をしているのかしら。
今にも駆けつけて、「やっぱり行くな」なんて言ってくれたら――
(……ダメよ、そんなこと考えちゃ)
私は決めたんだから。
前を向いて、進まなくちゃ。
「じゃあ、行きましょうか」
私はそう言って、馬車に乗り込もうとした。
……その時だった。
「マリア!!」
……え?
聞き間違い?
でも、そんなはずない。
だって、その声は――
「ヴァルター!?」
振り返った瞬間、目を疑った。
ヴァルターが白馬に跨がり、息を切らしながらこちらへ向かってくる。
「なんで……どうして……?」
彼は、私を引き止めに来たの?
「お前を、行かせたくない」
彼はそう言って、馬から飛び降りて私の腕を掴んだ。
「……っ!」
また、掴まれる。
もう、ダメだってわかっているのに。
「ヴァルター、やめて。こんなことしたって――」
「お前が行くなら、俺も行く」
「えっ!?」
「俺が王である前に、お前の男でいたい」
ずるい。ずるい。ずるい。
そんなこと言われても、私は――
「……しつこい男、大っ嫌い!」
私は睨みつけながら、そっと彼の胸に飛び込みたいのを必死に耐えた。
舞台の上では決して見せることのない、本当の涙を流しながら。
ヴァルターは王。私は役者。
本来、交わるはずのない二つの世界が、ほんの少しの間だけ交差しただけ。
だから、私は決めた。
ヴァルターのために、この関係を終わらせることを。
――それが、私にできる最後の愛の形。
---
「ヴァルター、私は舞台で生きる人間よ」
そう言った瞬間、ヴァルターの表情が一瞬、ピクリと動いた。
いつもの冷静な王の顔。でも、目の奥が揺れている。
「……お前が何を言いたいのか、わかっている」
「なら、もう何も言わないで」
「だが、それは聞けん」
彼はゆっくりと、私の腕を掴んだ。
強くもなく、けれど離さないとでも言うように。
……ああ、ダメよ。
そんな風に触れられたら、心が折れてしまうじゃない。
「ヴァルター、お願いだから……わかってちょうだい」
「お前が何を考えているのかはわかる」
ヴァルターは私の手を取り、そっと唇を寄せる。
「だが、俺はお前を手放したくない」
「……!」
心臓が跳ねた。
ダメよ、ダメダメダメ!
こんな顔をされて、こんな言葉を囁かれて、私が揺らがないわけがないじゃない!
「あなたは王よ。私は王妃にはなれない。王妃になるべき人は、もっとふさわしい貴族の令嬢……」
「くだらん」
「……!」
ヴァルターの声が低くなる。
「貴族だとか、身分だとか、そんなものは関係ない。俺はお前を選んだ」
「でも、王としての使命は――」
「王としてではない。一人の男として、お前を愛している」
ずるい。そんなこと言わないで。
私はもう、耐えられそうになかった。
だから、私は笑って、いつも通りの私を演じた。
「ふふ、そんな台詞、もっと早く言ってくれればよかったのにね」
ヴァルターの瞳が、わずかに悲しげに揺れる。
でも、それでも私は、決めたんだから。
「さようなら、ヴァルター」
そして、私は彼の手を振りほどいた。
それが、私の選んだ幕引きだった。
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旅立ちの朝、そして――。
馬車が軋む音が響く。
劇団の仲間たちは皆、荷物を積み込み、遠い国への旅の準備を進めていた。
私はそっと振り返る。
王都の景色。ヴァルターのいた宮殿。
もう、戻ることはない。
「マリア、本当にいいのか?」
劇団の団長が私を心配そうに見つめる。
「……ええ。私は舞台の上で生きる人間だから」
笑って、そう言った。
「……そうか」
団長は深くため息をついた。
「まったく、お前さんが泣きながら王宮に駆け込むんじゃないかとヒヤヒヤしてたが……」
「泣かないわよ。私は女優だもの」
「……そうか」
団長はもう一度頷いて、馬車の方へと戻っていく。
私は最後にもう一度、王宮を見つめた。
ヴァルター、今頃何をしているのかしら。
今にも駆けつけて、「やっぱり行くな」なんて言ってくれたら――
(……ダメよ、そんなこと考えちゃ)
私は決めたんだから。
前を向いて、進まなくちゃ。
「じゃあ、行きましょうか」
私はそう言って、馬車に乗り込もうとした。
……その時だった。
「マリア!!」
……え?
聞き間違い?
でも、そんなはずない。
だって、その声は――
「ヴァルター!?」
振り返った瞬間、目を疑った。
ヴァルターが白馬に跨がり、息を切らしながらこちらへ向かってくる。
「なんで……どうして……?」
彼は、私を引き止めに来たの?
「お前を、行かせたくない」
彼はそう言って、馬から飛び降りて私の腕を掴んだ。
「……っ!」
また、掴まれる。
もう、ダメだってわかっているのに。
「ヴァルター、やめて。こんなことしたって――」
「お前が行くなら、俺も行く」
「えっ!?」
「俺が王である前に、お前の男でいたい」
ずるい。ずるい。ずるい。
そんなこと言われても、私は――
「……しつこい男、大っ嫌い!」
私は睨みつけながら、そっと彼の胸に飛び込みたいのを必死に耐えた。
舞台の上では決して見せることのない、本当の涙を流しながら。
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