【完結】平凡令嬢、実はざまぁ請負人~婚約破棄された令嬢たちの代理で復讐します~

朝日みらい

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第7章 二重の仮面

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 カイル様と『協力』することになってからというもの、わたしの日常は一変しました。

 これまでは、仕事の計画を一人で練り、エルザと二人三脚で実行するのが当たり前でした。

他人に、ましてや男性に、この裏稼業を明かしたことなどありませんでしたから、わたしは常に警戒心のかたまりでした。

 それが、どうでしょう。

今では、当たり前のように彼と顔を合わせ、打ち合わせをする毎日を送っているのです。

 「リリアーナ嬢、ダミアン侯爵の浮気相手、ベラ嬢の趣味嗜好について、もう少し詳しく知りたいのですが。……何か、手掛かりはありますか?」

 そう言って、カイル様は、涼やかな顔でわたしに尋ねてきました。

 「ええ、もちろんございますわ。彼女は、甘いものがお好きで、特にショコラが目がないようです。先日訪れた高級レストランでも、ショコラを使ったデザートを二つも注文していました」

 カイル様の真向かいに座り、ティーカップを傾けながら、平静を装って答えました。

しかし、内心は全く平静ではありませんでした。

 (どうして、この人はこんなにも、わたしの仕事に詳しいのでしょう? まるで、最初からすべてを知っていたかのように、的確に質問をしてくる……! 恐ろしい人ですわ)

 心の中で戦々恐々としていました。

彼は、わたしの知略を、まるで手玉に取るかのように、次々と核心に迫ってきます。

 「なるほど……。では、彼女にショコラを贈り、何かしら細工をすれば、計画がよりスムーズに進むかもしれませんね。先日の夜会で、ダミアンは、アリス・ベルヴィル嬢に『君こそが私の運命の人だ』と囁いていたらしいですよ。夜会の前日にアリス嬢からと偽り、ショコラを贈っておけば、ベラはかなり取り乱すはずでしょう」

 「……っ!?」

 彼の言葉に、思わず息をのみました。

 (そんなことまで、お見通しですか!? まさか、わたしがショコラに、ちょっとした仕込みをしようとしていることまで……!)

 冷たい汗が背中を伝うのを感じました。

 「お嬢さん、顔色がすぐれませんよ? もしかして、まだ何か隠していますか?」

 カイル様は、わたしの動揺に気づくと、いたずらっぽく微笑んで尋ねてきました。

 「い、いえ、そんなことはありませんわ! ただ……少し、疲れましたの。計画が、うまくいくか、不安で……」

 『平凡で天然な令嬢』の仮面を被り、とぼけてみせました。

 すると、カイル様は、椅子から立ち上がると、わたしの頬にそっと触れてきました。

 「大丈夫です。あなたには、私がついていますから」

 彼の指先は、ひんやりと冷たかったのですが、その言葉は、わたしの心を温かく包み込んでくれました。

思わず彼の瞳を見つめました。

彼の真剣な眼差しに、わたしの心臓は、これまでにないほど、激しく高鳴っていました。

 「……あの」

 何か言おうとすると、彼は、わたしから顔を離すと、何事もなかったかのように、元の席へと戻っていきました。

 (いったい、何だったのでしょう、今の……!? 彼は、わたしに何を伝えたいの?)

 自分の頬に触れながら、彼の行動の真意を測りかねていました。


 それからというもの、カイル様は少しずつ、そして、巧妙に、近づいてきました。

 ある日は、庭園で出会うと、わたしが身に着けていた刺繍のハンカチを見て、こう尋ねてきました。

 「リリアーナ嬢の刺繍は、とても繊細で、見事ですね。まるで、本物の花が咲いているかのようだ」

 「まあ、そんな……。ただの趣味ですわ」

 照れて、俯いてしまいました。

彼は、わたしの『平凡な令嬢』としての顔も、しっかりと見てくれている。

それが、わたしには、とても嬉しかったのです。

 また、ある日は、王都の図書館で、偶然にも、彼と出会いました。

 「お嬢さん、ここに来るのが、お好きなのですか?」

 彼は、わたしの手元にある、難しい魔術書に目を留め、そう尋ねてきました。

 「ええ……。ただ、最近は、仕事が忙しくて、なかなか来ることができませんでした」

 思わず本音を漏らしてしまいました。

すると、カイル様は、わたしの手から、そっと魔術書を奪い取り、こう言いました。

 「たまには、息抜きも必要でしょう? 今は、何も考えずに、私と、この庭園を散歩しませんか?」

 彼は、そう言って、庭園へと誘ってくれました。

わたしは、彼の優しさに甘え、彼に手を引かれながら、庭園を散歩しました。

 (こんなに、誰かとゆっくりと話をしたのは、いつぶりかしらね……)

 彼の隣を歩きながら、胸の奥が、温かく満たされていくのを感じました。


 しかし、そんな甘い時間も、すぐに終わりを告げました。

 「リリアーナ嬢、あなたの過去について、少しだけ、教えていただけませんか?」

 彼は、立ち止まると、真剣な眼差しで、わたしにそう尋ねました。

 「……どうして、そんなことを?」

 警戒心から、彼から少し距離を取りました。

 「あなたは、いつも、自分の心を閉ざしている。まるで、誰かに傷つけられたかのように……。私は、あなたのことを、もっと知りたいのです」

 彼の言葉に、わたしの胸は甘く痛みました。

 「わたしは、昔、婚約者から……『地味でつまらないから』と、一方的に婚約破棄されました。……それ以来、男性が、信じられなくなってしまったの」

 震える声で、過去の傷を打ち明けました。彼に、この仮面が剥がされるのが怖かったのです。

 「そうでしたか……」

 カイル様は、わたしの言葉に、そっと悲しげな表情を浮かべました。そして、わたしの頬に、そっと手を添えました。

 「リリアーナ嬢……。もう君が、誰かに傷つけられるのは嫌だ」

 彼の言葉に、わたしの目から、熱い涙がこぼれ落ちました。

 (どうして、この人は、こんなに優しい言葉をかけてくれるの……?なぜ、わたしはこんなに泣き虫になったの……?)

 彼に、弱さを見せてしまった自分を恥じ、そして、彼の優しさに、心の奥がじんわりと温かくなるのを感じました。

 「……ありがとうございます、カイル様。でも、わたしは、もう大丈夫ですわ」

「……泣いて構わないのです。恥ずかしくなんか無い」

 彼の言葉に甘え、彼の胸に顔を埋め、泣いてしまいました。

彼は、何も言わずに、ただ静かに、わたしを抱きしめてくれました。

 彼の温かい胸の中で、わたしは、初めて、誰かに守られているという感覚を味わいました。

 (この人が、わたしに、仮面を外させてくれる……。そのままの私でいられる。そんな気がする)

 わたしは、彼の温かい腕の中で、そう、小さく、呟きました。
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