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19.お食事デート

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「咲凪、帰ろうか」

いつものように娘を迎えに行く。

すると、

「しゃなちゃんまま」

つつじが駆け寄ってきた。

「こんにちは、つつじちゃん」

咲凪が靴を履いている隙に、つつじに視線を合わせて応える。

「しゃなちゃんぱぱ、ろこにいるの?」

「え?」

ハッと咲凪を見た。

「?」

咲凪はきょとんと首をかしげる。

「咲凪、つつじちゃんにパパのお話したの?」

「うん」

当然だと頷く。

「しゃなちゃんぱぱ、かっこいーんれしょ?ちゅちゅじもあいたい!」

「しゃあたんのぱぱ、たっといーよ」

咲凪の交友関係から察するに、まだそんなに広がってはいないだろう。

パパじゃないよ、と言えたらいいのに。

「ごめんね、また今度ね」

つつじには笑顔でそう言って、咲凪とともにこども園を後にした。

「咲凪、パパの話はまだ秘密にしようか」

「なんで?」

当然理由を聞いてくる。

「まだパパの準備ができてないからね」

咲良はそう嘘を吐いた。

準備ができていないのは、母親である自分の方なのに。



「ぱぱ、じゅんび、おぁっちゃ?」

「ん?」

週末、また彼に会いたいと言う咲凪の要望に応えて、彼を呼んだ。

快く来てくれた彼は、娘からの質問に首をかしげる。

「じゅんび」

「準備?」

「ん、ままがね、いっちゃの」

それを聞いて、彼の視線は咲良に向く。

咲良は何も言えなかった。

せめてと彼が話を合わせてくれることを願うだけだ。

それを見た彼はというと、

「そうだね。もうちょっとだけ待ってね」

と話を合わせてくれた。

「ん、いーよ」

咲凪はそう頷いて、絵本を読むようにお願いした。

遊び疲れた咲凪が眠ってしまってようやく、咲良はその理由を話せる。

「わかったよ。しばらくは僕が準備できていないってことにしよう」

説明を聞いた彼は、そう言ってくれた。

「でも……」

準備ができていないのは、咲良の方。

その言葉を言う前に、彼の人差し指によって止められる。

「僕だって同じだよ」

それはまるで宙ぶらりんの言葉だった。

どこか遠い目をした彼に、

「同じ……?」

咲良が問いかける。

「とにかく。2人で一緒に準備していこう」

彼は話を逸らすように続けた。

「咲凪のためにも、咲良のためにも、それに、僕のためにもね」

にっこりと微笑むその笑顔に、咲良は首を傾げた。



「ろーぶちゅえん」

その日、咲凪が突然言った。

「動物園?」

咲良が問い返す。

「ろーぶちゅえん、いきちゃい」

突然どうしたのだろう。

「どうして?」

そう聞いてみると、

「ちゅちゅじちゃ、ろーぶちゅえんいっちゃの」

「つつじちゃんが?」

「ん。あのね」

2人で手を繋いで歩きながら、咲凪は続ける。

「おべんちょもっちぇね、うしゃぎしゃん、あいちゃい」

「うさぎさんか」

「ん。うしゃぎしゃん、らっこしゅる」

動物園がどんな場所か、本当にわかって言っているのだろうか。

水族館が怖いと言っていたのに、動物園は大丈夫なのだろうか。

「あ、ぱぱ」

その時、咲凪が先を指さした。

「え?」

咲良がその指を先に目をやると、アパートの前で彼が手を振っていた。

「ぱぱ、なにしちぇるのー?」

「今日は仕事が早く終わってね。せっかくだから、ご飯でもって誘いに来たんだけど」

「咲凪、パパとご飯行ってもいい?」

「ん、いーよ」

咲凪は喜んで彼の手を取り、歩き出す。

咲良もその後に続いた。



彼が連れてきたのは、綺麗な夜景が見える高級レストランだった。

いつものファミレスだと思っていた咲良は、

「ちょ……」

と、慌てて引き留める。

「咲凪がいるんだよ。それに、ドレスコードとか」

「大丈夫だよ」

彼は笑って、咲凪を抱き上げる。

「咲凪、いい子にできるね?」

「ん」

咲凪にそう確認したところで、まだ子どものことだ。

いくら咲凪が同年代の子たちよりも大人しいといっても、やっぱり子どもは子ども。

それを知っている咲良が委縮してしまう。

しかし、ドアマンによって開かれたドアの先には、

「え……?」

誰もいなかった。

いや、正確にはホール係の店員がいる。

しかし、他の客がいない。

「貸し切りで予約してたんだ」

たまたま仕事が早く終わったふうに言ったのに。

実はそのつもりだったのではないか。

「こちらへどうぞ」

丁寧に席へ誘導されると、子ども用の椅子まで準備してある。

交際していた頃は、アメリカではあったがこうした場所にもよくいっていた。

そのおかげで、咲良は咲凪に気を配れる程には余裕がある。

「咲凪」

こんな普段と違う場所で驚いていないかと思ったが、

「みちぇー、きらきらしちぇるー」

窓の外に目を向けて、夜景を指さす。

意外と肝は座ってそうだ。

「キラキラしてるね、咲凪。咲凪はキラキラしてるのが好き?」

隣の席から彼が声をかける。

「ん。おほししゃましゅき」

「お星さまか。じゃあ今度プラネタリウムでも行こうか」

「んー……?」

プラネタリウムはまだわからないか。

キラキラしているものが好きなら、きっと気に入るだろう。

「しゃあたんね、ろーぶちゅえんいきちゃい」

「動物園?」

「ん」

彼が咲良を見る。

「お友達に動物園の話を聞いて興味を持ったみたいで」

「そっか。じゃあ、今度一緒に行こうか」

「ん」

咲凪は満足そうにうなずいた。

「でも……」

咲良がポツリとこぼす。

「大丈夫かなって」

「どうして?」

「咲凪、水族館で怖くて泣いちゃったことがあるの」

「あ、そうなんだ」

「うさぎに会いたいって言ってるんだけど、動物園ってうさぎだけじゃないから」

「確かにね」

大人たちの会話を大きな目で見ながら、

「うしゃぎしゃん」

と理解できたところだけ声を上げる。

「うさぎさんに会いに行こうね」

彼はそう笑って咲凪の頭を撫でた。
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