グレープフルーツムーン

青井さかな

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chapter 1

Wonderwall(1)

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 あの日から十日程経った。
 
 あれから英理奈さんとは一度も会っていないし、連絡もしていない。
 オレは今までと何も変わらず、大学とバイトとバンドの日々だった。
 本当に何も変わらない。
 オレと英理奈さんが一緒にいなくても当然世界は終わらないし、誰も困らないし、オレも、きっと英理奈さんも、このまま普通に暮らしていける。
 少しだけ変わった事と言えば、自宅のリビングで過ごすことが増えた。と言ってもやっぱり家にいる時間は少ないから対してそれも変わりはないが。
 母親とは少しずつ、会話が増えた。散々勝手しておいてさらに身勝手な話かも知れないが、理由なく一緒にいられる家族の存在が、今はただありがたかった。

 後悔が全くない、と言ったら嘘になってしまう。だけど今さら足掻いたところで結末は変わらないし、下手したらさらにお互い傷を増やすだけだ。
 
 それでも、今頃どうしているんだろう、引越しの準備は済んだのか、まだあのマンションにいるのか、それとももう行ってしまったのか……、気を抜くとつい彼女の事を考えてしまう。その度に溜め息をつきながらオレは昨日も夜中までバイトに励み、今日は朝から大学、夕方からはバンドのスタジオ練習へ行く。 
 
 立ち止まっている暇は、無いんだ。





「終わったー!さぁ行くか!!」

 バンド結成以来お世話になっているスタジオでの練習を終えて外に出ると長田が叫んだ。 

「悪い、オレ今日パス」

 飲んで騒いで、いつも通りに振る舞う自信はまだ無い。

「ダメだよ、今日は湊くんのアパートでボク特製鍋パーティーだから全員強制参加。もう仕込み終わってるからね。はいみんな行くよー」

「……いや、悪いけどオレ」

「……もうそろそろ、話してくれてもいいんじゃない?」

「まぁ、どうしても言いたくないってんなら仕方ないけどな」

「話して楽になる事もあると思うよ」

「ずっとこのままで次のライブに支障きたしても困るしな」

「あぁ、それが一番重要だね」

「……いや、何のことだよ」

「おまえ、マジで自覚してねぇの?今日も歌詞間違えまくりだし、次の曲つって、言ってたのと全然違う曲始めるし、下に着てるTシャツもずっと裏返しなのいつになったら気付くの?」

 言われてオレは長袖シャツの下に着ているoasisのTシャツを見る。マジで裏返しだ。朝からだから大学も一日これで過ごしてたのか。せめて気付いた時点で誰か言ってくれよ。この調子だとバイトでも何かやらかしてる可能性あるな。

「ま、とりあえず行こうぜ。明日予定ないんだろ、果てるまで飲もう」

「……なんでオレの予定知ってんの?」

「それも確認したじゃん!だからみんな無理矢理今日に予定合わせたんだよ!」

「まじで重症だな。よし、しこたま飲ませて吐かせよう」

 みんなの勢いに押され、自分に呆れつつもつい笑ってしまう。まったく、変なヤツばっかりで面倒臭い時もあるけど、こいつらと一緒で良かった。
 なんて、絶対に口に出しては言わないけど。



 湊のアパートに着くと本当に鍋の準備が整っていて後は鍋を火にかけるだけだった。鍋が煮えるまでの間に食べられるよう斉藤は前菜まで用意してくれていたのでそれをつまみにさっさと飲み始める。
 
 そしてこれまでずっと秘密にしてきた英理奈さんとの事を始まりから終わりまで、オレは何一つ隠す事なくみんなに話した……。



 だがしかし、意を決して全てを話し終えたと言うのに、みんな無言でひたすら鍋を食っている。……何でだよ。オレの心の傷がえぐられただけか?

「……あの、誰か、何かご感想はありませんか?」

「……、いや、ちょっと想像以上で、何て言っていいか」

「……ボクも、そこまでとは」

「……まだ片想い拗らせてるくらいかと」

「……おまえ、今までよく耐えたな。そらぶっ壊れるわ」

 え、そこまで? 

「まぁ前も言ったけどオレだったら相手に彼氏いる時点で無しだから、ある程度はそこ行った時点で自己責任つーか、簡単ではないだろうとは思ってたけど、それにしてもなぁ、そんな本気だったんだ」

 言葉を選んで湊が言う。

「うん、ボクもそれがちょっと驚いた。まぁ好きなんだろうなぁとは思ってたけど、なんて言うかもう、理性失ってる感じ?」

 言葉を選んでるようで選んで無い斉藤。

「けど、この前のライブの時なんか、いい感じに見えたけどね二人」

「そう!何でもないとか言っておいて、出番終わったら一人さっさと居なくなっててやっと見つけたと思ったら二人でライブ楽しんでやがって何だあいつ!とか思ってたのに」

「あれな、ほんと楽しかったよ。正直あの時もうオレは付き合ってる感覚だった。ほったらかしてばっかの彼氏より絶対オレといる方がいいだろうって、自信もあった」

 それなのに、現実はその直後にオレの自信は見事に砕け散った。

「それで、結局向こうはおまえのことどう思ってたわけ?」

 返答に詰まる。

「どう、だろうな。わからない」

「は?どういう事?」

「いや、だから、彼女の気持ちは聞いてない」

「なんで?一番大事な事だろ」

「そうかな」

「じゃあおまえの気持ち知って何て言ってた?」

 オレの気持ち、

「……言ってない」

「……マジか?おまえそれ噛み合わなくて当然だろ。なんで言わねーの」

 心底呆れた顔で長田が言う。

「……言って何になる?言ったら彼氏いるからごめんなさいで終わりだろ。必要以上に求めなければ、許される限りはとりあえず一緒にいられるわけで」

「けどそれじゃ結局都合の良い相手で終わりだろ」

 その通りだ。けど、それでも、





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