グレープフルーツムーン

青井さかな

文字の大きさ
12 / 45
chapter 1

Wonderwall(2)

しおりを挟む
「それでも、言わなくて良かったんだよ、オレの場合は。英理奈さんと彼氏との関係だけじゃない、浅野さんていう存在があったから、オレの本当の気持ちなんて知ったら英理奈さんは余計苦しんだと思う。それに、オレといると英理奈さんは、ずっと過去に囚われ続ける事になるから」

「けど、都合の良い相手だったとしても、お前と一緒にいたかったんじゃないの?本当に無理だったらわざわざトラウマ呼び起こすようなヤツと一緒にいないって普通」

「だから、多分それは、過去に叶えられなかった事をオレといて満たそうとしてたんじゃない?」

 自分で言っててまぁまぁ虚しくなる。

「……まぁ、それも一理ある気はする、けどさ、浅野さんて人の事はひとまず置いといてだな、おまえはあの人の気持ち、知りたくなかったわけ?」

 英理奈さんの気持ちなら散々考えた。

「オレの気持ちを言ったところで、ってのと同じだよ。英理奈さんがもしオレの事を好きになってくれてたとしても、結果は変わらないし、彼女が前を向いて誰かと一緒に生きて行きたいならそれは、……オレとじゃ無理だから」

「そう言われたわけ?何でおまえが向こうの気持ち勝手に決めつけてんの」 

 湊が語気を強めて言う。

「……それは」

「おまえは本当の事知って自分が傷付くのが怖かっただけだろ。実際浅野さん?の事知って逃げ出したわけだしな」

「別に逃げたわけじゃ、」

「まぁまぁ、あ、お鍋少なくなってきたね。もうちょっと足そうか。ビール空いてる?ついでに持ってくるー」

 オレと湊が険悪なムードになりかけると斉藤はいつもこうやって間に入ってくれる。

「……逃げたつもりはない、けど、いまだに浅野さんの事を想って泣いてしまう英理奈さんを見てたら、オレじゃ無理だって、そう思ったらもう諦めるしか、それが逃げてるって言うんなら、そうなんだと思う」

「……あのさ、みんなの話聞きながら思い出してたんだけど、ちょっと自分の話していい?」

 ずっと黙っていた小原が急に話し始めた。

「あぁ、いいけど」

「オレさ、高校一年の時、二個上の女の先輩にすげぇ可愛がってもらってて、その理由が親が離婚してから離れて暮らしてる弟にオレが似てるとかだったんだけど、それでもオレはその先輩の事が好きだったの。家が同じ方向だったから一緒に帰ったりしたくらいで、結局告白も出来ず先輩は卒業して、それきりなんだけど……。当時は何も出来なかったの結構後悔してしばらく引きずってた。さすがにいまさら会いたいとか付き合いたいとかは無いけど、嫌いになって会わなくなったわけじゃないから、好きか嫌いかで言うとやっぱ好きなままで、だから今その先輩にもしもの事があったら、ちょっとオレ正気でいられないかも、って思った。だから、その、英理奈さん、の気持ちも何となくわかるし、おまえの気持ちもわかると言うか、何も変わらないにしても後悔だけはしてほしくない、かな。ごめん、何が言いたいのか、よくわかんないね」

 そう言うと小原は照れ臭そうに残っていたビールを一気に流し込む。

「へぇ~、小原くんもそんな切ない恋してたんだね」

「まぁ、そうだよな。誰もが自分の身近な人とか大切な人が簡単に死ぬなんて思って日々生きてないもんな。何があるか何てわかんねーし、その、英理奈さんだって、明日死なないとも限らないわけだしな」

 縁起でもない事言うなよ。……けど、そうだ。湊の言う通り、そうやって英理奈さんは浅野さんと二度と会えなくなってしまったんだ。

「……あのさ、オレもちょっと思ったんだけど、いい?」

 長田が手を挙げて言う。 

「何?」

「いつかの賭け、あれオレの一人勝ちだったんじゃね?」

 何の話だ、あ、アレか。オレと英理奈さんの初めての日のか。

「全員金返せ」

「えー、今更?もういいじゃん、いくらだったか覚えてないよ」

「そう言うわけにいくか。だいたいおまえが隠すからだろ」

 オレのせいか?
 まぁ全く関係無いとは言い切れないな。

「もう面倒くさい。じゃもう今日の鍋代今までの分は無しでいいよ。ところでもうお酒無くなりそうなんだけど、みんなペース速すぎ。長田くん買って来てー」

 斉藤が心底面倒くさそうに言う。 

「何でオレなんだよ、別にいいけど」

 何だかんだ文句を言いながらも基本人の良い長田はこうやっていつもおつかいに行かされる。一人暮らしの湊のアパートには昔からこんな風に集まる機会が多くこの辺の地理もみんな把握済みだ。 

「何だよ、雨降ってんじゃん最悪」 

 長田が玄関のドアを開けると確かに外から雨の音がした。

「あー、オレの傘使って」 

 湊が玄関に置いてある自分の傘を長田に渡す。

「この雨の中誰も一緒に行くとは言ってくれないのな、まぁいいけどさ。適当に買って来るわ」 

 独り言のようにブツブツ言いながら雨の中長田が一人出て行った。



 ――夜に降る雨がダメで。

 何かに付けて英理奈さんの事を思い出すのが癖になってしまっている。彼女と出逢ってからはまだ数ヶ月しか経っていないというのに。
 夜に降る雨がどうして苦手なのか結局聞けなかったな。それだけじゃない、聞けなかった事、まだ知らない事、たくさんあったはずだ。
 
 今頃どうしているんだろう。彼女の部屋に初めて行った、あの雨の日を思い出す。濡れた髪、潤んだ瞳でオレを見ていた彼女はあの時何を思っていたのか。
 少しくらいはオレを想ってくれていたのかな。

 こんな雨の夜に、もしまだこの街にいるのなら、一人で平気だろうか。


 唐突に玄関のドアが開き長田が帰って来た。
 開かれたドアの向こうで救急車がサイレンを鳴り響かせ通り過ぎて行く。

 ――明日、死なないとも限らない。

 ついさっきの会話を思い出す。
 もし、もしもまだ、間に合うのなら……。 

「……オレ、行ってくる」






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜

葉月 まい
恋愛
ーー私はあの夜、一生分の恋をしたーー あなたとの思い出さえあれば、この先も生きていける。 見ると幸せになれるという 珍しい月 ブルームーン。 月の光に照らされた、たったひと晩の それは奇跡みたいな恋だった。 ‧₊˚✧ 登場人物 ✩˚。⋆ 藤原 小夜(23歳) …楽器店勤務、夜はバーのピアニスト 来栖 想(26歳) …新進気鋭のシンガーソングライター 想のファンにケガをさせられた小夜は、 責任を感じた想にバーでのピアノ演奏の代役を頼む。 それは数年に一度の、ブルームーンの夜だった。 ひと晩だけの思い出のはずだったが……

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣
恋愛
あの人との未来を手放したのはもうずっと前。 私たちは確かに愛し合っていたはずなのに いつの頃からか 視線の先にあるものが違い始めた。 だからさよなら。 私の愛した人。 今もまだ私は あなたと過ごした幸せだった日々と あなたを傷付け裏切られた日の 悲しみの狭間でさまよっている。 篠宮 瑞希は32歳バツイチ独身。 勝山 光との 5年間の結婚生活に終止符を打って5年。 同じくバツイチ独身の同期 門倉 凌平 32歳。 3年間の結婚生活に終止符を打って3年。 なぜ離婚したのか。 あの時どうすれば離婚を回避できたのか。 『禊』と称して 後悔と反省を繰り返す二人に 本当の幸せは訪れるのか? ~その傷痕が癒える頃には すべてが想い出に変わっているだろう~

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

結婚する事に決めたから

KONAN
恋愛
私は既婚者です。 新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。 まずは、離婚してから行動を起こします。 主な登場人物 東條なお 似ている芸能人 ○原隼人さん 32歳既婚。 中学、高校はテニス部 電気工事の資格と実務経験あり。 車、バイク、船の免許を持っている。 現在、新聞販売店所長代理。 趣味はイカ釣り。 竹田みさき 似ている芸能人 ○野芽衣さん 32歳未婚、シングルマザー 医療事務 息子1人 親分(大島) 似ている芸能人 ○田新太さん 70代 施設の送迎運転手 板金屋(大倉) 似ている芸能人 ○藤大樹さん 23歳 介護助手 理学療法士になる為、勉強中 よっしー課長 似ている芸能人 ○倉涼子さん 施設医療事務課長 登山が趣味 o谷事務長 ○重豊さん 施設医療事務事務長 腰痛持ち 池さん 似ている芸能人 ○田あき子さん 居宅部門管理者 看護師 下山さん(ともさん) 似ている芸能人 ○地真央さん 医療事務 息子と娘はテニス選手 t助 似ている芸能人 ○ツオくん(アニメ) 施設医療事務事務長 o谷事務長異動後の事務長 ゆういちろう 似ている芸能人 ○鹿央士さん 弟の同級生 中学テニス部 高校陸上部 大学帰宅部 髪の赤い看護師 似ている芸能人 ○田來未さん 准看護師 ヤンキー 怖い

処理中です...