グレープフルーツムーン

青井さかな

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chapter 3

途切れた想い、繋ぐフレーズ(2)

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「何を?」 

「はたから見てたらこんなに明確なのにね、リナはキミが自分の事をどう思ってたかわからないって言って、悲しそうだったよ。まぁ別の男と婚約中なのに好きになっちゃったからってよく言うよって、当時は少しだけ思ったりもしたけど、立場とか、歳の差とかよりも、リナがどうしても後一歩踏み込めなかった大きな理由があったんだね、それ以上は、そりゃ私には言えないよね」

 浅野さんの事を思い出しているのか、オレの顔をまじまじと見ながら理香子さんが言う。
 いや、ちょっと待って、今、理香子さん、何て言った?

「好きになっちゃったって、それって」

「あ、言わない方が良かったかな、まぁいいか今更だよね。リナは杉浦くんの事好きだったよ、あの時」

 こんな型で知るなんて。
 傷付かないために知ろうとしなかった。だけど本当はずっと知りたかった、英理奈さんのオレに対する気持ち。

「この傘、わざと忘れて行ったんでしょ?二度も。ダメだって思いながらも忘れて行った傘見付けて、嬉しかったんだって、また会う口実作ってくれたって」

 あの日、傘をわざと忘れて行った意図はちゃんと伝わっていたんだ。
 それに、英理奈さんへの最後のメッセージでオレは傘を「捨てていいよ」と言った。
 なのに捨てずにずっと持っていてくれたのか。……だけど、

「そういえば、なんで理香子さんがこの傘を持ってるんですか?」

 理香子さんの表情が急に曇る。

「……前に、少しだけ話したよね、リナが居なくなったこと」

 そうだ。『ドアーズ』で話してくれたあの時の話、あのリナは英理奈さんの事で、つまり、居なくなったのは、英理奈さん……。

「キミのこの傘と、『リボルバー』のレコードを突然私のところに送り付けてきて、それから連絡が取れなくなって、今も何処に行ったのかわからない……」

 『リボルバー』オレが貰おうとして慌てて止めた英理奈さんを思い出す。 

「ついに『リボルバー』まで置いて行ったんですか、あれだけは英理奈さん何があっても手離さないと思ってたのに。でも、理香子さんに預けたって思ったらちょっと救いがあるな」

「そこまでリナの事理解してるならやっぱりあの時リナの事奪って欲しかったな、あんな事になる位なら、けどまぁ無理だよね」

「あんな事?」

「覚えてる?私が店でリナが居なくなった話した時、他になんて言ってたか」

「すみません、正直あんまり覚えてない」

「ならもう一度話してあげる。リナは杉浦くんとの関係が終わってから確かに結婚した。でもね、あの男、リナと結婚するずっと前から他に女が居たの。相手が既婚者だったから周りから怪しまれないようにするためにあえてリナと結婚したって。ふざけてるでしょ、意味がわからない。けどリナは、自分も似たような事したからおあいこだって、離婚で済むならそれで良いって」

 確かに約束をドタキャンしたり、自分から会いに来なかったり、あまり良い印象は無かった。そこに付け込もうとしていたオレがどうこう言える立場ではないけど、想像していた以上にろくでもない男だったんだな。
 そんな男のために英理奈さんは大切なレコード、全部手離したのか。

「……少し思い出しました。その後、お母さんとの関係が良くないから実家には帰ってないだろうって、確かに英理奈さんから亡くなったお父さんの話は聞いてたけど、生きてるはずのお母さんの話は聞いた事が無かった」

「私もあんまり聞いたことない。少しだけ知ってるのは、リナのお母さんはリナのお父さんが事故で亡くなってから少しずつおかしくなったらしい。だからリナは中学の頃から時々年誤魔化してバイトしてたって。大学は奨学金で、少しだけ親戚に援助はしてもらってたみたいだけど、生活費も家賃もほとんど全部自分でバイトしたお金でやりくりしてた」

 そんな苦労してたんだ。それは聞いた事が無かった。 

「リナがあんまり人に甘えたり本音とか我儘言わないの、我慢する癖が付いちゃってるんだよね、だからリナが杉浦くんとのこと隠さず言ってくれたの今思えば珍しかったし嬉しかったな、そう言うのいつも自分からは言ってくれないから。まぁでも終わってからだったけど」

 ――何でも言えばいい、我慢なんてする必要ないから。

 最後に会った夜、大事な事は何一つ伝えられなかったオレが唯一、英理奈さんに言えたオレの本当の気持ち。
 少しでも届いていたのかな。

 あの頃、英理奈さんの近くに理香子さんが居てくれて良かった。

「リナの気持ちを今更知ったからって全部無かった事には出来ないだろうし、何かが変わるわけでは無いだろうけど、リナは杉浦くんの事浅野さんの代わりにしたかったわけではないと思うの。そんな事出来る子じゃないのはキミより私の方が絶対良く解ってる。キミがどう囚われてしまっているのか、私には想像もつかないけど、そんな事リナも望んでないだろうし、リナが知ったら、きっと責任感じるだろうな」

 理香子さんの言葉にドキッとする。
 もう二度と会う事はないと思っていた英理奈さんが今は少しだけ近くに感じる。
 ライブで失敗する度、今更英理奈さんにどう思われようが、他人にどう見られていていようがもうどうでもいい事だろと自暴自棄になっていた。
 英理奈さんにも、理香子さんにだって、あんな自分は見られたくない。
 インディーズとはいえ、これからはどこに居たってオレの歌が届く可能性があるんだ。  

「……少しは気持ちに変化あったのかな」

「え?」

「そういう顔してる」

「……どう、ですかね、でも」 

 正直、わからない。
 これまで何度も大丈夫だと思ってステージに上がり、そして打ちのめされてきた。
 何をもって大丈夫かなんてわからない。そもそもそれがわかるならこんな事になっていないんだ。
 それでも、オレに出来る事は初めから一つしか無い。   
 だからオレは、

「……オレは、曲作って、歌う、それだけです。……これからも、ずっと……」




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