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chapter 3
歌い続ける理由は(3)
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「……あるよ」
「じゃあ次かけてください。あとビールおかわり」
空になったビールグラスを差し出してくる。先に新しいグラスにビールを注いであげて、別のお客さんからのリクエストだったディープ・パープルのレコードが終わるのを待って、トム・ウェイツの『クロージング・タイム』を再生する。
「このアルバムね、私がこの店で働くようになってから一度買い直してるの。リナが持ってたから貰おうと思ったんだけど、私がリナの部屋に行った時にはもう無かったな。今思い出した。……杉浦くんが持ってるんだっけ」
「……はい」
さすがに驚いた表情を浮かべている。
「あの時のリナ動揺してたなぁ、なんでよりにもよって『クロージング・タイム』なの、他にもレコードいっぱいあるのにって。……私がたまたまこのレコード欲しいって言わなくても、リナはキミとの事私に話してくれたかな」
あの時のリナの少し拗ねたような、あまり見たことのない表情がなんだかやけに子供っぽく思えて愛おしかった。
「いろんな偶然が、今に繋がってるんですね。このアルバム、英理奈さんがオレに初めて聴かせてくれたレコードなんです。……でも、ずっと一人では聴けなかった。オレが思い出すのは英理奈さんとの事だけど、英理奈さんが思い出すのはきっともっと昔の記憶なんだろうなって……。けど今の理香子さんの話聞いたら、オレの事もちゃんと記憶に刻まれてるのかなって、そう思えたらもう本当にいろいろ大丈夫な気がしてきました」
「そう、良かった。もしかして、トム・ウェイツも浅野さんとの思い出かもって思ってた?なら一つ誤解は解いておいてあげようかな。まぁ浅野さんもトム・ウェイツ好きだったけど、浅野さんよりどっちかって言うと、サークルにピアノで弾き語りしてた原田さんていう女の先輩がいて、トム・ウェイツを『理想の男』って言うくらい敬愛してて、リナはその原田さんの事が大好きだったから、それでリナもトム・ウェイツ好きになったの」
「そう、なんですか」
原田さんの話は全く聞いた事が無かったのか反応は薄かったが、あからさまにほっとした様子で嬉しそうだ。
お酒が好きなリナにとってトム・ウェイツの『クロージング・タイム』は昔からお気に入りの一枚で、大学生の頃リナの部屋で私も何度も一緒に聴いたし、たまに原田さんも一緒にリナの部屋に泊まって女だけの秘密の話もしていた。その時の会話をふいに思い出して思わず笑ってしまった。そんな私を不思議そうな顔で彼が見ている。
「あぁ、ごめん。ちょっと昔の事思い出して、その原田さんが『クロージング・タイム』かけて二人きりでお酒飲んで落とせなかった男はいないって言ってたなぁ、リナももちろん一緒に聞いてたから、覚えてたとしたらリナも最初からその気だったんじゃないかなって、ちょっと思っちゃった」
「それは、そうだとしたら見事に落とされましたね、オレ」
ちょっと複雑そうな顔で笑っている。
「ごめん、変な話暴露して、リナに対する印象変わっちゃった?」
こんな話彼にしたのリナにバレたら怒られそうだな。
「いや、もう今更何聞いても変わらないですよ、……動揺はしますけど、それなりに」
だとしたら、リナの秘めた想いを代わりに勝手に伝えて、ちょっと後ろめたい気持ちが強かったけど、本当に良かった。
その後、杉浦くんが聞きたがったのでもう少しだけ私とリナの昔の話をしてあげた。
サークルでリナがどんな曲を演っていたのか、リナは恥ずかしがって教えてくれなかったらしい。こっそり教えてあげたら彼はとても満足そうにしていた。
どんなに傷付いても、時間が経っても、こんな風に改めて自分を想っていてくれている人がまだいる事、どうにかしてリナに気付いて欲しい。
私にもまだ出来る事が、きっとあるはず……。
「明日も早いからそろそろ帰ります」
小一時間程話をして杉浦くんはかなりスッキリした様子だ。
「……理香子さん、あの」
「何?」
「……これ」
少し躊躇ってから彼はチケットを一枚私に差し出す。
「次の『HARVEST』でのライブのチケット。また土曜日だけど、渡しときます。来れそうならまた来てください」
「ありがとう。行けるかはわからないけど、貰っておくね」
「はい。じゃ、ご馳走様でした。……また来ます」
そう言って席を立ち『ドアーズ』を後にする杉浦くんを見送るため、私はこの店でのルールを自ら破りカウンターから出て扉を開ける。その様子をマスターの奥さんが少し驚いた様子で見ていた。
一礼してから背を向け去って行く彼の後ろ姿を見ながら、私は迷っていた。けど、今日を逃したからまたきっとしばらく彼がここへ来る事はないだろう。そんな気がする。
私は彼に会えたら渡そうと思って店に置いていたある物を手に取ると奥さんに一言告げて店を飛び出し、彼を追いかけた……。
「じゃあ次かけてください。あとビールおかわり」
空になったビールグラスを差し出してくる。先に新しいグラスにビールを注いであげて、別のお客さんからのリクエストだったディープ・パープルのレコードが終わるのを待って、トム・ウェイツの『クロージング・タイム』を再生する。
「このアルバムね、私がこの店で働くようになってから一度買い直してるの。リナが持ってたから貰おうと思ったんだけど、私がリナの部屋に行った時にはもう無かったな。今思い出した。……杉浦くんが持ってるんだっけ」
「……はい」
さすがに驚いた表情を浮かべている。
「あの時のリナ動揺してたなぁ、なんでよりにもよって『クロージング・タイム』なの、他にもレコードいっぱいあるのにって。……私がたまたまこのレコード欲しいって言わなくても、リナはキミとの事私に話してくれたかな」
あの時のリナの少し拗ねたような、あまり見たことのない表情がなんだかやけに子供っぽく思えて愛おしかった。
「いろんな偶然が、今に繋がってるんですね。このアルバム、英理奈さんがオレに初めて聴かせてくれたレコードなんです。……でも、ずっと一人では聴けなかった。オレが思い出すのは英理奈さんとの事だけど、英理奈さんが思い出すのはきっともっと昔の記憶なんだろうなって……。けど今の理香子さんの話聞いたら、オレの事もちゃんと記憶に刻まれてるのかなって、そう思えたらもう本当にいろいろ大丈夫な気がしてきました」
「そう、良かった。もしかして、トム・ウェイツも浅野さんとの思い出かもって思ってた?なら一つ誤解は解いておいてあげようかな。まぁ浅野さんもトム・ウェイツ好きだったけど、浅野さんよりどっちかって言うと、サークルにピアノで弾き語りしてた原田さんていう女の先輩がいて、トム・ウェイツを『理想の男』って言うくらい敬愛してて、リナはその原田さんの事が大好きだったから、それでリナもトム・ウェイツ好きになったの」
「そう、なんですか」
原田さんの話は全く聞いた事が無かったのか反応は薄かったが、あからさまにほっとした様子で嬉しそうだ。
お酒が好きなリナにとってトム・ウェイツの『クロージング・タイム』は昔からお気に入りの一枚で、大学生の頃リナの部屋で私も何度も一緒に聴いたし、たまに原田さんも一緒にリナの部屋に泊まって女だけの秘密の話もしていた。その時の会話をふいに思い出して思わず笑ってしまった。そんな私を不思議そうな顔で彼が見ている。
「あぁ、ごめん。ちょっと昔の事思い出して、その原田さんが『クロージング・タイム』かけて二人きりでお酒飲んで落とせなかった男はいないって言ってたなぁ、リナももちろん一緒に聞いてたから、覚えてたとしたらリナも最初からその気だったんじゃないかなって、ちょっと思っちゃった」
「それは、そうだとしたら見事に落とされましたね、オレ」
ちょっと複雑そうな顔で笑っている。
「ごめん、変な話暴露して、リナに対する印象変わっちゃった?」
こんな話彼にしたのリナにバレたら怒られそうだな。
「いや、もう今更何聞いても変わらないですよ、……動揺はしますけど、それなりに」
だとしたら、リナの秘めた想いを代わりに勝手に伝えて、ちょっと後ろめたい気持ちが強かったけど、本当に良かった。
その後、杉浦くんが聞きたがったのでもう少しだけ私とリナの昔の話をしてあげた。
サークルでリナがどんな曲を演っていたのか、リナは恥ずかしがって教えてくれなかったらしい。こっそり教えてあげたら彼はとても満足そうにしていた。
どんなに傷付いても、時間が経っても、こんな風に改めて自分を想っていてくれている人がまだいる事、どうにかしてリナに気付いて欲しい。
私にもまだ出来る事が、きっとあるはず……。
「明日も早いからそろそろ帰ります」
小一時間程話をして杉浦くんはかなりスッキリした様子だ。
「……理香子さん、あの」
「何?」
「……これ」
少し躊躇ってから彼はチケットを一枚私に差し出す。
「次の『HARVEST』でのライブのチケット。また土曜日だけど、渡しときます。来れそうならまた来てください」
「ありがとう。行けるかはわからないけど、貰っておくね」
「はい。じゃ、ご馳走様でした。……また来ます」
そう言って席を立ち『ドアーズ』を後にする杉浦くんを見送るため、私はこの店でのルールを自ら破りカウンターから出て扉を開ける。その様子をマスターの奥さんが少し驚いた様子で見ていた。
一礼してから背を向け去って行く彼の後ろ姿を見ながら、私は迷っていた。けど、今日を逃したからまたきっとしばらく彼がここへ来る事はないだろう。そんな気がする。
私は彼に会えたら渡そうと思って店に置いていたある物を手に取ると奥さんに一言告げて店を飛び出し、彼を追いかけた……。
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