俺様カメラマンは私を捉えて離さない

玖羽 望月

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「なっ……‼︎」

(ん、なの⁈ この男⁈)

 後半をよく口に出さずに耐えたと自分を褒めたい。落ち着かせるように深呼吸をして私は無理矢理笑顔を作る。

「では、今ここでお返事いただけるんですね? 準備して参りますので少々お待ちください」

 言うが早いか私は社長室を出て行く。その勢いのままツカツカと自席に戻ると、ドカッと椅子に座り机に両肘をついて項垂れた。

「……ったく! あの俺様男‼︎」

 小さな独り言のつもりが、隣の席には届いてしまったようだ。園田君が目を丸くしてこちらに振り返った。

「大丈夫ですか? 何かトラブル……とか?」
「あ、違うの。大丈夫よ」

 今年二五才になると聞いている園田君は自分とは十、歳が離れている。自分がこの事務所に入った年齢と同じだ。いつも明るく場を和ませてくれ人懐こいとてもいい子だ。

「お客さん、終わったんですか?」

 私がパソコンに向かいマウスを操作し始めたからかそう尋ねられる。

「客と言うか……。例のクライアント、だったの」
「例のって、あの? 尋常じゃないほど撮影依頼くる人?」
「……そう」

 この事務所の仕事。それは、主にカメラマンに対するスケジュール管理や仕事のマッチング。それに付随する細々としたサポートだ。
 私や園田君、本田さんはスケジュール管理部門、略してスケ管に所属している。電話やメールだけでクライアントと、そのクライアントに撮影を依頼したい相手との仲介を行うのだ。
 それに対して、依頼の多いクライアントには専属マネジメント部門の社員がつく。スケジュール管理に加え本人に代わり打ち合わせを行ったり、撮影に同行したり、することは多岐にわたる。事務所にはそれぞれ席は用意されているが、ほぼ姿を見ることはない外勤メインの仕事だ。
 他にもスタジオや機材の手配をしてくれる営業と呼んでいる社員。
 おおまかな構成はそんなところだった。

(専属が付くまでの我慢よ!)

 長門さんへの依頼の数からいって、活動再開する頃には専属マネージャーが付くはずなのだから。

 ほとんど使うことのない持ち出し用のタブレットと年季の入った自前の分厚いスケジュール帳を持つと私は社長室に向かう。その途中でポケットにいれたスマートフォンが短く震えた。

『ごめん! 銀行激混み。もう少し時間かかりそう。司は放置してて大丈夫だから』

 簡単に長門さんが来ていることを社長に送っておいた返事がこれだ。週末ってこともあるし、来週からはお盆休みに入る会社もあるだろう。混んでいるのも仕方ない。

『長門さんには今からスケジュール確認していただきますので急がなくても大丈夫です』

 素っ気ない返事を送り返すと、社長室のドアを叩いた。

「失礼します。お待たせいたしました」

 部屋に入ると、長門さんは立ち上がり壁を向いていた。そこには社長お気に入りの写真が収められたフレームが並んでいる。その写真には撮影者の名前はなく、ただ写真として飾ってあるのだ。
 私が入って来たのを気にすることなく長門さんは写真の一つを眺めていた。

「あいつ、まだこれ持ってたのかよ。捨てろっつったのに」

 テーブルに持ち物を置いた私の耳にそんな言葉が届く。

(長門さんの写真……?)

 まさか他人の撮った写真に対しそんな言葉は吐かないだろう。いったいどれ? と顔を上げそれを見た。

「え……。その写真、もしかして長門さんが撮られたんです……か?」
「もしかしなくてもそうだ。二十年も残しとくなんて物持ち良すぎだろ」

 そう言うと長門さんはこちらに戻り、不機嫌そうに顔を顰めたままソファに座った。

(二十年……って、大学時代ってこと?)

 社長は今年で四十歳になる。二人は大学の同じ写真サークルにいたと聞いている。まさかそんなに古いものだとは思ってもいなかった。そして、私が一番気に入っている、美しい風景と妖精のような少女が融合した写真の撮影者がこの人だったってことも。

(悔しいけど……やっぱりいい写真撮るのよね……)

 雑誌などに載る、長門さんの撮った数々の写真を見て胸を躍らせたことは黙っていよう。そっぽを向いたまま美しい顔を顰めているこの人を盗み見て、そんなことを思っていた。
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