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☆番外編4☆
とある日常の風景 1
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そのときの俺は、ぼんやりしていた自覚はあった。
撮影は終わり、被写体もとっくに帰り、スタッフたちが慌しく撤収作業をするなか、俺はカメラの手入れもそこそこに、ただボサっと座っていた。
「司さ~ん! 聞いてますかぁ?」
間抜けな声を出して俺の前で手を振る中川にハッとして顔を上げる。
「なんだよ?」
「いや、だから! もうそろそろ、そこ片付けたいんですけど?」
見れば、すでにセッティングしてあったモニタなどは影も形もなくなっている。
「どーしたんですか? そんなに今日の撮影、うまくいかなかったんっすか?」
機材を抱えたままニヤニヤしている中川を、俺は「あ?」と睨みつける。
「俺を誰だと思ってるんだ?」
立ち上がり中川を見下ろすと、「ひっ!」と大袈裟にあとずさっている。
「長門司様……です」
顔を引き攣らせて言う中川に、「その通りだ。なんか文句あるのか?」とわざとらしく答えた。
「いや、パワハラ……」
「なんか言ったか?」
なんて、中川を揶揄って遊んでいると後ろからコツコツと靴音が聞こえてきた。
「ご歓談中失礼します」
堅苦しい口調で俺たちに割って入ってきたのは、見た目も堅苦しく、きっちりとスーツを着たマネージャーの東藤だった。
「歓談はしてねぇ」
眉を顰めて言う俺を気にする様子もなく東藤は手のひらに余るサイズの手帳を広げた。
「今度の連休前に入っていた打ち合わせですが、クライアントの都合で日程変更したいと」
「いつだ?」
「連休明け、5月の10日……」
まで言ったところで、俺は「無理」と即答する。それに、そばで聞いていた中川が「返事早っ!」と反応していた。
「ですが、この日以降となると後のスケジュールに支障をきたします」
淡々とそう告げる東藤に、俺は頭を掻きながら溜息を吐く。
「その日は1年前から空けてあるんだ。だから今まで何も入れなかっただろ?」
「確かにそうですね。何かあるんですか?」
真面目な顔で東藤に尋ねられ、俺はより一層顔を顰める。
あんな理由、言えるわけねぇだろ……
どう答えようか考えあぐねていると、まだ餌を前にした犬のように目を輝かせている中川が唐突に声を上げた。
「その日、瑤子さんの誕生日ですよ! 確か! ですよね? 司さん!」
褒めてと言わんばかりの中川の姿に、深い深い溜息が漏れる。
「お前、マジで余計なことしか言わねぇな」
そう言われた中川の顔は、また引き攣っている。
「わかりました。では違う日で調整してみます」
東藤は東藤で、眉一つ動かさず淡々と言うとスケジュール帳を閉じていた。
なんで、よりによってこんな日に飲みに行かなきゃなんねぇんだよ……
悩みなど解決しないまま、連れてこられた居酒屋チェーン店。前々からスタッフに『たまには飲みにでも行くか』と言ってあったのだが、それが今日だった。
「いやぁ、全くもって、ボスには似合わない店ですねぇ」
6人掛けのテーブルの端で、ニヤニヤしながらチーフの長谷が言っている。店を決めたのはこいつだ。だから、絶対ワザとに決まっている。
「お前、ほんとに性格悪いな……」
長谷の向かいで呆れたように言うのは照明スタッフの平野。それに長谷は「そお?」なんて軽く受け流している。
「俺は高級レストラン期待してたのにぃ! 酷いっすよ、チーフ!」
甘そうな酎ハイを飲みながら長谷に訴える中川は「はいはい。お子ちゃまのお前にはまだ早い」なんて流されている。そんな中川は、ふと俺に向くと唐揚げを頬張りながら尋ねる。
「そういや司さん。最近溜息多いですけど、瑤子さんと喧嘩でもしたんっすか?」
こんなことを不躾に聞いてくるのは、睦月かコイツくらいだ。俺は「してねぇよ」と顔を顰めた。
「バカだな、中川。そんなんだったら今頃雷落ちまくってんぞ。特にお前に」
長谷はジョッキ片手に呆れ果てている。
「じゃあ、なんなんすか? 気になるんですけど」
知りたがりの子どもかよ、と思うくらい目を輝かせて尋ねる中川は、教えるまで引かないだろう。俺は仕方なく、口を開いた。
「なぁ、お前ら。今まで付き合ってたやつの誕生日ってどんなことしてた?」
その質問に、黙って飲んでいるだけだった東藤と平野さえも顔を上げ俺を見た。
「もしかして司さん。瑤子さんの誕生日にサプライズでもするっすか?」
身を乗り出して声を上げる中川に、「しねぇよ」と一言返す。
「俺は特別なことって、あんましたことないですねぇ。強いて言えばドライブ行って美味いもん食うくらいですかね」
長谷は記憶を辿るように答える。視線を平野に動かすと、平野は躊躇いながら答える。
「俺も特には……。飲みに行くくらいで……」
今度はそのまま中川をスルーして東藤を見ると、「なんで俺には聞いてくれないんっすか!」と吠えている。
「しかたねぇ、あとで聞いてやる」
中川を軽くいなして次とばかりに東藤に向くと、しばらく考えていた東藤が顔を上げた。
「私も、あまり記憶には。妻の誕生日にはケーキを買って帰るくらいです。いつも新作を頼まれます。……コンビニですが」
全員、なんの参考にもならず、俺は深く息を吐いた。
撮影は終わり、被写体もとっくに帰り、スタッフたちが慌しく撤収作業をするなか、俺はカメラの手入れもそこそこに、ただボサっと座っていた。
「司さ~ん! 聞いてますかぁ?」
間抜けな声を出して俺の前で手を振る中川にハッとして顔を上げる。
「なんだよ?」
「いや、だから! もうそろそろ、そこ片付けたいんですけど?」
見れば、すでにセッティングしてあったモニタなどは影も形もなくなっている。
「どーしたんですか? そんなに今日の撮影、うまくいかなかったんっすか?」
機材を抱えたままニヤニヤしている中川を、俺は「あ?」と睨みつける。
「俺を誰だと思ってるんだ?」
立ち上がり中川を見下ろすと、「ひっ!」と大袈裟にあとずさっている。
「長門司様……です」
顔を引き攣らせて言う中川に、「その通りだ。なんか文句あるのか?」とわざとらしく答えた。
「いや、パワハラ……」
「なんか言ったか?」
なんて、中川を揶揄って遊んでいると後ろからコツコツと靴音が聞こえてきた。
「ご歓談中失礼します」
堅苦しい口調で俺たちに割って入ってきたのは、見た目も堅苦しく、きっちりとスーツを着たマネージャーの東藤だった。
「歓談はしてねぇ」
眉を顰めて言う俺を気にする様子もなく東藤は手のひらに余るサイズの手帳を広げた。
「今度の連休前に入っていた打ち合わせですが、クライアントの都合で日程変更したいと」
「いつだ?」
「連休明け、5月の10日……」
まで言ったところで、俺は「無理」と即答する。それに、そばで聞いていた中川が「返事早っ!」と反応していた。
「ですが、この日以降となると後のスケジュールに支障をきたします」
淡々とそう告げる東藤に、俺は頭を掻きながら溜息を吐く。
「その日は1年前から空けてあるんだ。だから今まで何も入れなかっただろ?」
「確かにそうですね。何かあるんですか?」
真面目な顔で東藤に尋ねられ、俺はより一層顔を顰める。
あんな理由、言えるわけねぇだろ……
どう答えようか考えあぐねていると、まだ餌を前にした犬のように目を輝かせている中川が唐突に声を上げた。
「その日、瑤子さんの誕生日ですよ! 確か! ですよね? 司さん!」
褒めてと言わんばかりの中川の姿に、深い深い溜息が漏れる。
「お前、マジで余計なことしか言わねぇな」
そう言われた中川の顔は、また引き攣っている。
「わかりました。では違う日で調整してみます」
東藤は東藤で、眉一つ動かさず淡々と言うとスケジュール帳を閉じていた。
なんで、よりによってこんな日に飲みに行かなきゃなんねぇんだよ……
悩みなど解決しないまま、連れてこられた居酒屋チェーン店。前々からスタッフに『たまには飲みにでも行くか』と言ってあったのだが、それが今日だった。
「いやぁ、全くもって、ボスには似合わない店ですねぇ」
6人掛けのテーブルの端で、ニヤニヤしながらチーフの長谷が言っている。店を決めたのはこいつだ。だから、絶対ワザとに決まっている。
「お前、ほんとに性格悪いな……」
長谷の向かいで呆れたように言うのは照明スタッフの平野。それに長谷は「そお?」なんて軽く受け流している。
「俺は高級レストラン期待してたのにぃ! 酷いっすよ、チーフ!」
甘そうな酎ハイを飲みながら長谷に訴える中川は「はいはい。お子ちゃまのお前にはまだ早い」なんて流されている。そんな中川は、ふと俺に向くと唐揚げを頬張りながら尋ねる。
「そういや司さん。最近溜息多いですけど、瑤子さんと喧嘩でもしたんっすか?」
こんなことを不躾に聞いてくるのは、睦月かコイツくらいだ。俺は「してねぇよ」と顔を顰めた。
「バカだな、中川。そんなんだったら今頃雷落ちまくってんぞ。特にお前に」
長谷はジョッキ片手に呆れ果てている。
「じゃあ、なんなんすか? 気になるんですけど」
知りたがりの子どもかよ、と思うくらい目を輝かせて尋ねる中川は、教えるまで引かないだろう。俺は仕方なく、口を開いた。
「なぁ、お前ら。今まで付き合ってたやつの誕生日ってどんなことしてた?」
その質問に、黙って飲んでいるだけだった東藤と平野さえも顔を上げ俺を見た。
「もしかして司さん。瑤子さんの誕生日にサプライズでもするっすか?」
身を乗り出して声を上げる中川に、「しねぇよ」と一言返す。
「俺は特別なことって、あんましたことないですねぇ。強いて言えばドライブ行って美味いもん食うくらいですかね」
長谷は記憶を辿るように答える。視線を平野に動かすと、平野は躊躇いながら答える。
「俺も特には……。飲みに行くくらいで……」
今度はそのまま中川をスルーして東藤を見ると、「なんで俺には聞いてくれないんっすか!」と吠えている。
「しかたねぇ、あとで聞いてやる」
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