25 / 76
5
2
しばらくしてから、一矢は力を抜いたかと思うと、ポスンと私の膝に頭を置く。
「悪りぃ。むちゃくちゃ眠い。ちょっと寝かせて」
言うが早いか、もう一矢は目を閉じている。私はその頭をそっと撫でた。一矢はフッと一度表情を緩めると、すぐに寝息を立てていた。
『──澪、聞いてるのか?』
電話の向こうから創の呆れたような声が聞こえ、ハッとする。
「ごめん。なんだっけ?」
『一矢は朝まで起きないだろうから、そのまま寝かせてやってくれ』
「わかった。明日の朝はご飯食べにくるでしょ?」
私は創に一応尋ねてみる。創が家にいるなら、ご飯を食べにくるのは当たり前のことだ。そう言う約束だから。
退院し家に帰った私は、部屋すらほぼ出ようとしなかった。それに、あんなに好きな料理すらしなくなった。
最初は家族も、足が痛むからだろうと思っていたみたいだ。でも、リハビリも始まり、立つことに問題がなくなっても、私は変わらなかった。
なんの目標もなく、ただぼんやりと過ごしていた私を連れ出したのは、創だった。
その日も、出張のたびに毎回律儀に買ってくるお土産を持参してうちに現れた創は、私の様子を覗きにやって来た。
創はソファに座って虚な表情を浮かべていた私を見て小さく溜息を吐いた。そんな創に、私は自分の隣の空いた場所をトントンと叩いて座るよう促す。そして、無言でそこに座った創の首に、私は黙って抱きついた。
小さい頃からの私の癖。嫌なことも楽しいことも、こうやって抱きついては一方的に話を聞いてもらっていた。
もちろん男女のそんな姿は、外野から見れば誤解されるだろう。でも、私たちの間にはそんな感情はない。従兄弟同士で、結婚しようと思えばできる間柄。でも私にとっては弟……というより、小学生の頃に死んでしまった飼い犬の代わりだった。
いつものように、私にされるがままに抱きつかれた創はピクリとも動かない。励ますように背中を撫でるなんてこともない。ただじっとしているところが本当に犬のようだ。
ただし、今日は少し違った。
しばらくすると私を引き剥がし、創は私を見据える。
「澪。一緒に住まないか? 俺に食事を作って欲しい」
「何それ? プロポーズ?」
そうじゃないことなどわかっているから笑いながら返す。
「そんなつもりはないが?」
「同じ家は嫌よ。せめて同じマンションなら考えるけど」
このとき私は、それをあまり本気として捉えていなかった。そして、やり手営業マンの実力をすっかり侮っていた。
創はあっさり自分の住むマンションに空きを見つけ、ちゃっかりうちの両親を丸め込むと、さっさと引っ越しの日取りを決めてしまった。あれよあれよと言う間にここに越してきたのは、3週間ほど前のことだった。
そのときに約束したのは、創が家にいるときは私がご飯を作ること。そのかわり、創は買い出しを手伝うこと。もちろん創は、何も言わなくても材料費にプラスして渡してくれていた。そのあたりは律儀だ。
そんな暮らしは、気がつけばいい気分転換になっていた。
私は、世話を任された飼い主のごとく、創にちゃんとしたものを食べさせようと張り切った。アレンジレシピに挑戦したり、ちょっと手間のかかるものに挑戦したり。ようやく楽しい、と思えるようになってきたのだった。
『──用意できたら連絡してくれ。一矢もきっと食べるだろう。ちなみに、俺と同じで朝は和食派だ』
創は、すでにどっちなのか悩み始めていたのがみえているかのように私に告げる。
「わかった。じゃ、おやすみ」
『あぁ』
短い挨拶を済ますと電話を切る。一矢は話し声など気にならないのか、まだ私の膝枕で熟睡していた。
寝顔、可愛い……
創より、一矢のほうが昔飼っていた犬に似てるかも、なんて思いながらそっと髪に触れる。
それにしても、『久しぶりに友人を家に呼ぶんだ。何かつまみになるものを作ってもらえると助かる』と言われたその友人が、一矢だったなんて、今でも信じられない。でも、もっと信じられないのは、告白されたことだった。
長年の片想いって、いったいいつからなんだろ?
安心したように眠る横顔を眺めながら思う。
私たちが出会ったのは、去年の4月。まだ1年ちょっと前のこと。まさか、一目惚れでした、なんてことはないと思うけど、気にはなる。
ま、いっか。ゆっくり聞こう……
私は、そっと一矢の頭を膝から下ろす。一瞬顔を顰めただけで起きる気配はなさそうだ。
部屋に戻り毛布を持ってくると、一矢の体に掛けた。リビングの灯りは消していて、キッチンの灯りがほんのり照らしている。
私はソファの横の床に座り込むと、一矢の寝顔を眺めていた。
見てるだけで心の中が温かくなって、こんなにもドキドキしてしまうんだ。こんな年になって初めて経験する気持ち。まだ、どうしていいのかわからないし、どうなっていくのかわからない。
それでもわかっていることは一つある。
「……好き、だよ」
呪文を唱えるように、小さく小さくそう言うと、私はその頰に、唇でそっと触れた。
「悪りぃ。むちゃくちゃ眠い。ちょっと寝かせて」
言うが早いか、もう一矢は目を閉じている。私はその頭をそっと撫でた。一矢はフッと一度表情を緩めると、すぐに寝息を立てていた。
『──澪、聞いてるのか?』
電話の向こうから創の呆れたような声が聞こえ、ハッとする。
「ごめん。なんだっけ?」
『一矢は朝まで起きないだろうから、そのまま寝かせてやってくれ』
「わかった。明日の朝はご飯食べにくるでしょ?」
私は創に一応尋ねてみる。創が家にいるなら、ご飯を食べにくるのは当たり前のことだ。そう言う約束だから。
退院し家に帰った私は、部屋すらほぼ出ようとしなかった。それに、あんなに好きな料理すらしなくなった。
最初は家族も、足が痛むからだろうと思っていたみたいだ。でも、リハビリも始まり、立つことに問題がなくなっても、私は変わらなかった。
なんの目標もなく、ただぼんやりと過ごしていた私を連れ出したのは、創だった。
その日も、出張のたびに毎回律儀に買ってくるお土産を持参してうちに現れた創は、私の様子を覗きにやって来た。
創はソファに座って虚な表情を浮かべていた私を見て小さく溜息を吐いた。そんな創に、私は自分の隣の空いた場所をトントンと叩いて座るよう促す。そして、無言でそこに座った創の首に、私は黙って抱きついた。
小さい頃からの私の癖。嫌なことも楽しいことも、こうやって抱きついては一方的に話を聞いてもらっていた。
もちろん男女のそんな姿は、外野から見れば誤解されるだろう。でも、私たちの間にはそんな感情はない。従兄弟同士で、結婚しようと思えばできる間柄。でも私にとっては弟……というより、小学生の頃に死んでしまった飼い犬の代わりだった。
いつものように、私にされるがままに抱きつかれた創はピクリとも動かない。励ますように背中を撫でるなんてこともない。ただじっとしているところが本当に犬のようだ。
ただし、今日は少し違った。
しばらくすると私を引き剥がし、創は私を見据える。
「澪。一緒に住まないか? 俺に食事を作って欲しい」
「何それ? プロポーズ?」
そうじゃないことなどわかっているから笑いながら返す。
「そんなつもりはないが?」
「同じ家は嫌よ。せめて同じマンションなら考えるけど」
このとき私は、それをあまり本気として捉えていなかった。そして、やり手営業マンの実力をすっかり侮っていた。
創はあっさり自分の住むマンションに空きを見つけ、ちゃっかりうちの両親を丸め込むと、さっさと引っ越しの日取りを決めてしまった。あれよあれよと言う間にここに越してきたのは、3週間ほど前のことだった。
そのときに約束したのは、創が家にいるときは私がご飯を作ること。そのかわり、創は買い出しを手伝うこと。もちろん創は、何も言わなくても材料費にプラスして渡してくれていた。そのあたりは律儀だ。
そんな暮らしは、気がつけばいい気分転換になっていた。
私は、世話を任された飼い主のごとく、創にちゃんとしたものを食べさせようと張り切った。アレンジレシピに挑戦したり、ちょっと手間のかかるものに挑戦したり。ようやく楽しい、と思えるようになってきたのだった。
『──用意できたら連絡してくれ。一矢もきっと食べるだろう。ちなみに、俺と同じで朝は和食派だ』
創は、すでにどっちなのか悩み始めていたのがみえているかのように私に告げる。
「わかった。じゃ、おやすみ」
『あぁ』
短い挨拶を済ますと電話を切る。一矢は話し声など気にならないのか、まだ私の膝枕で熟睡していた。
寝顔、可愛い……
創より、一矢のほうが昔飼っていた犬に似てるかも、なんて思いながらそっと髪に触れる。
それにしても、『久しぶりに友人を家に呼ぶんだ。何かつまみになるものを作ってもらえると助かる』と言われたその友人が、一矢だったなんて、今でも信じられない。でも、もっと信じられないのは、告白されたことだった。
長年の片想いって、いったいいつからなんだろ?
安心したように眠る横顔を眺めながら思う。
私たちが出会ったのは、去年の4月。まだ1年ちょっと前のこと。まさか、一目惚れでした、なんてことはないと思うけど、気にはなる。
ま、いっか。ゆっくり聞こう……
私は、そっと一矢の頭を膝から下ろす。一瞬顔を顰めただけで起きる気配はなさそうだ。
部屋に戻り毛布を持ってくると、一矢の体に掛けた。リビングの灯りは消していて、キッチンの灯りがほんのり照らしている。
私はソファの横の床に座り込むと、一矢の寝顔を眺めていた。
見てるだけで心の中が温かくなって、こんなにもドキドキしてしまうんだ。こんな年になって初めて経験する気持ち。まだ、どうしていいのかわからないし、どうなっていくのかわからない。
それでもわかっていることは一つある。
「……好き、だよ」
呪文を唱えるように、小さく小さくそう言うと、私はその頰に、唇でそっと触れた。
あなたにおすすめの小説
毎週金曜日、午後9時にホテルで
狭山雪菜
恋愛
柳瀬史恵は、輸入雑貨の通販会社の経理事務をしている28歳の女だ。
同期入社の内藤秋人は営業部のエースで、よく経費について喧嘩をしていた。そんな二人は犬猿の仲として社内でも有名だったけど、毎週金曜日になると二人の間には…?
不定期更新です。
こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
4番目の許婚候補
富樫 聖夜
恋愛
愛美は家出をした従姉妹の舞の代わりに結婚することになるかも、と突然告げられた。どうも昔からの約束で従姉妹の中から誰かが嫁に行かないといけないらしい。順番からいえば4番目の許婚候補なので、よもや自分に回ってくることはないと安堵した愛美だったが、偶然にも就職先は例の許婚がいる会社。所属部署も同じになってしまい、何だかいろいろバレないようにヒヤヒヤする日々を送るハメになる。おまけに関わらないように距離を置いて接していたのに例の許婚――佐伯彰人――がどういうわけか愛美に大接近。4番目の許婚候補だってバレた!? それとも――? ラブコメです。――――アルファポリス様より書籍化されました。本編削除済みです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
【完結】曖昧な距離で愛している
山田森湖
恋愛
結婚4年目のアラサー夫婦、拓海と美咲。仲は悪くないが、ときめきは薄れ、日常は「作業」になっていた。夫には可愛い後輩が現れ、妻は昔の恋人と再会する。揺れる心、すれ違う想い。「恋人に戻りたい」――そう願った二人が辿り着いた答えは、意外なものだった。曖昧で、程よい距離。それが、私たちの愛の形。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
✽全28話完結
✽辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
✽他誌にも掲載中です。
✽2026.4/11 エブリスタ用に使用している表紙に変更しました。
→表紙はイラストをGrok タイトルをChatGPTでAI生成しています。
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
【25th Anniversary CUP】にて、最終ランキング3位に入りました。投票してくださった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございました!
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──