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明日から7月に入るという初夏の朝。
カーテンの隙間から覗く外の明るさに、何時だろう? とスマホを探り画面を見るとまだ6時過ぎだった。
一矢、起きてるかな? 朝ご飯、早めに作ったおいたほうがいい?
そんなことを考えながら起き上がる。
いつもよりスッキリと目が覚めたのは、ずっと心の奥底にあった澱が取り除かれたからなのだろうか。
早いと思いつつも着替えて部屋を出る。先に顔を洗い、メイクはどうしよう? と悩む。今まで散々すっぴんは見られてきたし、昨日だってそうだ。今更取り繕って、朝からなに気合い入れてるんだと思われるのも、と結局すっぴんのままリビングへ向かった。
「起きてたんだ」
リビングの扉をそっと開けると、一矢は起き上がりソファに座っていた。両腕を膝で支え、項垂れたように下を向いている。私から見えるその髪の毛はところどころツンツンと跳ねていた。
「……つい、さっきな」
近づいた私を見上げるその顔は、言葉のまま寝起きらしくまだぼんやりとした表情だ。
「コーヒーでも飲む? 淹れるわよ?」
見たことのない姿に、頰が緩んでしまいそうだ。私は必死で平静を装った。
「ん……。その前に」
ぼうっとした表情のまま一矢は言うと、私の手を引き隣に座らせる。
「どう、したの?」
なんだろう? と思っているうちに、一矢はガバッと私に抱きついた。
「まだ現実感なかった。起きたら全部夢だったのかと思って」
「……そんなに飲んでた? 実は忘れてる……なんてないよね?」
「ちゃんと記憶にある。言うほど昨日も飲んでねぇし」
現実だと確かめるようにその腕に力を込めながら、聞こえてくるのは決まり悪そうな声。
「なら、よかったけど……」
何か不安に思うことでもあったの? と思いながら、私はその背中を宥めるようにゆっくり撫でる。しばらく、私にされるがままにされていたかと思うと、一矢は突然体を起こした。
「じゃあさ、これも現実?」
突然真面目な顔で尋ねたかと思うと、一矢はゆっくり私の顔に近づく。
「えっ! 何?」
一矢は驚く私の頰に、唇を軽く押し付ける。昨日の夜、こっそり私がしたを。
「おっ、起きてたの⁈」
思わず仰反るように体を離すと、一矢はようやく本領発揮とばかりに不敵な笑顔を浮かべた。
「そんな態度ってことは、本当にあったんだな。あれだけは夢か妄想だと思ってた」
「起きてたなら言ってよ!」
「だから、起きてねぇよ。ちょっと目が覚めただけ」
揶揄うように笑いながら一矢は続ける。
「すっげー可愛かった!」
なんてことを。
不思議な光景だ……
私はそんなことを思いながらご飯を口に運んでいた。
目の前には、並んで朝食を食べている一矢と創の姿。いつものように黙々と箸をすすめる創に対して、一矢はどれを食べても「美味い美味い」とニコニコしながら食べていた。
急遽3人分になったから、あるものでとそんな大したものは作っていない。
ご飯、玉ねぎと油揚げのお味噌汁、鯖の塩焼き、胡瓜とわかめの酢の物にだし巻き卵。それを作るあいだ、一矢は一緒にキッチンに立って洗い物などをしてくれていた。こちらから何も言わなくても、お皿を出してくれたり運んでくれたりする姿は、大家族の長男だなぁとしみじみと感じさせた。
「澪。今日なんだが、実家に帰ることになったから、付き合えない」
ご飯を食べ終わると、創は言う。
「え、私も行くよ。そのついでに買い物して帰れば……」
今日は日曜日。しばらく創は家でご飯を食べることが増えそうだって聞いていたから、食材をたくさん買いに行こうと思っていた。もちろん荷物持ちに創を連れて。
「悪い。遅くなりそうだ。俺の代わりはいるだろう。そこに」
そう言って創は隣を見る。それに答えるように笑顔を作ると、「任せとけ」と一矢は言う。
「えっ、だって!」
昨日の私たちのことを創は知らない……はずだ。でも、なんとなく察しているような気がする。創は、全然人に興味ありません、みたいな顔して、実は人のことをよく見ているから。
「一矢。車は俺のところに停めていいぞ。夜までは帰らない。澪の買い物に付き合ってやってくれ」
「了解。遠慮なく借りる」
「じゃあ悪いが、もう出る」
素っ気なくそう言うと、創は席を立つ。それから、ふと思い出したように付け加えた。
「今週、一矢はずっと休みなんだそうだ。食材は多めに買って置いたほうがいいぞ」
意味がわからず考えているあいだに、創はさっさと出て行ってしまった。
「ずっと……休みって……?」
私の知る限り、一矢が平日に休みを取った、なんて話は聞いたことがない。お盆や年末年始はそれなりに休みがあって、そこでなんとか有給休暇を取ってるとは聞いたことがあるが、まだ、そんな時期ではない。
「ま、色々あってだな。今週中は休暇。時間は山ほどあるから、買い物でもなんでも付き合うぞ? とりあえず、今日は初デート、だな?」
一矢はとにかく嬉しそうにそんなことを言って私に笑いかける。
私はと言うと、「初……デート?」とその言葉を反芻していた。
カーテンの隙間から覗く外の明るさに、何時だろう? とスマホを探り画面を見るとまだ6時過ぎだった。
一矢、起きてるかな? 朝ご飯、早めに作ったおいたほうがいい?
そんなことを考えながら起き上がる。
いつもよりスッキリと目が覚めたのは、ずっと心の奥底にあった澱が取り除かれたからなのだろうか。
早いと思いつつも着替えて部屋を出る。先に顔を洗い、メイクはどうしよう? と悩む。今まで散々すっぴんは見られてきたし、昨日だってそうだ。今更取り繕って、朝からなに気合い入れてるんだと思われるのも、と結局すっぴんのままリビングへ向かった。
「起きてたんだ」
リビングの扉をそっと開けると、一矢は起き上がりソファに座っていた。両腕を膝で支え、項垂れたように下を向いている。私から見えるその髪の毛はところどころツンツンと跳ねていた。
「……つい、さっきな」
近づいた私を見上げるその顔は、言葉のまま寝起きらしくまだぼんやりとした表情だ。
「コーヒーでも飲む? 淹れるわよ?」
見たことのない姿に、頰が緩んでしまいそうだ。私は必死で平静を装った。
「ん……。その前に」
ぼうっとした表情のまま一矢は言うと、私の手を引き隣に座らせる。
「どう、したの?」
なんだろう? と思っているうちに、一矢はガバッと私に抱きついた。
「まだ現実感なかった。起きたら全部夢だったのかと思って」
「……そんなに飲んでた? 実は忘れてる……なんてないよね?」
「ちゃんと記憶にある。言うほど昨日も飲んでねぇし」
現実だと確かめるようにその腕に力を込めながら、聞こえてくるのは決まり悪そうな声。
「なら、よかったけど……」
何か不安に思うことでもあったの? と思いながら、私はその背中を宥めるようにゆっくり撫でる。しばらく、私にされるがままにされていたかと思うと、一矢は突然体を起こした。
「じゃあさ、これも現実?」
突然真面目な顔で尋ねたかと思うと、一矢はゆっくり私の顔に近づく。
「えっ! 何?」
一矢は驚く私の頰に、唇を軽く押し付ける。昨日の夜、こっそり私がしたを。
「おっ、起きてたの⁈」
思わず仰反るように体を離すと、一矢はようやく本領発揮とばかりに不敵な笑顔を浮かべた。
「そんな態度ってことは、本当にあったんだな。あれだけは夢か妄想だと思ってた」
「起きてたなら言ってよ!」
「だから、起きてねぇよ。ちょっと目が覚めただけ」
揶揄うように笑いながら一矢は続ける。
「すっげー可愛かった!」
なんてことを。
不思議な光景だ……
私はそんなことを思いながらご飯を口に運んでいた。
目の前には、並んで朝食を食べている一矢と創の姿。いつものように黙々と箸をすすめる創に対して、一矢はどれを食べても「美味い美味い」とニコニコしながら食べていた。
急遽3人分になったから、あるものでとそんな大したものは作っていない。
ご飯、玉ねぎと油揚げのお味噌汁、鯖の塩焼き、胡瓜とわかめの酢の物にだし巻き卵。それを作るあいだ、一矢は一緒にキッチンに立って洗い物などをしてくれていた。こちらから何も言わなくても、お皿を出してくれたり運んでくれたりする姿は、大家族の長男だなぁとしみじみと感じさせた。
「澪。今日なんだが、実家に帰ることになったから、付き合えない」
ご飯を食べ終わると、創は言う。
「え、私も行くよ。そのついでに買い物して帰れば……」
今日は日曜日。しばらく創は家でご飯を食べることが増えそうだって聞いていたから、食材をたくさん買いに行こうと思っていた。もちろん荷物持ちに創を連れて。
「悪い。遅くなりそうだ。俺の代わりはいるだろう。そこに」
そう言って創は隣を見る。それに答えるように笑顔を作ると、「任せとけ」と一矢は言う。
「えっ、だって!」
昨日の私たちのことを創は知らない……はずだ。でも、なんとなく察しているような気がする。創は、全然人に興味ありません、みたいな顔して、実は人のことをよく見ているから。
「一矢。車は俺のところに停めていいぞ。夜までは帰らない。澪の買い物に付き合ってやってくれ」
「了解。遠慮なく借りる」
「じゃあ悪いが、もう出る」
素っ気なくそう言うと、創は席を立つ。それから、ふと思い出したように付け加えた。
「今週、一矢はずっと休みなんだそうだ。食材は多めに買って置いたほうがいいぞ」
意味がわからず考えているあいだに、創はさっさと出て行ってしまった。
「ずっと……休みって……?」
私の知る限り、一矢が平日に休みを取った、なんて話は聞いたことがない。お盆や年末年始はそれなりに休みがあって、そこでなんとか有給休暇を取ってるとは聞いたことがあるが、まだ、そんな時期ではない。
「ま、色々あってだな。今週中は休暇。時間は山ほどあるから、買い物でもなんでも付き合うぞ? とりあえず、今日は初デート、だな?」
一矢はとにかく嬉しそうにそんなことを言って私に笑いかける。
私はと言うと、「初……デート?」とその言葉を反芻していた。
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