恋をするのに理由はいらない

玖羽 望月

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 澪と出会って、7年が経とうとしている真夏がやってきた。の熱狂を思い出すような暑い太陽は沈んでも、まだまだ気温は下がりそうにない夜が続いている8月。

 澪と付き合いだし早くも1ヶ月半になる。ようやく明日から夏休み。あれもこれも仕事を終わらせておこうと欲をかき、今日も盛大に残業してしまった。

「遅くなっちまったな」

 マンションのエントランスで腕時計を確認すると22時を回っている。部屋の前に着きインターフォンを鳴らすと、しばらくして扉が開いた。

「いらっしゃい」

 風呂上がりなのか、Tシャツにハーフパンツ姿で、肩にタオルを引っ掛けたまま澪は笑顔で言った。

「そこはおかえりって言ってほしいんだけどな」

 俺も笑顔を返しながら言うと、照れ臭そうに頬を染め、「おかえり……」と小さく口にした。

「ん。ただいま」

 こんなやりとりをしているが、ここに来るのは日曜の夜以来で、平日は来れていない。けれど、週末には泊まっていくようにはなった。

 だからと言って、深い関係になったかと言うとそうではない。残念ながら、同じベッドで寝るだけの清い関係。自分でも驚くが、まだキス止まりだ。なんせ、付き合い始めて1週間目に初めてしたキスに、澪はガチガチに緊張していたから。

 高校生相手にしてるみたいだよな

 そう思いながらも、俺はそれなりに今の関係を楽しんでいた。

「ご飯はまだ食べてないのよね? 先にシャワー浴びてきたら?」

 俺の前を進みながら澪は言う。さすがに駅からここまで歩いて来て汗だくだ。
 それにしても、自分の家の風呂を異性に使わせるということがどんなことなのか、未だに澪にはわかっていないらしい。一番最初に言われたときは思わず「いいのか?」と尋ねた俺にキョトンとした顔で「いいわよ。シャワー浴びるくらい」と返ってきて、『これはわかってねぇなぁ』と肩を落としたのだ。

 俺はさっさとシャワーを浴びると家から持ってきたTシャツとハーフパンツに着替える。ダイニングに向かうと、合わせたように食事が用意してあった。

「すっげぇ。今日も美味そう」
「おかずだけでいいよね。スープ入れてくるから座ってて」
「俺入れてくる。お前は飯食ったんだよな?」
「さすがにこの時間まで待てないもの」
「俺に合わせなくていいからな?」

 そんな会話を繰り広げながらキッチンに入る。クッキングヒーターの上には、一緒に買いに行った鍋が乗っている。
 買ったその日、『こんな高いもの貰えない』と難色を示す澪に俺は言った。

「これでうまいもん作ってくれるなら、それでお釣りが来る。それに、鍋見るたび俺を思い出すだろ?」

 そう言うと、澪は渋々受け取ってくれたのだ。

 かなり遅めの夕食を取りながら、俺は澪の話を聞く。だいたいいつもそうだ。
 澪は普段誰にも会うことがなく、話し相手もいないのだろう。俺が行くとそれまでにあったことを嬉しそうに話してくれる。
 最近は軽いジョギングを始めたらしく、気になる店を見つけたとか、散歩している犬が可愛かったとか、そんな話だ。楽しそうにしている顔を見て、俺は安心した。けれど、その気持ちが、もっと外に向かないのを心配していた。

「なあ。何かしたいこと、ないのか?」

 まだ焦る必要はない。そう思いつつも、俺にしてやれることはないだろうかと考えてしまう。そんなことを思うのは烏滸がましいのかも知れないが。

「したいこと……?」

 澪は首をかしげている。

「そう。なんでもいい。習い事でも、どっか行ってみたい、でも」

 俺が尋ねると、澪はしばらく考えているようだった。俺はそれを気にしないふりをして目の前の飯を食べすすめた。

「浮かば……ないなぁ。自分が何をしたいのか、何ができるのかも、全然」

 そう言ってテーブルに視線を落とし、澪は少し悲しげな表情を見せた。

「……そうか。何か浮かんだら教えてくれ。力になりたいし」

 まだ引退して数ヶ月で、足の怪我も回復したばかりだ。浮かばないことのほうが当たり前なのだろう。

 澪は顔を上げると「ありがとう」と力なく微笑んだ。
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