恋をするのに理由はいらない

玖羽 望月

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「あのさ。本当にそれでいいと思ってる?」

 硬い表情で顔を上げた沙希さんに、一矢は続けた。

「いつか時間が経てば忘れてもらえるとでも? そんなわけないだろ。俺だったら無理だね。自分の好きな女が、自分のこと好きだったって知ったうえで、諦めなんかつかねぇよ」

 あえてキツイ言葉を投げかける一矢に、沙希さんは悲しげな表情を見せた。
 彼女はきっと、自分の思う相手がトレーナーだと誤解されていたほうがよかったのだ。そのまま、戸田さんの前から姿を消したかった。そんな感じがした。

「どうすりゃいいかなんて、俺にはわからねぇ。けど、俺だったらトコトン足掻くね。だろ? 戸田常務?」

 一矢が同意を求めるように戸田さんに向くと、それに大きく頷いている。

「沙希。僕は君のためなら仕事なんてどうでもいい。けれど、それは君が求めている答えじゃないだろう? だから、一緒に……見つけよう。この先も2人でいられる道を」

 柔らかな笑みを浮かべて言うと戸田さんは立ち上がり、沙希さんに手を差し出した。

「行こう」
「……どちら……に?」

 沙希さんは座ったまま、呆気に取られたように戸田さんを仰ぐ。

「もちろん君のご実家に。まずは話し合わないと始まらないだろう?」

 トレーナーはその様子を見て、フフッと声を漏らした。

「観念したらどうだい? 匡樹は口に出したことは必ずやり遂げる。そういう男なのはよく知ってるだろう?」

「……はい。もちろんです」
 
 沙希さんは、晴れやかに頷いた。

 今から飛行機に乗って沙希さんのご実家に向かうと言う2人を見送りに、私たちもロビーまで出た。

 何度も謝る2人に、一矢は「また改めておごってくれたらそれでチャラにしますよ?」と軽口を叩いている。

「僕と飲みに行くのは嫌がってたのに、匡樹はいいんだ」

 なんて言うトレーナーに、「兄より弟のほうが気が合いそうなんで」とシレッと一矢は返していた。でも、一矢はトレーナーのことを嫌っているわけではない。
 戸田さんたちが去ったあと、急に真面目な顔付きになると、一矢はトレーナーに向かって深々とお辞儀をした。

「今日は色々とありがとうございました。それから、俺の背中を押してくれたことも」
「こちらこそ。匡樹の背中を押してくれてありがとう。次は朝木君の番だね。と言っても、こっちのほうが近いから、順番で言えば先かな?」

 トレーナーはそう言って意味深に笑っている。私が不思議そうに2人を眺めていると、一矢は神妙な顔のまま私に向いた。

「澪。どう転ぶかわからなかったから言えなかったけど、今から俺が行くとこに付き合ってくれねぇか?」
「え、あ、……うん」

 なにごとかと構えた私は、歯切れの悪い返事をした。そんな私を見て、トレーナーは笑い出した。

「澪は、本当に朝木君の前では表情豊かだよね」
「そ……っ、そうですか?」

 自分では普通にしていたつもりだけど、改めて言われると気恥ずかしい。それにしても、付き合ってから会うのは初めてなのに……。

「そうだよ? かなり前からね?」

 トレーナーは楽しそうにそう言っていた。
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