恋をするのに理由はいらない

玖羽 望月

文字の大きさ
47 / 76
9

5

しおりを挟む
「あのさ。本当にそれでいいと思ってる?」

 硬い表情で顔を上げた沙希さんに、一矢は続けた。

「いつか時間が経てば忘れてもらえるとでも? そんなわけないだろ。俺だったら無理だね。自分の好きな女が、自分のこと好きだったって知ったうえで、諦めなんかつかねぇよ」

 あえてキツイ言葉を投げかける一矢に、沙希さんは悲しげな表情を見せた。
 彼女はきっと、自分の思う相手がトレーナーだと誤解されていたほうがよかったのだ。そのまま、戸田さんの前から姿を消したかった。そんな感じがした。

「どうすりゃいいかなんて、俺にはわからねぇ。けど、俺だったらトコトン足掻くね。だろ? 戸田常務?」

 一矢が同意を求めるように戸田さんに向くと、それに大きく頷いている。

「沙希。僕は君のためなら仕事なんてどうでもいい。けれど、それは君が求めている答えじゃないだろう? だから、一緒に……見つけよう。この先も2人でいられる道を」

 柔らかな笑みを浮かべて言うと戸田さんは立ち上がり、沙希さんに手を差し出した。

「行こう」
「……どちら……に?」

 沙希さんは座ったまま、呆気に取られたように戸田さんを仰ぐ。

「もちろん君のご実家に。まずは話し合わないと始まらないだろう?」

 トレーナーはその様子を見て、フフッと声を漏らした。

「観念したらどうだい? 匡樹は口に出したことは必ずやり遂げる。そういう男なのはよく知ってるだろう?」

「……はい。もちろんです」
 
 沙希さんは、晴れやかに頷いた。

 今から飛行機に乗って沙希さんのご実家に向かうと言う2人を見送りに、私たちもロビーまで出た。

 何度も謝る2人に、一矢は「また改めておごってくれたらそれでチャラにしますよ?」と軽口を叩いている。

「僕と飲みに行くのは嫌がってたのに、匡樹はいいんだ」

 なんて言うトレーナーに、「兄より弟のほうが気が合いそうなんで」とシレッと一矢は返していた。でも、一矢はトレーナーのことを嫌っているわけではない。
 戸田さんたちが去ったあと、急に真面目な顔付きになると、一矢はトレーナーに向かって深々とお辞儀をした。

「今日は色々とありがとうございました。それから、俺の背中を押してくれたことも」
「こちらこそ。匡樹の背中を押してくれてありがとう。次は朝木君の番だね。と言っても、こっちのほうが近いから、順番で言えば先かな?」

 トレーナーはそう言って意味深に笑っている。私が不思議そうに2人を眺めていると、一矢は神妙な顔のまま私に向いた。

「澪。どう転ぶかわからなかったから言えなかったけど、今から俺が行くとこに付き合ってくれねぇか?」
「え、あ、……うん」

 なにごとかと構えた私は、歯切れの悪い返事をした。そんな私を見て、トレーナーは笑い出した。

「澪は、本当に朝木君の前では表情豊かだよね」
「そ……っ、そうですか?」

 自分では普通にしていたつもりだけど、改めて言われると気恥ずかしい。それにしても、付き合ってから会うのは初めてなのに……。

「そうだよ? かなり前からね?」

 トレーナーは楽しそうにそう言っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

君と出逢って

美珠
恋愛
一流企業を退職し、のんびり充電中の元OL純奈。だけど、二十七歳を過ぎて無職独身彼氏ナシだと、もれなく親から結婚の話題を振られてしまう。男は想像の中だけで十分、現実の恋はお断り。純奈は、一生結婚なんてしないと思っていた。そんな矢先、偶然何度も顔を合わせていたイケメン外交官と、交際期間をすっ飛ばしていきなり結婚することに!? ハグもキスもその先もまったく未経験の純奈は、問答無用で大人のカンケイを求められて――。恋愛初心者の元OLとイケメン過ぎる旦那様との一から始める恋の行方は!?

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

32歳、恋愛未経験の私に彼氏ができました。お相手は次期社長で完璧王子なのに、なぜか可愛い。

さくしゃ
恋愛
32歳、恋愛未経験の私に彼氏ができました。お相手は次期社長で完璧王子なのに、なぜか可愛い。 「甘酒って甘くないんだ!」 ピュアで、 「さ、さお…ふしゅうう」 私の名前を呼ぼうとして呼べなくて。 だけど、 「し、しゅ…ふしゅうう」 それは私も同じで。 不器用な2人による優しい恋愛物語。 果たして私たちは 「さ…ふしゅぅぅ」 下の名前で呼び合えるのでしょうか?

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

氷の上司に、好きがバレたら終わりや

naomikoryo
恋愛
──地方から本社に異動してきた29歳独身OL・舞子。 お調子者で明るく、ちょっとおせっかいな彼女の前に現れたのは、 “氷のように冷たい”と社内で噂される40歳のイケメン上司・本庄誠。 最初は「怖い」としか思えなかったはずのその人が、 実は誰よりもまっすぐで、優しくて、不器用な人だと知ったとき―― 舞子の中で、恋が芽生えはじめる。 でも、彼には誰も知らない過去があった。 そして舞子は、自分の恋心を隠しながら、ゆっくりとその心の氷を溶かしていく。 ◆恋って、“バレたら終わり”なんやろか? ◆それとも、“言わな、始まらへん”んやろか? そんな揺れる想いを抱えながら、仕事も恋も全力投球。 笑って、泣いて、つまずいて――それでも、前を向く彼女の姿に、きっとあなたも自分を重ねたくなる。 関西出身のヒロイン×無口な年上上司の、20話で完結するライト文芸ラブストーリー。 仕事に恋に揺れるすべてのOLさんたちへ。 「この恋、うちのことかも」と思わず呟きたくなる、等身大の恋を、ぜひ読んでみてください。

処理中です...