駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛

玖羽 望月

文字の大きさ
6 / 206
1.始まりの春

5.

しおりを挟む
「私の話しはそれくらいになさって、料理をいただきませんか?」

 彼がそう切り出すと、祖父は「そうだな」と頷き、箸を持ち上げる。

「これは……何でしょう? 会長、ご教授いただけないでしょうか」

 品書きは添えてあるが、読むのは得意でないのかもしれない。彼は不思議そうな表情で料理を見つめ、祖父に尋ねた。
 
「これは――」

 喜び勇んで祖父は料理の説明を始める。使われている食材や調理法など、さすが年の功、まるで作った本人のように説明している。
 饒舌な祖父と熱心にそれを聞く彼を横目に、私は黙々と料理を口に運ぶ。アメリカに住んでいるときはあまり食べることのなかった和食。母は食べたがったが、田舎町に日本の食材を置く店もなく、滅多に出てくることはなかった。

(菜の花だ。懐かしいな)

 鮮やかな緑に、ほんの少し花びらの黄色が混ざる和物を箸で摘むと口に運ぶ。

(この苦みがいいのよねぇ……)

 アメリカで一度だけ、母が買ってきて調理してくれたことがある。そのとき食べた母は、残念そうな表情をしていた。その理由は、日本に帰ってきてから知った。可愛らしい見た目と一致しないほろ苦い味。前に食べたものとはずいぶん違っていたからだ。

『これよ、これ!』

 母は懐かしそうに言いながら、笑顔で食べていた。好物だったらしいのだが、日本に帰国したのは夏で、翌年の春にようやくありつけたのだ。
 その顔を見て、やっぱり母はずっと日本に帰りたかったんだろうな、と改めて思った。
 私は……そのままずっと、ルークのいるアメリカに住んでいたかったのだけど。
 一人物思いに耽っていると、次は汁椀が運ばれてきて目の前に置かれる。黒い漆器の椀に金色の柄がさりげなく描かれている。蓋を開けると、出汁の香りがふわりと広がった。具材は、桃の節句にちなみ大きな蛤だ。

「わぁ……良い香り」

 独りごちるように小さく呟くと、それは竹篠さんの耳に届いたようだ。彼はこちらに顔を向けて微笑んだ。

「ええ。とても」

 クールな人なのかと思っていたが、その笑みはソフトで鼓動が早まる。それも全て、ルークに似ているせいだと自分に言い聞かせ、椀に口を付けた。

(お出汁が染みるなぁ……)

 和食は出汁が命、なんて言われるが、まさにそうだ。アメリカでは出会うことのなかった、繊細で柔らかな味。やはり日本の血が流れているからだろう。帰国してすぐ虜になったのだった。
 彼も同じように椀に口を付けている。いくらアメリカにある会社に勤めているとは言え、日本企業とビジネスで会食をしたこともあるだろう。さっきから箸の持ち方どころか、和食のマナーまで完璧でそつがない。
 その彼は椀から口を離すと、僅かに頬を緩めている。今度はお気に召したようだ。

「これは美味い……。こんな上品で奥の深い汁物は初めてです」

 感嘆のため息と共に言う彼に、祖父は自分が褒められたように上機嫌になっている。

「竹篠君はなかなかに繊細な舌を持っているようだ! 私はここの料理長の出汁が日本で一番美味いと思っておるんだ」

 高らかに笑いながら言う祖父は、相当彼を気に入っているようだ。そして彼もまた、祖父に気に入られようとしているように見える。

(あぁ、そうか)

 自分を蚊帳の外に置いて談笑する二人を見てなんとなく察する。

 宮藤とハワードは、数ヶ月前の一二月、資本提携を発表した。日本とアメリカの大企業同士の提携は、テレビでも報道されるほど大きなニュースだった。
 そしてこの四月から、本格的に提携を開始することになっていた。人材交流も活発に行われる予定で、先週にはハワードに出向する社員の異動が発表されたばかり。もちろんハワードからも社員が出向してくると聞いている。
 私がこんなに詳しい理由。それは自分も宮藤の本社の一社員だからだ。コネは一切使っていない。試験の前、会長職ではあるが役員に名を連ねる祖父に釘を刺しておいた。祖父には人事採用権はないと聞いたが、それでも念のため。
 第一志望の宮藤から採用通知が届いたときは、飛び上がるほど嬉しかった。それも希望通りの職種で。それでも私は、ただの末端社員。祖父がこうして、ハワードの要職に就く竹篠さんを会わせたかった理由など、どう考えても思いつかなかった。

 なんだかモヤモヤしたまま食事は進んでいく。新たな料理が提供されるたび、祖父と彼はあれこれと話に花を咲かせている。料理の話から日本の文化の話まで、彼はそれにじっと耳を傾けていた。

 ようやく自分に話を振られたのは、最後の水菓子に手をつけ始めてからだった。

「どうだ、恵舞。彼は良い男だろう」
「え、ええ」

 取り繕うように笑顔を浮かべ祖父に答える。良いも何も、ほぼ会話をしていない。絶対に良いと言えるのはその見た目だけだ。
 そんなことを考える私に、祖父はニコニコと破顔したまま次の言葉を続けた。

「どうだ、恵舞。彼と結婚するのは」

 水菓子の真っ赤な苺を食べようとしたところで、ポカンと口を開いたまま止まる。

「…………。結婚⁈」

 あまりの急な話に、思わず声を上げていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お前、頬を叩いた詫びに婚約者になれ」 上司で社長の彪夏と秘書の清子はお似合いのふたりだと社内でも評判。 御曹司でイケメンの彪夏は女子の憧れの的。 清子はどこぞのご令嬢と噂され、男女問わず視線を集めていた。 ……しかし。 清子には誰もが知らない、秘密があったのです――。 それは。 大家族のド貧乏! 上は高校生、下は生まれたばかりの五人弟妹。 おっとりして頼りにならない義母。 そして父は常に行方不明。 そんな家族を支えるべく、奮闘している清子ですが。 とうとう、彪夏に貧乏がバレたまではよかったけれど。 子持ちと間違われてついひっぱたいてしまい、償いに婚約者のフリをする羽目に。 しかも貧乏バラすと言われたら断れない。 どうなる、清子!? 河守清子 かわもりさやこ 25歳 LCCチェリーエアライン 社長付秘書 清楚なお嬢様風な見た目 会社でもそんな感じで振る舞っている 努力家で頑張り屋 自分がしっかりしないといけないと常に気を張っている 甘えベタ × 御子神彪夏 みこがみひゅうが 33歳 LCCチェリーエアライン 社長 日本二大航空会社桜花航空社長の息子 軽くパーマをかけた掻き上げビジネスショート 黒メタルツーポイント眼鏡 細身のイケメン 物腰が柔らかく好青年 実際は俺様 気に入った人間はとにかくかまい倒す 清子はいつまで、貧乏を隠し通せるのか!? ※河守家※ 父 祥平 放浪の画家。ほぼ家にいない 母 真由 のんびり屋 長男 健太(高一・16歳)服作りが趣味 次男 巧(高一・15歳)弁護士になるのが目標 三男 真(小五・10歳)サッカー少年 四男 望(保育園年中・5歳)飛行機大好き 次女 美妃(保育園児・五ヶ月)未知数

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

処理中です...