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1.始まりの春
7.
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家に帰ると、疲れ果ててそのままベッドにダイブする。仰向けで寝そべったままスマホを開くと、案の定竹篠さんからのメッセージが届いていた。
『今日はとても有意義な時間をありがとう。早く君に会いたい。次の土曜日は空いている? 良い返事を期待している』
……といった意味の、英文のメッセージ。もちろん難なく読めるし、彼も英語の方が手っ取り早かったのだろう。そのメッセージをしばらく眺めたあと画面を消すと、スマホを握った手をそのままドサリとベッドに下ろした。
「はあ~……」
深い深い溜め息が天井にこだまする。
正直あの場ではああ言うしかなかったが、今考えても果てしなく面倒な事になった。
なにしろデーティングは、お互いを知るために行うお試し期間。それも、日本人から見れば、付き合っているのと変わらないデートをしながら相手を見極めるのだ。そういうわけで、少し会っただけで『やっぱり合わない』なんて気軽に言えないし、相手も納得しないだろう。
二度目の深い溜め息を吐き出すと目を閉じる。
(思い出すなあ……)
『エマ! いい? デーティングはね、駆け引きが大事なの。少しくらい焦らして、追われるくらいにならなきゃ。焦らしすぎてもダメ! 男はみんな狩人なの。絶対手に入れたい獲物にならなきゃ!』
あれは、十五才の夏だ。
毎週日曜日に行われる、教会でのボランティア。近所の顔馴染みも多く、年上のお姉さんたちが何かと面倒を見てくれた。そしてボーイフレンドがいないと言う私に、あれやこれやとアドバイスしてくれたのだ。これはそのうちの一つ。
けれどその頃すでに、ルークへの初恋をこじらせていた私は、デーティング以前の問題に直面していた。
(ルーク、やっぱり私のことを、妹としか見てなかったんだろうな……)
それとなく誘ってみてもうまく躱さ
れ相手にしてもらえない。それなのに、年上の女の子の中には、ルークとデーティングに発展した子が一人や二人じゃなかった。幸いなことに、誰もガールフレンドに昇格した子はいなかったけれど。
自分だって、ガールフレンドになれたわけじゃない。あのときルークは、悲壮な顔をして泣く、妹みたいな女の子の手を振り解けなかっただけ。それだけなんだろうから。
三度目の溜め息を吐くと起き上がる。とりあえず今日はメッセージに返事をしないつもりだ。それと、土曜日の誘いも断る。ここですぐ返事をして、予定空いてます、なんて返そうものなら、私のほうが乗り気だと思われてしまうから。
これは駆け引きの始まり。
私を手に入れたい彼と、彼から逃げ切りたい私との攻防戦だ。
桃の節句から早くも二週間経ったの土曜日、午後。
部屋の窓から見える外の景色は、見るからにポカポカの陽気だ。今日は平年より気温も高く、桜の開花も早まりそうだと朝のニュースキャスターも言っていた。
返事はあのあと、三日後にさりげなく送った。全く予定もないのに、その日は忙しいと。彼からはすぐに『では翌週の土曜日は?』とメッセージが返ってきて、それで手を打った。
「恵舞! 竹篠さんがお見えよ!」
自室の扉がノックされ、その向こうから母が声を張り上げている。
「はーい! 今行くから、待ってもらって」
大声で返しながら身支度を整える。
着ようと用意していた服は、今日は暑いのではないかと思い直し、ギリギリになってからワードローブをひっくり返す。
なんと言っても、一応今日は初デート。彼はそれなりに高級な店を予約していそうだ。なんとかフォーマル過ぎずカジュアル過ぎない、オフホワイトのセットアップパンツと、春らしいミントグリーンのカーディガンを引っ張り出して着た。
それに合わせてメイクをしていると、あっという間に時間は約束の午後一時になった。
用意が終わり廊下に出ると、玄関先から両親の賑やかな声が聞こえてきた。3LDKのよくある大きさのマンションで、声はここまで筒抜けだ。
近づくと、三人は楽しそうに英語で会話していた。
(……なんで?)
アメリカ人とのハーフで、見た目は西洋人寄りの父は、日本語ペラペラだ。なのになぜ、見た目は日本人の竹篠さんとわざわざ英語で会話をしているのだろうかと不思議に思う。
(相手のこと、おじいちゃんに聞いた?)
いや、そんなことはないはずだ。祖父は、あえて両親に素性は話さないと言っていたから。
「お待たせしました」
そう言って両親に割って入ると、二人とも満面の笑みで私に振り向いた。
「ねぇねぇ、恵舞。竹篠さんからお土産いただいたわよ」
浮かれ気味の母の手には、宮藤家御用達の高級和菓子屋の箱。ちなみに母の大好物だ。
「恵舞。彼の英語は完璧だ。英語でどんな質問をしても英語で返ってくるぞ」
どうやら父は、初めて家まで娘を迎えに来た男を試したらしい。けれど残念ながら相手が悪い。見た目は日本人だが中身はアメリカ人だ。
早くも彼に懐柔されている両親に溜め息しか出ず、玄関先に立つその人は、すでに勝ち誇っているように見えた。
「恵舞さん。今日も素敵ですね」
そう言う彼の姿は、ライトグレーの薄手のニットに、ブラックのコットンパンツと、思っていたよりカジュアルだった。下ろされた前髪は無造作に分けられ、前よりも柔らかい雰囲気だ。その反面、色気は前より増している気がした。
『今日はとても有意義な時間をありがとう。早く君に会いたい。次の土曜日は空いている? 良い返事を期待している』
……といった意味の、英文のメッセージ。もちろん難なく読めるし、彼も英語の方が手っ取り早かったのだろう。そのメッセージをしばらく眺めたあと画面を消すと、スマホを握った手をそのままドサリとベッドに下ろした。
「はあ~……」
深い深い溜め息が天井にこだまする。
正直あの場ではああ言うしかなかったが、今考えても果てしなく面倒な事になった。
なにしろデーティングは、お互いを知るために行うお試し期間。それも、日本人から見れば、付き合っているのと変わらないデートをしながら相手を見極めるのだ。そういうわけで、少し会っただけで『やっぱり合わない』なんて気軽に言えないし、相手も納得しないだろう。
二度目の深い溜め息を吐き出すと目を閉じる。
(思い出すなあ……)
『エマ! いい? デーティングはね、駆け引きが大事なの。少しくらい焦らして、追われるくらいにならなきゃ。焦らしすぎてもダメ! 男はみんな狩人なの。絶対手に入れたい獲物にならなきゃ!』
あれは、十五才の夏だ。
毎週日曜日に行われる、教会でのボランティア。近所の顔馴染みも多く、年上のお姉さんたちが何かと面倒を見てくれた。そしてボーイフレンドがいないと言う私に、あれやこれやとアドバイスしてくれたのだ。これはそのうちの一つ。
けれどその頃すでに、ルークへの初恋をこじらせていた私は、デーティング以前の問題に直面していた。
(ルーク、やっぱり私のことを、妹としか見てなかったんだろうな……)
それとなく誘ってみてもうまく躱さ
れ相手にしてもらえない。それなのに、年上の女の子の中には、ルークとデーティングに発展した子が一人や二人じゃなかった。幸いなことに、誰もガールフレンドに昇格した子はいなかったけれど。
自分だって、ガールフレンドになれたわけじゃない。あのときルークは、悲壮な顔をして泣く、妹みたいな女の子の手を振り解けなかっただけ。それだけなんだろうから。
三度目の溜め息を吐くと起き上がる。とりあえず今日はメッセージに返事をしないつもりだ。それと、土曜日の誘いも断る。ここですぐ返事をして、予定空いてます、なんて返そうものなら、私のほうが乗り気だと思われてしまうから。
これは駆け引きの始まり。
私を手に入れたい彼と、彼から逃げ切りたい私との攻防戦だ。
桃の節句から早くも二週間経ったの土曜日、午後。
部屋の窓から見える外の景色は、見るからにポカポカの陽気だ。今日は平年より気温も高く、桜の開花も早まりそうだと朝のニュースキャスターも言っていた。
返事はあのあと、三日後にさりげなく送った。全く予定もないのに、その日は忙しいと。彼からはすぐに『では翌週の土曜日は?』とメッセージが返ってきて、それで手を打った。
「恵舞! 竹篠さんがお見えよ!」
自室の扉がノックされ、その向こうから母が声を張り上げている。
「はーい! 今行くから、待ってもらって」
大声で返しながら身支度を整える。
着ようと用意していた服は、今日は暑いのではないかと思い直し、ギリギリになってからワードローブをひっくり返す。
なんと言っても、一応今日は初デート。彼はそれなりに高級な店を予約していそうだ。なんとかフォーマル過ぎずカジュアル過ぎない、オフホワイトのセットアップパンツと、春らしいミントグリーンのカーディガンを引っ張り出して着た。
それに合わせてメイクをしていると、あっという間に時間は約束の午後一時になった。
用意が終わり廊下に出ると、玄関先から両親の賑やかな声が聞こえてきた。3LDKのよくある大きさのマンションで、声はここまで筒抜けだ。
近づくと、三人は楽しそうに英語で会話していた。
(……なんで?)
アメリカ人とのハーフで、見た目は西洋人寄りの父は、日本語ペラペラだ。なのになぜ、見た目は日本人の竹篠さんとわざわざ英語で会話をしているのだろうかと不思議に思う。
(相手のこと、おじいちゃんに聞いた?)
いや、そんなことはないはずだ。祖父は、あえて両親に素性は話さないと言っていたから。
「お待たせしました」
そう言って両親に割って入ると、二人とも満面の笑みで私に振り向いた。
「ねぇねぇ、恵舞。竹篠さんからお土産いただいたわよ」
浮かれ気味の母の手には、宮藤家御用達の高級和菓子屋の箱。ちなみに母の大好物だ。
「恵舞。彼の英語は完璧だ。英語でどんな質問をしても英語で返ってくるぞ」
どうやら父は、初めて家まで娘を迎えに来た男を試したらしい。けれど残念ながら相手が悪い。見た目は日本人だが中身はアメリカ人だ。
早くも彼に懐柔されている両親に溜め息しか出ず、玄関先に立つその人は、すでに勝ち誇っているように見えた。
「恵舞さん。今日も素敵ですね」
そう言う彼の姿は、ライトグレーの薄手のニットに、ブラックのコットンパンツと、思っていたよりカジュアルだった。下ろされた前髪は無造作に分けられ、前よりも柔らかい雰囲気だ。その反面、色気は前より増している気がした。
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