駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛

玖羽 望月

文字の大きさ
10 / 206
1.始まりの春

9.

しおりを挟む
(どこに……向かってるの?)

 窓の向こうに流れる景色を眺めながらあれこれ考える。案内標識が指し示すこの方向なら、思い付く観光地はいくつかある。
 彼は和食も喜んでいたくらいだから、外国人観光客の多い日本らしい場所に行きたいのかもしれない。
 自分自身も、日本に帰ったばかりの頃はそうだった。大学入学後、周りが『渋谷だ、原宿だ』と繁華街に出かけていくのをよそに、都内のお寺や神社、歌舞伎に相撲と、それまで体験できなかったことを楽しんだ。
 だから、たいていの観光地は案内できる。そう思っていたのだけど――。

「待ってください! あれに行くんですか?」

 連れて来られた場所で、顔を強張らせて彼に問う。
 次々に人が吸い込まれていくほど、人気の観光スポットではある。見上げる空に聳え立つ高い高い、日本一のタワー。足元にいると、その先端は遥か天上で全く見ることができない。

(よりによって、なんでここ!?)

 自分があえて避けて来た場所に連れて来られ、思わず声を上げてしまっていたのだ。
 そんな私の顔を見ると、彼は鼻を鳴らす勢いでニヤリと口角を上げた。

「どこでもいいと言っただろ? もしかして、高いところが怖い、とか?」
「い、いえ。ちょっと……苦手なだけです!」

 弱味を握り楽しいと言いたげなその顔に言い返すと、彼はまだクスクスと笑い続けていた。

「飛行機は平気なんだろ? じゃあ大丈夫」
「飛行機とはまた違います! 私はここで待っているので、どうぞお一人で楽しんでいらしてください」

 気持ち後ずさりしながら促すと、彼は眉間に皺を刻み、私の手を勢いよく掴んだ。

「もうチケットも買ってある。怖いなら、手を握っててやるから。どうしても見たいものがあるんだ」

 それだけ言うと、私を引きずるように歩き出す。案内すると言った手前、渋々それに従うしかなかった。
 混雑したエレベーターに乗り込むとドアが閉まる。スッーっと上昇していく感覚に、心臓が早鐘を打っている。繋がれたままの手をグッと握ると、彼の大きな手が握り返してくれた。それにいっそう鼓動は早まっていた。
 ほんの一分足らずで展望デッキに到着する。前の人に続いてフロアに出ると、向こう側には目まいのしそうな景色が広がっていた。

「ひゃっ!」

 思わず顔を背けてしまう。ちょっと苦手なんて言ったが、本当はかなり苦手だ。

「そんなに怖いなら、腕にしがみついていたらどうだ? 景色が視界に入らなければマシだろ?」

 私の顔を覗き込み言う彼に、顔まで熱くなってきそうだ。手を繋ぐだけでもドキドキしてしまうのに、腕にしがみつくなんて……と思うが、窓の外の光景が目に入ると血の気が引いていた。

「で、ではお言葉に甘えて……」

 背に腹は変えられず、差し出された腕に飛びつくようにしがみつく。

「じゃあ、行くぞ」

 ゆっくり歩き出した彼は、それからもう一言付け加えた。

「もう少し高いところに行くからな」
「えっ! さらに上?」

 悲壮な顔をしていたのか、彼はさすがに心配そうな表情を見せた。

「恵舞が嫌なら……諦める」

 ルークと同じ顔でしゅんとされてしまうと心が揺らぐ。この顔面は本当に罪深い。

「わかりました。行きます。行きましょう!」

 気合いを入れてそう口にすると、彼はフフッと笑う。

「泣くなよ」
「泣きません!」

 そんなやりとりをしながら、彼に寄り添い歩き始めた。

 回廊状になっている展望台に着くと、彼は「おぉ!」と感嘆の声を漏らす。私は変わらず景色を見ることができず、彼の腕に顔を埋めるように歩いていた。
 しばらく歩くと、彼は立ち止まる。その辺りは、同じように景色を見るために立ち止まる人が多かった。
 窓際に寄ると、彼はじっと向こうを見ている。私は景色の代わりに、そんな彼の横顔を見つめていた。
 目を細めて感慨深そうに、真っ直ぐ前を見る彼の横顔は、どこか淋しそうで泣きだしそうにも見える。

(いったい……何を?)

 そんな表情をするほど見たかったものが気になり、恐る恐る外に視線を移してみた。

「……富士……山?」

 日本の誇る霊峰は、東京の街並みを見下ろすように雄大な姿で佇んでいた。

「ずっとこの目で、見たいと思ってたんだ」

 瞳に焼き付けるように、富士山から視線を外すことなく彼は呟く。

「来日したのは今回が初めて、なんですか?」

 こんなに日本語が堪能で、ハワードという大企業の役職に就いているのだから、何度も日本を訪れたことがあるのだと思っていた。けれどどこか違和感があった。

「そうだ。いつか行きたいと思っていた。でも……勇気が出なかった」

(勇気……?)

 どういうことだろう。いったい何が彼の枷になっていたのか。知りたいなんて、今は言えない。

「もっと近くで見たいと思わなかったんですか? そんなに遠くないのに」
「確かにな。けど今は恵舞とのデートが忙しい。それに、見るなら恵舞と一緒がいい」

 ようやく自分に顔を向けると、甘い笑みを浮かべて甘い台詞を吐く。
 
(これは常套句で、相手は私でなくてもいいはずなんだから)

 高鳴る胸を必死に鎮めようと、そんなことを考えていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お前、頬を叩いた詫びに婚約者になれ」 上司で社長の彪夏と秘書の清子はお似合いのふたりだと社内でも評判。 御曹司でイケメンの彪夏は女子の憧れの的。 清子はどこぞのご令嬢と噂され、男女問わず視線を集めていた。 ……しかし。 清子には誰もが知らない、秘密があったのです――。 それは。 大家族のド貧乏! 上は高校生、下は生まれたばかりの五人弟妹。 おっとりして頼りにならない義母。 そして父は常に行方不明。 そんな家族を支えるべく、奮闘している清子ですが。 とうとう、彪夏に貧乏がバレたまではよかったけれど。 子持ちと間違われてついひっぱたいてしまい、償いに婚約者のフリをする羽目に。 しかも貧乏バラすと言われたら断れない。 どうなる、清子!? 河守清子 かわもりさやこ 25歳 LCCチェリーエアライン 社長付秘書 清楚なお嬢様風な見た目 会社でもそんな感じで振る舞っている 努力家で頑張り屋 自分がしっかりしないといけないと常に気を張っている 甘えベタ × 御子神彪夏 みこがみひゅうが 33歳 LCCチェリーエアライン 社長 日本二大航空会社桜花航空社長の息子 軽くパーマをかけた掻き上げビジネスショート 黒メタルツーポイント眼鏡 細身のイケメン 物腰が柔らかく好青年 実際は俺様 気に入った人間はとにかくかまい倒す 清子はいつまで、貧乏を隠し通せるのか!? ※河守家※ 父 祥平 放浪の画家。ほぼ家にいない 母 真由 のんびり屋 長男 健太(高一・16歳)服作りが趣味 次男 巧(高一・15歳)弁護士になるのが目標 三男 真(小五・10歳)サッカー少年 四男 望(保育園年中・5歳)飛行機大好き 次女 美妃(保育園児・五ヶ月)未知数

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

処理中です...