駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛

玖羽 望月

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1.始まりの春

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 彼を連れて辿り着ついた場所は、さっきの桜並木と同じくらい賑わいを見せていた。通路の両側に屋台が並んでいて、たくさんの観光客がそぞろ歩いている。どこからともなく、食欲をそそるソースの香りや、ベビーカステラの焼ける甘い香りなどが次々と鼻をくすぐり、自然とお腹が鳴っていた。
 
「じゃあ、賭けの内容を説明しますね」

 立ち止まると、遠くを見つめていた彼に話しかける。こちらを向くと彼は緩やかに笑みを浮かべた。

「OK」

 そんな彼に、私は話し始めた。
 賭けの内容はいたって簡単だ。
 この並んでいる屋台の中から、食べたいものを選ぶ。それだけだ。
 どんな屋台が並んでいるか、自分はだいたいわかっているし、食べたいものもすでに決めてある。けれど彼はそういうわけにもいかず、いったん二人で屋台を見て回ることにした。
 彼はまた、浅草でもそうだったように楽しそうに「あれは何?」「これは何?」と尋ねる。その様子を観察しながら、彼が選びそうなものを考えた。
 屋台が途切れた先に着くと、いったん端により立ち止まる。

「どうですか? 決まりそうですか?」
「ああ、決めた。そうだ恵舞。俺もこれに乗っかってもいいか?」

 口角を上げニヤリと笑うと彼はそう切り出し、私は内心やはりと思いながら頷く。
 ゲームの舞台としてここは最適なはずだ。今度はどんな内容だろうかと彼を見上げると、その薄い唇が緩やかに動いた。

「――じゃ、これで問題ないなら、ここで先に答え合わせをしよう。この前のようにスマホでいい?」
「問題ありません。あ、賞品は……どうしますか?」

 彼の出題を聞いたあと、恐る恐る尋ねてみる。それに満面の笑みをたたえると、彼は私の耳元に顔を寄せた。

 頰にやんわりと彼の熱を感じ、自分の体はさぁっと熱を帯びる。心臓が早鐘を打つのを自覚していると、彼の吐息が耳朶を撫でた。

「もちろん、前と同じ。君の唇が欲しい」

 わざとなのか彼は至近距離で小さく笑う。その漏れ出た吐息が私を刺激する。思わず耳に手を当て、体を反らすと一息に言葉を返した。

「今度は当てさせません!」
「俺も、そう簡単に外すつもりはないよ」

 自信ありげに微笑む彼の表情は艶やかで、改めてその整った顔にドキリとする。そしてたった一度だけ見た、ルークの艶のある表情が頭によぎった。

『Emma……』

 記憶にある、悩ましげに私の名前を呼ぶルークの声が、依澄さんの声に塗り替えられているような気がする。顔は似ていても、声までは似ていないと思っていたのに、今はもうあやふやで自信を失ってしまう。

「恵舞? どうかしたのか?」

 ほんの束の間、意識を遠くに飛ばしていた私に、彼が訝しむように尋ねる。

「な、んでも、ないです。そうだ! 私が勝ったら屋台で食べたいものをご馳走してください」

 慌てて取り繕う私に、彼はほんの少し呆れたように息を吐いた。

「恵舞は本当に欲がないな。そんなものいくらでもご馳走するよ。じゃあ、答えをスマホに」

 彼の指示に従いスマホのメモに答えを入れる。自分のものと彼のもの、二つずつ。
 見比べたとき分かりやすいように、お互い答えは私のを先に、彼のをあとに書くことになった。
 一つ目の答えは最初から決めていたからすぐに文字にする。そして彼からの出題の答えも、ほぼ悩むことなく入れた。
 問題は次だ。彼はいったい何を選んだろう? 涼しい顔でスマホに向かう彼を盗み見ながら、その答えを探していた。


 気づけば空は、橙色の光を追いかける藍色で覆われていた。その色が濃くなるにつれ、夜桜を楽しみに繰り出してきた人々が徐々に増えていた。
 桜の木からは離れているが、それでも人で溢れる池のほとりで、運良く空いたベンチに座り、ぼんやりと空を見上げていた。

(あんなに……悔しそうな顔するなんて……)

 答え合わせの結果、私はなんとか1ポイントをもぎ取り、彼は0ポイントだった。それがわかった途端、彼は一瞬悔しさを滲ませていた。けれどすぐに表情を切り替えた。

『今回は俺の負けだ。じゃあ、食べるものを買いに行ってくるよ。恵舞はどこかで待ってて』

 明るくそう言う彼に、池の近くに座るところを探しておくと伝え、その場で別れた。

 一人になると、余計にさっきの彼のことを考えてしまう。
 自分が負けたことが悔しいのか、それとも……。
 そんなはずはないと、打ち消すように慌てて頭を振る。まさか賞品、つまり私とキスできないのを残念に思っているなんて、そんなことあるはずがない。
 虚しく息を吐き出すと、それは楽しげな騒めきにかき消された。

「恵舞!」

 弾むように私を呼ぶその声がはっきりと耳に届く。まだ出会ってそう経っていないのに、不思議なくらい、間違いなく彼のものだとわかってしまう。

「ちょっと、あの人芸能人?」
「身長、高ぁい!」

 彼のほうに向く私のそばを通り過ぎる女性たちの会話が聞こえる。その視線の先には、いくつもレジ袋を下げた彼が、嬉しそうに手を振っていた。

(日本じゃ、自分の容姿は相当目立つって、少しは自覚して欲しいんだけど……)

 笑顔の彼は、すぐそばで熱い視線をよこす女性たちに気づくこともなく、真っ直ぐ私の元へ向かっていた。
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