駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛

玖羽 望月

文字の大きさ
18 / 206
1.始まりの春

17

しおりを挟む
 車は三十分ほどで目的地に着いた。最初こそ、一方的に気まずい空気が流れていたものの、そんな雰囲気をもろともせず明るく話しかけてくる彼に感化され、気がつけば普通に会話をしている自分がいた。

「結構な人だな」
「ですね」

 目的地である都内有数の大きな公園には、平日の、まだ一般的な終業時間前だと思えないほど人で溢れていた。
 もしかしたらパーキングを探すのに時間がかかるかもと危惧していたが、そこはさすがというべきなのか、会社が借りている駐車場を押さえてくれていた。公私混同ではと思わないでもないが、社長秘書に『花見に行く』と話したら、ぜひ使ってと言われたらしい。
 そしてすんなりと、花見で盛り上がる公園に着いたわけだが、さすがにこの人出では、しっかりと握られてしまっている手を振り解いた途端に逸れそうだ。仕方なく彼と手を繋いで公園内に入った。
 この公園には、花見やそれ以外で何度か訪れたことがある。けれど何の案内をせずともお互い自然とその場所に足を向けていた。

 薄紅色のアーチの続く通りには、多くの人がその美しい花を眺めながら歩いていた。もちろん自分たちもそこに混ざり、咲き誇る桜を愛でていた。

「綺麗だな。ニューヨークでみる桜とはまた違う」

 顔を上げ、しみじみと彼は言う。富士山を眺めていたときと同じくらい感慨深いようだ。

「種類が違うんでしょうね。私が昔ニューヨークでみた桜は八重桜が多かったような気がします」
「そうなのかもな。……なあ、写真撮ってもいいか?」

 楽しそうな笑顔を向けて彼は尋ねる。そんな断り入れなくてもと思いながら、「どうぞ」と頷いて見せた。

「じゃあ、もっと近づかないとな。こっちでいいか」

 彼は私の手を引き、通路の端に寄る。桜の木の下には花見客や、まだこれから始まる宴会用にシートが敷いてあった。その隙間を縫うように立ち止まると、彼はスマホを取り出した。

「少しだけ待って」

 彼は手を離すとスマホを空に掲げる。自分からも見えるその画面には、一面桜の花が写し出されていた。何度かシャッターを切ったあと、彼はスマホを下ろす。気は済んだだろうかと様子を眺めていると、突然話しかけられた。

「じゃ、次は恵舞も一緒な」

 満面の笑みで言われ、「はいっ?」と素っ頓狂な声を返すが、構うことなく彼は、近くを歩く人を捕まえた。

「恵舞、撮ってくれるって。ほら!」

 桜の木をバックに肩を引き寄せられる。その上身長差を考慮したのか、彼は顔まで寄せてきた。

(ち、近いって!)

 彼のスマホを持った、自分の母くらいの女性は、ニコニコしながら「撮りますよ」と手を上げる。

「ほら、恵舞。Smile」

 耳元で囁かれ、とてもじゃないが笑うことなどできない。内心アタフタしながら、引き攣った笑いを浮かべていた。
 彼がスマホを受け取りお礼を言っているあいだ、私はその場で盛大に溜め息を吐いていた。

(不意打ちなんて卑怯よ!)

 上機嫌でこちらに戻ってくる彼を見ながら、心の中で悪態をつく。そんなことは梅雨知らず、彼はまた当たり前のように私の手を握った。

「写真見るか?」
「いいです! 今すぐ削除して欲しいくらいです」

 また歩きだしながら文句を言うと、彼はニヤリと笑う。

「消すわけないだろ? 祖母に送るんだ。日本の桜を見たがっていたし。あと、girlfriendも」
「どさくさに紛れて、何言ってるんですか? まだgirlfriend彼女じゃありません!」

 思い切り抗議すると、彼はハハハと声を上げ笑った。

「残念。簡単には引っかからないか」

 そう言って笑う彼の横顔を、顔を顰めて見上げる。
 日本人なら女友だちと受け取りそうな言葉だが、アメリカなら思いっきり彼女という意味だ。さすがの私でも騙されたりしない。

(ほんと、わけわかんない)

 自分の中にいるルークは、もっと大人びている。こんな大口開けて笑ったりしないし、私を揶揄って楽しんだりもしない。似たような顔で全く違う彼に、やはり戸惑うしかなかった。

「恵舞、このあとどうする?」

 桜並木を通り抜けると、彼に尋ねられる。同じように通り抜けた客たちは、次の目的地に向かい方々へ散っていた。

「あ~っと。寄りたいところがあって。屋台……フードトラックの食べ物は大丈夫ですか?」

 日本のお祭りなんかでよく見かける屋台は、ニューヨークの屋台とはまた違う。アメリカでは、最近は日本でも馴染みのある、トラックでフードを販売する形式が多い。
 けれどそもそも大企業に勤めている人が、そんな場所で売られている食べ物を食べるだろうかと疑問が湧いた。

「Food Truck? もちろん。ランチでもよく食べてたが」
「よかった。じゃあ、トラックではないですが、似たようなな店が並ぶ場所があるんで、行きませんか?」

 恐る恐る切り出すと、彼は明るい表情になった。

「OK  それは楽しみだ。どこ?」

 実は今日、桜を見るのも楽しみにしていたが、断然花より団子派の自分は、屋台巡りを楽しみにしていた。もし断られたら、その場で解散しようと思っていたくらいに。
 急に子どもっぽくワクワクとした表情になった彼に釣られて、自分も笑顔になる。

「あっちです。あ、それから……。その屋台を使って今日のゲームをしたいんですが、いいですか?」

 今度は負けない。そんな気合いを入れ、最初から内容を考えてきたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お前、頬を叩いた詫びに婚約者になれ」 上司で社長の彪夏と秘書の清子はお似合いのふたりだと社内でも評判。 御曹司でイケメンの彪夏は女子の憧れの的。 清子はどこぞのご令嬢と噂され、男女問わず視線を集めていた。 ……しかし。 清子には誰もが知らない、秘密があったのです――。 それは。 大家族のド貧乏! 上は高校生、下は生まれたばかりの五人弟妹。 おっとりして頼りにならない義母。 そして父は常に行方不明。 そんな家族を支えるべく、奮闘している清子ですが。 とうとう、彪夏に貧乏がバレたまではよかったけれど。 子持ちと間違われてついひっぱたいてしまい、償いに婚約者のフリをする羽目に。 しかも貧乏バラすと言われたら断れない。 どうなる、清子!? 河守清子 かわもりさやこ 25歳 LCCチェリーエアライン 社長付秘書 清楚なお嬢様風な見た目 会社でもそんな感じで振る舞っている 努力家で頑張り屋 自分がしっかりしないといけないと常に気を張っている 甘えベタ × 御子神彪夏 みこがみひゅうが 33歳 LCCチェリーエアライン 社長 日本二大航空会社桜花航空社長の息子 軽くパーマをかけた掻き上げビジネスショート 黒メタルツーポイント眼鏡 細身のイケメン 物腰が柔らかく好青年 実際は俺様 気に入った人間はとにかくかまい倒す 清子はいつまで、貧乏を隠し通せるのか!? ※河守家※ 父 祥平 放浪の画家。ほぼ家にいない 母 真由 のんびり屋 長男 健太(高一・16歳)服作りが趣味 次男 巧(高一・15歳)弁護士になるのが目標 三男 真(小五・10歳)サッカー少年 四男 望(保育園年中・5歳)飛行機大好き 次女 美妃(保育園児・五ヶ月)未知数

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

処理中です...