駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛

玖羽 望月

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3. 夏の兆しとめぐる想い

1.

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 ハワードを交えたプロジェクトも本格化してきたのか、通訳チームも忙しくなってきた。毎日増える契約書関係の翻訳に、資料作成、オンライン会議の通訳など、残業する時間も日も増えていた。
 一時は暗雲が立ち込めそうだった心は、晴れ渡っているとまではいかないが、薄曇りで止まっている。
 というのも、冷静に考えると依澄さんはこの週末は私と過ごし、来週以降は予定が入っている。もし羽瑠ちゃんと会うにしても、平日になりそうだが、二人とも仕事が忙しそうで、そんな様子はなさそうだからだ。
 依澄さんの様子にも変わったところはなく、会えなくても毎日メッセージを送ってくれた。
 『おはよう』『おやすみ』『今日は残業だ』なんて、取り留めもないものが多いが、最後はいつも『早く恵舞に会いたい』と結ばれていた。それに返したり、返さなかったりしているうちに、約束していた週末を迎えた。
 待ち合わせは前と同じコンビニ。駐車場だけ使わせてもらうのも悪いし、何か荷物にならないものでも買おうと、予定時間より早めに家を出た。

「いいお天気……」

 独りごちて、澄み切った朝の空を仰ぎ見る。しばらくは晴天の予報で、今日は今年一番の暖かさになるようだ。新緑の匂いが混ざる風は爽やかで心地良い。
 春を感じながらコンビニまで歩き、約束より三十分早く、十時に到着した。コンビニには、さすがにまだ真っ赤なスポーツカーの姿はなかった。
 カゴを手にすると、まずお菓子コーナーに向かう。バッグの中に入れても邪魔にならない、飴やガムをいくつかカゴに入れた。あとはコンビニ限定のミニコスメを眺め、桜色の小さなネイルと、シートパックを追加した。

(飲みものは……何にしよう?)

 今日は今からドライブに行く予定だ。どこまで行くのかは聞いていないが、少し足を伸ばそうと思うとメッセージには書いてあった。ドリンクの並ぶリーチインケースを眺めながら、コーヒーにするか、やっぱりコーラ? なんて唸っていると、後ろに人の気配がした。

「何、悩んでるんだ?」

 笑い声混じりの低い声で囁かれ、弾かれるように振り返る。

「えっ?」

 そこには、たぶん今まで見た中で一番ラフな服装の依澄さんが立っていた。袖が長めで、厚めの生地で作られた白いTシャツと、スリムなブラックジーンズ。会社では撫で上げらている髪も、ナチュラルにセンターで分けられている。いたってシンプルだけど、そのスタイルの良さが際立って、"格好いい"しか言葉が浮かばなかった。

「お、はよう……ございます」
「おはよう、恵舞。飲むもの選んでたのか?」

 私を見て顔を綻ばせたあと、依澄さんはリーチインケースを一瞥する。

「はい……。あの、依澄さんは何がいいですか?」
「恵舞が選ぶなら、なんでもいいぞ」
「それじゃ答えになってないです」

 茶化すように笑う依澄さんに、頰を膨らませて返す。そんな私を楽しそうに見て、彼は目尻を下げて口を開いた。

「やっぱりここは、コーラだな。今日はわりと暑くなりそうだし。恵舞は?」
「私も……コーラにします。久しぶりに飲みたくなりました」

 私の顔を覗き込んでいた依澄さんはニコリと口の端を上げ、ケースからコーラのペットボトルを二本取り出すと腕に抱えた。

「買い物は終わり? それも一緒に払うよ」
「そんな! 自分の物ばかりなので、私が一緒に払います!」
「別にいいのに」
「だめです!」

 通路で押し問答していると、通りすがりのお客さんに眉を顰められる。そそくさとレジに向かうとカゴを置き、依澄さんからコーラを攫った。

「とりあえず、これくらい私に払わせてください」
「わかった。恵舞からのプレゼント、大事に飲まなきゃな」

 バッグから財布を取り出す私に、彼はヒソヒソと耳元で囁く。途端に体がカァッと熱くなった。

「そっ、そんなジョーク、いりません」

 挙動不審になりながら会計を済ませ、小さなものをバッグに放り込む。それからコーラを持とうとすると、依澄さんが先にそれを手に取った。

「代わりにこっち持って」

 差し出された右手には、何も乗っていない。でも勘違いでなければ、そういうことだろう。彼と目が合うと、期待に満ちた満面の笑みが返ってきた。

「しかたないですね。持ちますよ」

 照れ隠しで可愛げなく返し、彼の手を取る。彼は重なった私の手をぎゅっと握った。
 車にまではほんの数分間の距離。なのに繋がれた手が、燃えだしそうなほど熱い。その熱に、数日前の夜を思い出してお腹の奥がジンと疼く。

(朝からいったい、何考えてるのよ。私ったら……)

 振り払おうとしても、それは鮮明に浮かんでくる。彼のこの大きな手が自分の体を這い、その長い指が自分の体の奥まで入っていった記憶が。自分がとてつもなく淫らで、いやらしい女じゃないかと思えてくる。
 そんなことは露知らず、彼はご満悦な様子で歩いていた。
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