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その人と出会ったのは、ほんの偶然だった。
まだ私、 綿貫咲月が21才の頃。今から5年前だ。
美容専門学校を出てメイクアップアーティストの道を目指していた私は、その頃まだまだ駆け出しのアシスタントだった。
とにかく数をこなさないと生活出来ないし、毎日ヘトヘトで心が折れそうな事もあったけど、それでも目の前で美しくなって行く人を見ると心が踊った。
ある日、所属している事務所内のコンテストが行われた。
その出来次第では新たな顧客も紹介されてるとあって、皆真剣そのものだ。
もちろん私も。
その時のコンテストの内容は、全員同じモデルを使って、同じ人に写真を撮って貰ってそれを審査する、と言うものだった。
その時のモデルになったのが、今ではすっかり有名になったジェンダーレスモデルの橋本香緒さん。
そして撮影したのは、香緒さんをメインで撮っている大江希海さんだ。
コンテストには入賞しなかったものの、私は香緒さんに声をかけられて専属のヘアメイク担当になった。
「僕たちもまだまだこれからだけど、一緒にやって行けたら嬉しいな」
と、女性と見紛うような美しい顔で微笑まれ、私は2つ返事でOKした。
それから一層勉強に励んで、香緒さんがどうやったらより美しく見えるか、ずっと研究していった。
それは自分を美しくするより、何倍も楽しかった。
◆◆
「おはようございま~す」
メイク室にそう言いながら入って来たのは、いつもの仕事相手。
「おはようございます!香緒ちゃん、今日の体調は?」
「今日も絶好調だよ?さっちゃん」
あぁ。今日も綺麗だ。本当に。未だに男の人って信じられない。
今日は肩まで伸びた琥珀色の柔らかい地毛を一つに纏めている。クォーターらしくてその長い睫毛も同じ色。とにかく人形みたいな容姿でとても中性的だ。
たいして私は、ショートカットの黒髪にチビな上に貧弱な体。汚れてもいい動きやすさ重視のトレーナーにジーンズと、どちらかと言うとボーイッシュな格好だ。
「あ、結婚式ありがとう。休みの日にごめんね」
そう言って香緒ちゃんはフワリと笑う。
「こちらこそ、パーティまで参加させて貰ってありがとう」
そうなのだ。つい先日の日曜日。
香緒ちゃんは縁のある教会で、ほぼ身内と呼べる様な人だけ集めて結婚式を挙げたのだ。
もちろん極秘。相手はなんたって男の人だから。
だいぶ寛容になって来た世の中と言えど、やはり受けれない人は一定数いる訳で、ジェンダーレスモデルってだけでも変な嫌がらせを受けてしまう事はある。
もちろん私は2人のことを祝福している。相手の武琉君は私の一つ年下だけど、凄くしっかりしてそうで、凄くいいコだ。
当日、私にヘアメイクされる香緒ちゃんは何時になくソワソワしてて、心ここにあらず、って感じだった。長く一緒に仕事をしているのに、そんな香緒ちゃんを見るのは初めてで、幸せなんだなと肌で感じた。
そして、私はその顔を見て、失恋した気分になった。
本当に淡い恋心だったんだと思う。
男の人が苦手で、生まれてこの方誰とも付き合った事の無い私にとって、香緒ちゃんは一番近くにいる男の人だった。
普段はそう性別を意識する事はない。身近な男の人だから好きになったんじゃなくて、香緒ちゃんだから好きになったんだと思う。
香緒ちゃんもそうなんだと思う。
たまたま好きになった人が同性だった。それだけだと思う。
鏡の前に香緒ちゃんを座らせて、髪をとかしながら何となくぼんやりとそんな事を考えてしまった。
「そういえば今日の撮影、希海さんじゃないんだね」
一旦香緒ちゃんの軽く髪を纏めて、先にメイクに取り掛かる為準備をする。
「あ、そうなんだ。でも僕にとっては待望の撮影って感じかな?」
実は物凄く人見知りの激しい香緒ちゃんは、幼なじみの希海さん以外に撮られる日は大抵緊張している。
けど、今日は初めて撮影に入る人のはずなのに、何故か凄く嬉しそうだ。
知り合いなのかな。珍しい……
そう思っていると、控え室のドアがノックされる音が聞こえて来た。香緒ちゃんは、それに座ったまま、「はーい!どうぞ」と答えた。ドアがゆっくり開き、男の人が入って来た。
香緒ちゃんより少し背が高いかな?
清潔感のある長さの真っ直ぐな黒髪を前で自然に分けている。
年の頃は……30代の、どれくらいかよく分からない。
香緒ちゃんは振り向いてその人を確認すると、すぐに立ち上がった。
「お、香緒!久しぶり~!」
「睦月君こそ!元気だった?」
香緒ちゃんは、飛びつかんばかりにその人の元に駆け寄る。
「おー!大きくなったなー」
なんて言いながら、その人は腕を思い切り上げて香緒ちゃんの頭を撫でている。
「もー!前に会った時からそんなに変わってないよ!」
希海さんといる時とは違う、子供みたいな香緒ちゃんに驚きながら、私はメイクの用意を進める。
「あ、香緒。結婚おめでとう!せっかく招待して貰ったのに行けなくてごめんな。……ってここで言ってよかった?」
最後は私の事を気にするように、小さくそう聞こえてくる。
「ああ、大丈夫だよ。さっちゃんも来てくれてたし」
香緒ちゃんはそう言うと、「さっちゃん、紹介するよ」と私に声をかけた。私は促される様に2人の元に向かい前に立つ。
身長が152センチしかない私は、170を超えている2人を少し見上げる様になる。
「はじめまして。岡田睦月です。香緒の事はこんな小さい頃から知る仲。よろしくね」
笑うと目尻に皺が寄る人懐っこそうな顔で、自分の腰辺りに手をかざしてその人は言った。
「綿貫咲月です。香緒ちゃんのヘアメイク担当をしています」
私はそう言うと、ペコリと頭を下げた。
まだ私、 綿貫咲月が21才の頃。今から5年前だ。
美容専門学校を出てメイクアップアーティストの道を目指していた私は、その頃まだまだ駆け出しのアシスタントだった。
とにかく数をこなさないと生活出来ないし、毎日ヘトヘトで心が折れそうな事もあったけど、それでも目の前で美しくなって行く人を見ると心が踊った。
ある日、所属している事務所内のコンテストが行われた。
その出来次第では新たな顧客も紹介されてるとあって、皆真剣そのものだ。
もちろん私も。
その時のコンテストの内容は、全員同じモデルを使って、同じ人に写真を撮って貰ってそれを審査する、と言うものだった。
その時のモデルになったのが、今ではすっかり有名になったジェンダーレスモデルの橋本香緒さん。
そして撮影したのは、香緒さんをメインで撮っている大江希海さんだ。
コンテストには入賞しなかったものの、私は香緒さんに声をかけられて専属のヘアメイク担当になった。
「僕たちもまだまだこれからだけど、一緒にやって行けたら嬉しいな」
と、女性と見紛うような美しい顔で微笑まれ、私は2つ返事でOKした。
それから一層勉強に励んで、香緒さんがどうやったらより美しく見えるか、ずっと研究していった。
それは自分を美しくするより、何倍も楽しかった。
◆◆
「おはようございま~す」
メイク室にそう言いながら入って来たのは、いつもの仕事相手。
「おはようございます!香緒ちゃん、今日の体調は?」
「今日も絶好調だよ?さっちゃん」
あぁ。今日も綺麗だ。本当に。未だに男の人って信じられない。
今日は肩まで伸びた琥珀色の柔らかい地毛を一つに纏めている。クォーターらしくてその長い睫毛も同じ色。とにかく人形みたいな容姿でとても中性的だ。
たいして私は、ショートカットの黒髪にチビな上に貧弱な体。汚れてもいい動きやすさ重視のトレーナーにジーンズと、どちらかと言うとボーイッシュな格好だ。
「あ、結婚式ありがとう。休みの日にごめんね」
そう言って香緒ちゃんはフワリと笑う。
「こちらこそ、パーティまで参加させて貰ってありがとう」
そうなのだ。つい先日の日曜日。
香緒ちゃんは縁のある教会で、ほぼ身内と呼べる様な人だけ集めて結婚式を挙げたのだ。
もちろん極秘。相手はなんたって男の人だから。
だいぶ寛容になって来た世の中と言えど、やはり受けれない人は一定数いる訳で、ジェンダーレスモデルってだけでも変な嫌がらせを受けてしまう事はある。
もちろん私は2人のことを祝福している。相手の武琉君は私の一つ年下だけど、凄くしっかりしてそうで、凄くいいコだ。
当日、私にヘアメイクされる香緒ちゃんは何時になくソワソワしてて、心ここにあらず、って感じだった。長く一緒に仕事をしているのに、そんな香緒ちゃんを見るのは初めてで、幸せなんだなと肌で感じた。
そして、私はその顔を見て、失恋した気分になった。
本当に淡い恋心だったんだと思う。
男の人が苦手で、生まれてこの方誰とも付き合った事の無い私にとって、香緒ちゃんは一番近くにいる男の人だった。
普段はそう性別を意識する事はない。身近な男の人だから好きになったんじゃなくて、香緒ちゃんだから好きになったんだと思う。
香緒ちゃんもそうなんだと思う。
たまたま好きになった人が同性だった。それだけだと思う。
鏡の前に香緒ちゃんを座らせて、髪をとかしながら何となくぼんやりとそんな事を考えてしまった。
「そういえば今日の撮影、希海さんじゃないんだね」
一旦香緒ちゃんの軽く髪を纏めて、先にメイクに取り掛かる為準備をする。
「あ、そうなんだ。でも僕にとっては待望の撮影って感じかな?」
実は物凄く人見知りの激しい香緒ちゃんは、幼なじみの希海さん以外に撮られる日は大抵緊張している。
けど、今日は初めて撮影に入る人のはずなのに、何故か凄く嬉しそうだ。
知り合いなのかな。珍しい……
そう思っていると、控え室のドアがノックされる音が聞こえて来た。香緒ちゃんは、それに座ったまま、「はーい!どうぞ」と答えた。ドアがゆっくり開き、男の人が入って来た。
香緒ちゃんより少し背が高いかな?
清潔感のある長さの真っ直ぐな黒髪を前で自然に分けている。
年の頃は……30代の、どれくらいかよく分からない。
香緒ちゃんは振り向いてその人を確認すると、すぐに立ち上がった。
「お、香緒!久しぶり~!」
「睦月君こそ!元気だった?」
香緒ちゃんは、飛びつかんばかりにその人の元に駆け寄る。
「おー!大きくなったなー」
なんて言いながら、その人は腕を思い切り上げて香緒ちゃんの頭を撫でている。
「もー!前に会った時からそんなに変わってないよ!」
希海さんといる時とは違う、子供みたいな香緒ちゃんに驚きながら、私はメイクの用意を進める。
「あ、香緒。結婚おめでとう!せっかく招待して貰ったのに行けなくてごめんな。……ってここで言ってよかった?」
最後は私の事を気にするように、小さくそう聞こえてくる。
「ああ、大丈夫だよ。さっちゃんも来てくれてたし」
香緒ちゃんはそう言うと、「さっちゃん、紹介するよ」と私に声をかけた。私は促される様に2人の元に向かい前に立つ。
身長が152センチしかない私は、170を超えている2人を少し見上げる様になる。
「はじめまして。岡田睦月です。香緒の事はこんな小さい頃から知る仲。よろしくね」
笑うと目尻に皺が寄る人懐っこそうな顔で、自分の腰辺りに手をかざしてその人は言った。
「綿貫咲月です。香緒ちゃんのヘアメイク担当をしています」
私はそう言うと、ペコリと頭を下げた。
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