年上カメラマンと訳あり彼女の蜜月までー月の名前ー

玖羽 望月

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今度は私の住むマンションのすぐ前までやって来た車は、邪魔にならないように路肩に止まる。

「送っていただいてありがとうございました」

そう言って頭を下げてシートベルトを外していると「こちらこそ。お土産たくさんありがとうね」と頭上から睦月さんの声がした。
私がシートベルトを外してそのまま顔を上げると、そこにあった至近距離の睦月さんの顔と目があった。

「あ……」

思わず私はそう口に出す。
目の前にあるのはいつも笑っているその顔とは違う顔。
なんだか切ないような、今にも泣きだしそうな……そんな見た事ない表情を見せて睦月さんは、私にゆっくりと近づいてくる。
その顔から目が離せなくて、私は近づいてくるその顔をただ見上げていた。
額にかかる艶やかな黒髪に、二重の優しげな瞳の横に刻まれている笑い皺。薄い唇が何か言いたげに少し開いていくさまも。

けれど、自分の顔に睦月さんの熱を感じるくらい近づいてた時、我に返ってギュッと目を閉じてしまう。一体何をされてしまうのだろうかと。

そこで睦月さんから感じる熱はピタリと止まり、そしてスッと離れて行く気配がした。
そして不意に、目を閉じたままの私の頭を睦月さんがクシャクシャに撫でた。

「ごめんごめん。びっくりしたよね」

ははっと笑いながら、そう言う睦月さんの声は、まるで自分に言い聞かせているように聞こえた。

睦月さんはふいっと外を方を向いたかと思うとすぐに扉を開けて外へ出る。私はようやくそれに促されるように外へ出た。

「はい」

後部座から私の荷物を取り出して、睦月さんは私に差し出した。

「ありがとうございます」

そう言って受け取った自分の荷物は、いつも持っているはずなのに今は鉛を持ったように重い。まるで、私の今の心を映しているように。
その荷物を肩に担ぐと、私は睦月さんを見る事なく頭を下げてそのまま踵を返した。

さっき、睦月さんは私に何をしようとしたんだろう。そして、私はそれに過剰に反応し過ぎたのかも知れない。

自意識過剰だと思われたかな?物凄く恥ずかしい……

そんな事を思いながら足早にエントランスに向かう。
そんな私を、きっと睦月さんは見守ってくれている筈だ。車が走り出す気配が無いからそんな気がする。けど振り向けなくて、重い荷物と心を背負ったまま、私はエントランスに入りエレベーターに乗り込んだ。


「ただいま……」

暗く沈んだ声でそう言う私に、奥の部屋からかんちゃんは変わらず元気に吠えている。

玄関先に荷物を置くと、「わかったよぉ!かんちゃん!」とゲージに向かった。

ゲージを開けると、かんちゃんは真っ直ぐに私に飛びついてシッポをブンブン振りながら私の頰を舐める。

私を大好きだと言ってくれているようなその行動。

「うん。私も大好きだよ……」

そう小さく呟いて、私はかんちゃんの背中を撫でた。


モヤモヤしたまま、かんちゃんのご飯を用意して、勢いよく食べているのをぼんやり眺めていると、テーブルに置いてあるスマホが震え出した。

誰?と思いながら画面の表示を覗くと、希海さんだ。

「はい。綿貫です」
『遅くに悪いな』

希海さんがこんな時間に電話してくるのは珍しい。元々、余程でないと電話をしてくることはないから、何か急用なんだろう。

「いえ。何かありましたか?」
『綿貫に仕事の依頼があるんだが、2週間後の木曜、空いているか?』

希海さんの伝手で仕事を貰う事はあったが、2週間後というタイトな依頼は初めてかも知れない。

「確認します。待ってもらっていいですか?」
『あぁ』

その返事を聞いてから、慌てて玄関に置きっぱなしだったバッグに走り、スケジュール帳を取り出す。それを捲りながらまた電話に向かった。

「もしもし。大丈夫です。買い出しに行こうかと開けてた日です」
『そうか。悪いが受けてやってくれないか?どうしても綿貫がいいと先方が……司が言うものだから』

一瞬、耳を疑ってしまう。

希海さんが言う司とは、もちろんあの人の事だとは理解するが頭がついていかない。

「えっと……長門さんが……私に?」
『そうだ。悪いな突然。通常の撮影とは違うから少数でやりたいらしい。詳細はまたメールでいいか?』
「あ、は、はい。お願いします」
『司にもOKの返事をしておく』

ほっとしたような希海さんの柔らかい声が電話の向こうから聞こえるが、私はすでに緊張で体が固くなる。
私が無言のままでいると、少し空気が揺らぐような気配がして希海さんは続けた。

『色々心配なのは分かる。それに、司の事は睦月さんにアドバイスを貰えばいい。あの人ならなんでも知ってるはずだ』

そう言っている希海さんの声は少し笑っているように聞こえる。

「えっ!でも!」

私は戸惑ってそこで口籠る。どうしよう……私、聞こうにも睦月さんの連絡先は仕事用のメールアドレスしか知らない。それを使ってそんな個人的な事を聞いてもいいのか。

『睦月さんに……綿貫の連絡先教えてもいいか?聞いてないんだろう?』

さすがに、伊達に何年も一緒に仕事をしてきた仲じゃない。希海さんには見透かされていた。

「はい。……でも、迷惑じゃないですか?」
『そんな事はないだろう。むしろ……』

そこまで希海さんが言ったところで、希海さんを呼ぶ声が電話の向こう側で聞こえた。たぶん響君だ。

『悪い。メシが出来たみたいだ。じゃあ頼む』

私はそれに「はい」とだけ言って電話をきった。
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