年上カメラマンと訳あり彼女の蜜月までー月の名前ー

玖羽 望月

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興奮気味のはなちゃんを抱き上げたまま、睦月さんもかんちゃんの様子を見守っていた。かんちゃんは、恐る恐る睦月さんに近づくと、足元の匂いを確かめるように嗅ぎ始め、周りをグルグル回った。
そして……

「かんちゃん?」

睦月さんが、驚いたように名前を呼ぶ。
かんちゃんはさっきの、はなちゃんのように睦月さんの足に自分の脚をかけ、軽く吠えている。
でもその尻尾は、今まで睦月さんに見せたことないくらいに、嬉しそうにブンブン振っていた。
睦月さんは、はなちゃんを抱えたまましゃがみ、はなちゃんを下ろすとその膝に脚を置くかんちゃんの背中をそっと撫でていた。

「もしかして、俺のこと……認めてくれた?」

私に見せてくれるような、凄く優しい顔。そんな顔を見せる睦月さんに答えるように、かんちゃんは吠えてみせた。

「あらあら。よかったわねぇ、かんちゃん。お母さんの次はお父さんが出来たのね?」

娘さんがマッタリした雰囲気でそう言うと、はなちゃんはそちらへ駆け寄って行った。

「かんちゃん……。よかった……」

本当にホッとした。かんちゃんが認めてくれなかったら、お父さんにも認めてもらえない、それくらい重く受け止めてたから。

その場に立ち尽くしていた私の元へ、今度はかんちゃんを抱き上げた睦月さんがやって来る。
かんちゃんはその腕の中で、ハフハフ言いながら私の方を見て、そして涙を掬い取るように顔を舐め始めた。

「擽ったいよ、かんちゃん!」

泣き笑いの私に遠慮することなくかんちゃんはベロベロと私の顔を舐めて愛情表現してくれていた。
そして睦月さんは、そんな私たちにお父さんみたいな優しい眼差しを送ってくれていたのだった。


少し遠いけどせっかくだから、とサロン近くに停めた車はそのままに、私の家まで散歩しながら帰ることにした。
私は自分のスーツケースを持ち、かんちゃんのリードは睦月さんに持ってもらって。
かんちゃんは、今までの態度が嘘のように嫌がることなく睦月さんの前を歩いている。時々振り返っては、嬉しそうに吠えていた。

「本当、夢みたい。かんちゃんと散歩できる日がくるなんて」

睦月さんは大袈裟なくらい喜びながら歩いている。

「これからはいつでも一緒に散歩できますね!」
「だね。それに……これからはかんちゃんを連れて、俺の家にお泊まりできそうだね?」

ワザと私の耳元で小さく囁くように睦月さんはそう言う。
私は擽ったくて肩をすくめながら睦月さんを見上げる。

「期待……してますよね?」

顔を赤らめながら尋ねると、睦月さんはさも当たり前のように「もちろん!でも、さっちゃんの無理のない範囲でね?」と笑っていた。


◆◆


かんちゃんが睦月さんに慣れてくれたから、週末はかんちゃんを連れて睦月さんの家で過ごすようになった。

訪れるたびに、私と、そしてかんちゃんの物が増えて行く。
かんちゃんなんて、狭いうちのマンションより、1LDKだけど分譲貸だからそれなりに広い睦月さんの家のほうが、走り回れて楽しそうだった。

そうしているうちに2月となり、今度は段々と仕事のない平日も睦月さんの家で過ごすようになった。そして気がつけば、ほぼ毎日を睦月さんの家で過ごすようになったころには、3月になっていた。

「あっ。油切らしてるの忘れてた」

昨日、睦月さんと『いただき』に寄ると、竜二おじさんが『いい海老入ったんだ』と持たせてくれて、今日はそれを天ぷらにしようと張り切っていたのだけど、重要な物を買い忘れて帰って来てしまった。

「俺、買いに行ってくるよ。他にはない?」

さっき買ってきたものを冷蔵庫の前に下ろしている睦月さんに、私はそう尋ねられる。

「うーんと……、無い、と思う」
「OK!じゃ、行ってくるね!」
「ごめんなさい。早く思い出せたらよかったのに……」
「いいのいいの。すぐ帰ってくるね」

そう言って睦月さんは私の頭を撫でるとキッチンを後にしていった。

まだ時間は夕方3時を回ったところ。
本当なら、ちょっとお茶してから夕食の準備をするところだけど、睦月さんが買い物に行ってるあいだ、少しでも下拵えしておこう、と私は買ってきた材料を並べた。
キッチンの入り口には、ペットゲートに脚をかけて尻尾を振るかんちゃんの姿がある。

「あとで散歩行くから待っててね、かんちゃん」

私は顔を覗かせてかんちゃんにそう言った。

最近は日もだんだん長くなってきて、ずいぶんと寒さも和らいできたから散歩も辛くない。すっかりと睦月さんの家の近所を開拓し尽し、定番のお散歩コースもできてきた。

私が野菜を切ろうと包丁を取り出すと、玄関のインターフォンがなる。

なんだろ?

私はインターフォンに向かうと受話器を取った。睦月さんからは、『荷物とか郵便が届くことあるから、嫌じゃなかったら受け取っておいて』と言われてて、実際に何度か受け取ったことがある。

「はい」

私がそう言って出ると、しばらく無言が続き、そして恐る恐ると言った感じの女性の声がした。

「……ここって……岡田さんのお宅……ですよね?」

なんでそんなに不思議そうに尋ねるんだろう?と思いながら、私は「はい。そうですが……」と答える。
受話器の向こう側から、誰か話している気配がし、そして今度はこう聞こえてきた。

「長門だけど。睦月いねぇの?」
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