年上カメラマンと訳あり彼女の蜜月までー月の名前ー

玖羽 望月

文字の大きさ
111 / 183
29

2

しおりを挟む
先にベッドに入ってうとうとしていると、睦月さんが私を起こさないようにそっと布団に入ってくる。けど、やっぱりお父さんのことが気になっていたようで、すぐ目が覚めてしまった。

「起こしちゃった?」

私が薄目を開けたからか小さく尋ねられ、私は「ううん?」と答えて睦月さんの胸に擦り寄った。

「あったかい……」

無意識にそんな言葉が出る。いつも安心できて温かい睦月さんの腕の中。睦月さんは私を寝かしつけるように背中を撫でていた。

「……睦月さん……。手……握ってて」

むずかっている子どものように、私は目を閉じたまま呟く。
布団の中で睦月さんは私の手を探し当てると、優しく握ってくれる。

「おやすみ、さっちゃん」

穏やかな睦月さんの声を聞きながら、私の意識は遠のいていた。


目が覚めると隣に睦月さんの姿はなく、カーテンの隙間から柔らかな光が差し込んでいた。
私は起きあがってベッドサイドに置いたスマホを手に取った。寝る前までに真琴から何の連絡もなかった。私は不安になりながらも画面の通知に目をやった。

『父ちゃん、まだ目は覚ましてないけど命に別状はなさそうだって』

送られてきた時間は5時半。約2時間前だ。いつものように通知が来ない設定のままだったから気づかなかったみたいだ。

よかった……

私はスマホを抱えるように胸に納める。時間はかなり経っているし、もう目を覚ましているかも知れない。電話してみようかと思ったけど、病院内だと取れないかもと、『安心した。予定通りに帰るから。また連絡する』とだけメッセージを送った。

「そうだ。睦月さんにも言わなきゃ」

ベッドから抜け出して寝室のドアを開け廊下に出ると、ちょうどのタイミングで玄関のドアが開いた。

「おはよう、さっちゃん。朝ごはん買ってきたよ?」

かんちゃんと一緒に玄関に入ると、睦月さんは手に持っていた袋を笑顔で持ち上げて見せた。

「真琴から連絡あってね、お父さん大丈夫だって!」

顔をみたらホッとして、私は睦月さんに駆け寄ると、そう言いながらその胸に飛び込んだ。


◆◆


3月下旬の連休の真ん中。
3月と言えど、ものすごく冷え込む日もあるなか、今日の航路は穏やかで、眼下には綺麗な景色が広がっていた。

それにしても、さっきから睦月さんの様子がなんとなくおかしい。何か考え事をしているような、そんな感じだ。

「どうかしたの?」

エンジン音の響く機内の狭い座席で、睦月さんの耳元に近づくようにして私は尋ねる。

「え?あ、あぁ……」

うわの空だった睦月さんは、弾かれたように私を見るとそれだけ言った。そして、決まりの悪そうな顔をしてから口を開いた。

「ごめん。ちょっと昔のこと思い出して」
「昔?」
「うん。また……あとで話すよ」

そう言って睦月さんは、なんとなく誤魔化すように笑いを浮かべた。

変なの……

私はそんな睦月さんを眺めて心の中で呟いた。様子がおかしいと思ったのは飛行機に乗る直前だ。だから、きっとお父さんのことではないはずだ。

そんなことを思いながら、私はまた窓から外を眺めた。
シートベルトの着用サインもつき、段々と高度が下がっているのがわかる。山ばかり見えていた景色が海に変わるともう空港はすぐそこだ。私は今まで何度も見た、空の上からの地元の海に自分の左手を翳してみた。

同じだ……

白銀の土台に綺麗に埋め込まれた石は、やっぱり自分の思う海と同じ色をしていて、それだけで幸せな気分になった。

私が一生懸命外を覗き込んでいたからか、睦月さんが私のほうに体を傾けて窓の外を見る。

「本当に同じ色だね」

私の左手に自分の左手を添えて、睦月さんも私の指と海の色を比べてそう言った。

「でしょう?イメージ通りだった。睦月さん、こんな素敵なものを贈ってくれてありがとう」
「気に入って貰えてよかった。作ってくれた子もきっと喜ぶよ」
「いつか……直接お礼が言えたらいいな」

私がそう言うと、睦月さんは目を細めて微笑んだ。

「そうだね。いつか……会いにいこう」

どこに、と言われなくてもそれがどこかはわかっている。私はその場所に思いを馳せながら「うん。行こうね」と笑顔で答えた。

飛行機は定刻通りに到着し、預けた荷物もない私達はすぐに空港内を通り抜け外に出た。到着口に迎えに来ている人達の前を通り過ぎて、手配してあるレンタカーの窓口に向かいながらも、睦月さんはキョロキョロと周りを見ているようだった。

「小さくてびっくりした?」

隣に並びながら睦月さんを見上げて私は尋ねる。

「ん?そんなことないよ。ただ……」

そう言いかけてから睦月さんは言葉を止めて、「やっぱりあとにしよ」と思わせぶりに笑って見せた。

「え!気になる!」
「あとでちゃんと言うから。それより真琴君には連絡した?」

ちょっと誤魔化された気もしないでもないが、確かにまだ連絡はとってない。私が首を振ると「車の受付してくるから、さっちゃんは今のうちに真琴君に連絡しといてね」と睦月さんは笑みを浮かべてから踵を返した。

私は邪魔にならないよう隅に移動してバッグからスマホを取り出す。機内モードを解除して、メッセージアプリを立ち上げると、先に真琴からのメッセージがやってきた。

『病院来る前に連絡いれてくれよ?』

はいはい、と心の中で返事をして、私は真琴に返事を返す。

『今空港。睦月さんが車借りに行ってくれてるところ。そんなに遅くならないうちに着くと思うよ』

メッセージを送るとすぐに既読がつき、しばらくすると『話しておきたいことあるし、1階の待合にいるようにするから寄って』とやって来た。

なんだろ?話しておきたいって……と思いながら、私はOKとスタンプだけ送り返した。


「なんか……違和感ないね」

レンタルした車は、睦月さんのと色違いの同じ車種。だから、乗ってしまうといつもと同じ車の中で、違和感はない。

「乗り慣れてるのがいいかなぁって。ちょうど空いてて良かった」

そう言いながら睦月さんは、私の告げた病院をナビでセットしている。画面に表示された経路はほぼ真っ直ぐ。海沿いの幹線道路を20分ほど走れば着くはずだ。

上空から見た天気と同じ穏やかな暖かい天気のなか、車は静かに走り出した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-

プリオネ
恋愛
 せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。  ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。  恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。

おじさんは予防線にはなりません

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺はただの……ただのおじさんだ」 それは、私を完全に拒絶する言葉でした――。 4月から私が派遣された職場はとてもキラキラしたところだったけれど。 女性ばかりでギスギスしていて、上司は影が薄くて頼りにならない。 「おじさんでよかったら、いつでも相談に乗るから」 そう声をかけてくれたおじさんは唯一、頼れそうでした。 でもまさか、この人を好きになるなんて思ってもなかった。 さらにおじさんは、私の気持ちを知って遠ざける。 だから私は、私に好意を持ってくれている宗正さんと偽装恋愛することにした。 ……おじさんに、前と同じように笑いかけてほしくて。 羽坂詩乃 24歳、派遣社員 地味で堅実 真面目 一生懸命で応援してあげたくなる感じ × 池松和佳 38歳、アパレル総合商社レディースファッション部係長 気配り上手でLF部の良心 怒ると怖い 黒ラブ系眼鏡男子 ただし、既婚 × 宗正大河 28歳、アパレル総合商社LF部主任 可愛いのは実は計算? でももしかして根は真面目? ミニチュアダックス系男子 選ぶのはもちろん大河? それとも禁断の恋に手を出すの……? ****** 表紙 巴世里様 Twitter@parsley0129 ****** 毎日20:10更新

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。 専務は御曹司の元上司。 その専務が社内政争に巻き込まれ退任。 菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。 居場所がなくなった彼女は退職を希望したが 支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。 ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に 海外にいたはずの御曹司が現れて?!

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...