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「そうだ。忘れないうちに渡しておく」
テーブルに皿を置いた俺に、希海さんは封筒を差し出した。
「なんですか?」
そのまま無意識に受け取るが、結構厚みはある。
「この前のモデル料だ。お前のおかげでいいものが撮れた。クライアントの反応も良かったしな。無断で出したのは悪かった」
「そんな!俺プロでもないですし、お金なんて貰えません。ただでさえ置いてもらって助かってるのに……」
まさか全部千円札、なんて事はないだろう。封筒の厚みからいって、かなり入っていると思われる。おそらく自分が今まで受け取ったどんな金額より多いだろう。
受け取るのを躊躇している俺を見て、香緒さんが口を開いた。
「それは武琉が受け取るべき報酬だよ。それに助かってるのは美味しいものを食べさせて貰ってる僕たちの方なんだから、胸を張って受け取ればいいんだよ。ね?希海」
「そうだな」
希海さんはそう言いながらも、すでに素知らぬ顔で、チーズをつまみながらワインを楽しんでいる。
「でも……」
俺がそう言ったところで響は立ち上がり、「ったく、ウダウダうぜーっ!とっとと受け取ればいいだろ!ほらっ!」と俺から封筒を奪い取ると、俺のジーンズの後ポケットにそれをねじ込んだ。
「響も褒めてくれてたんだって?ありがとね」
香緒さんの言葉に少しバツの悪そうな顔で響はソッポを向いた。
「別にこいつの事褒めてねーし……」
「全く素直じゃないなぁ」
クスクスと香緒さんは笑っている。
「武琉?また一緒に写真撮ろうね」
そう香緒さんに、笑顔を向けられると、俺は「はい……」と言うしかなかった。
ワインの瓶が1本空いた頃、響は早々と「もう寝る~」と立ち上がる。いつもより飲んでなさそうなのに、その顔は結構ほろ酔いに見えた。
「ほら希海も帰るぞ!」
まだグラスにワインが残っているのもお構いなしに、響は希海さんの腕を引っ張っている。
「ちょっと待て」
仕方がないというような顔でそう言うと、希海さんはワインを飲み干しテーブルにグラスを置いた。
「悪いが後は頼む」
とだけ言うと響に腕を掴まれたまま立ち上がり、そのまま引きずられるように部屋から去って行った。
「香緒さんはゆっくりしてて下さい。俺は使った皿片付けるんで」
「僕も洗うの手伝うよ。その方が早いでしょ」
そう言ったかと思うと香緒さんは空いたグラスを手に立ち上がった。
「じゃあ……お願いします」
俺も他の皿を持つとキッチンへ向かった。俺は洗う方で香緒さんは流す方。2人で並んでも狭くない広さのシンクだ。
「なんかさぁ。並んで皿洗いなんて、新婚さんみたいじゃない?」
なんの前触れもなく香緒さんがそんな事を言い出してこっちを見るので、俺は一瞬むせそうになった。
「しっっ…、んこんって!」
俺の慌てぶりを楽しむかのように、悪戯っぽく香緒さんは笑っている。
「……揶揄わないで下さい」
平静な顔を必死で作りながら顔だけ向けて答えた俺に、香緒さんは「ごめんごめん」と軽く謝った。と思うと、俺の首筋を横から覗き込むように香緒さんが近づいた。
「あ。ここ、泡が飛んでる」
俺は手が泡だらけで動く事が出来ない。俺はされるがままに近付いてくる香緒さんに身を委ねた。香緒さんの体温が俺の腕に伝わったかと思うと、まだ濡れたままの指が俺の首筋を伝った。
「……っ!」
指の感触に思わずぞくっとしてしまい、俺はギュッと目を閉じた。
俺の気も知らず、香緒さんは無邪気に「取れたよ」と俺に伝えてきた。
手が泡だらけじゃなかったら、そのまま抱きしめていたかも知れない。いや、本当はこの細い身体を抱き寄せて感触をこの手で感じたい。
でも今のこの関係が壊れるのが怖くて、俺は従順なままいるしかないのだ。
「あ……りがとう、ございます」
「どういたしまして」
そうやって、これからも罪作りな笑顔を見せられるのだろうな、と俺は思った。
テーブルに皿を置いた俺に、希海さんは封筒を差し出した。
「なんですか?」
そのまま無意識に受け取るが、結構厚みはある。
「この前のモデル料だ。お前のおかげでいいものが撮れた。クライアントの反応も良かったしな。無断で出したのは悪かった」
「そんな!俺プロでもないですし、お金なんて貰えません。ただでさえ置いてもらって助かってるのに……」
まさか全部千円札、なんて事はないだろう。封筒の厚みからいって、かなり入っていると思われる。おそらく自分が今まで受け取ったどんな金額より多いだろう。
受け取るのを躊躇している俺を見て、香緒さんが口を開いた。
「それは武琉が受け取るべき報酬だよ。それに助かってるのは美味しいものを食べさせて貰ってる僕たちの方なんだから、胸を張って受け取ればいいんだよ。ね?希海」
「そうだな」
希海さんはそう言いながらも、すでに素知らぬ顔で、チーズをつまみながらワインを楽しんでいる。
「でも……」
俺がそう言ったところで響は立ち上がり、「ったく、ウダウダうぜーっ!とっとと受け取ればいいだろ!ほらっ!」と俺から封筒を奪い取ると、俺のジーンズの後ポケットにそれをねじ込んだ。
「響も褒めてくれてたんだって?ありがとね」
香緒さんの言葉に少しバツの悪そうな顔で響はソッポを向いた。
「別にこいつの事褒めてねーし……」
「全く素直じゃないなぁ」
クスクスと香緒さんは笑っている。
「武琉?また一緒に写真撮ろうね」
そう香緒さんに、笑顔を向けられると、俺は「はい……」と言うしかなかった。
ワインの瓶が1本空いた頃、響は早々と「もう寝る~」と立ち上がる。いつもより飲んでなさそうなのに、その顔は結構ほろ酔いに見えた。
「ほら希海も帰るぞ!」
まだグラスにワインが残っているのもお構いなしに、響は希海さんの腕を引っ張っている。
「ちょっと待て」
仕方がないというような顔でそう言うと、希海さんはワインを飲み干しテーブルにグラスを置いた。
「悪いが後は頼む」
とだけ言うと響に腕を掴まれたまま立ち上がり、そのまま引きずられるように部屋から去って行った。
「香緒さんはゆっくりしてて下さい。俺は使った皿片付けるんで」
「僕も洗うの手伝うよ。その方が早いでしょ」
そう言ったかと思うと香緒さんは空いたグラスを手に立ち上がった。
「じゃあ……お願いします」
俺も他の皿を持つとキッチンへ向かった。俺は洗う方で香緒さんは流す方。2人で並んでも狭くない広さのシンクだ。
「なんかさぁ。並んで皿洗いなんて、新婚さんみたいじゃない?」
なんの前触れもなく香緒さんがそんな事を言い出してこっちを見るので、俺は一瞬むせそうになった。
「しっっ…、んこんって!」
俺の慌てぶりを楽しむかのように、悪戯っぽく香緒さんは笑っている。
「……揶揄わないで下さい」
平静な顔を必死で作りながら顔だけ向けて答えた俺に、香緒さんは「ごめんごめん」と軽く謝った。と思うと、俺の首筋を横から覗き込むように香緒さんが近づいた。
「あ。ここ、泡が飛んでる」
俺は手が泡だらけで動く事が出来ない。俺はされるがままに近付いてくる香緒さんに身を委ねた。香緒さんの体温が俺の腕に伝わったかと思うと、まだ濡れたままの指が俺の首筋を伝った。
「……っ!」
指の感触に思わずぞくっとしてしまい、俺はギュッと目を閉じた。
俺の気も知らず、香緒さんは無邪気に「取れたよ」と俺に伝えてきた。
手が泡だらけじゃなかったら、そのまま抱きしめていたかも知れない。いや、本当はこの細い身体を抱き寄せて感触をこの手で感じたい。
でも今のこの関係が壊れるのが怖くて、俺は従順なままいるしかないのだ。
「あ……りがとう、ございます」
「どういたしまして」
そうやって、これからも罪作りな笑顔を見せられるのだろうな、と俺は思った。
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