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雨は一層激しく車体に叩きつけ、周りの音すらかき消していた。だが、この雨が降っているのは部分的なのか、ビルの隙間から見える遠くの空には少し青空が覗いている。車はゆっくりと曲がり、急にふっと雨音が消えると、そのまま下って行く。地下の駐車場に入って行った車は、まだ空いているスペースを通り過ぎ一番奥まったスペースに止められた。
「ここ……ですか?」
「あぁ、こっちだ」
希海さんのあとに俺は続いて、建物に入るとエレベーターに乗り込んだ。1階に着くと降りそのまま進む。かなり大きなホテルのようで、広いロビーには多くの人が行き交っていた。
「フロントに聞いて来るからここにいろ」
そう希海さんに告げられ、フロントから少し離れた場所に立った。
俺は香緒さんがいないかと、辺りを見渡した。今まで足を踏み入れた事のない場所に戸惑いながら、人の波に目を凝らしていた。宿泊客なのか、大きなトランクを持っている者、仕事で来ているらしきスーツ姿の者。その中に香緒さんの姿は見当たらなかった。
「武琉、待たせたな。司はまだ帰っていないらしい。戻ったらすぐに伝えてもらえるよう手配したから大丈夫だ」
「……はい」
落胆しているのを察したのか、希海さんは俺の頭をクシャクシャに撫でた。
「司は香緒に危害を加えたりしない。だから安心しろ」
「でも……」
「お前は香緒を信じて待っていればいい」
その言葉に俺は力を貰う。
そうだ、二度と会えなくなるわけじゃない。俺はただ、香緒さんを信じていればいいんだ。絶対に俺の元に帰って来てくれるから。
「はい。俺は香緒さんを信じます」
真っ直ぐ希海さんを見据えて俺は言う。その顔を見て、希海さんは嬉しそうに口角を上げると、「飯でも食いに行こう。腹が減っては戦は出来ぬと言うだろ?」と俺の肩を叩く。そんな希海さんの様子に、さっきまでのモヤモヤした感情も薄らいだ。
「戦、するんですか?」
俺も笑って返す。
「さすがに戦はしないな」
そう言いながら希海さんは歩き出した。
◆◆
連れてこられたのは、景色の良い鉄板焼きのレストランだった。テレビでしか見た事ないような、目の前でシェフが焼いてくれるあれだ。大きな窓の外にはビルの群れが見えて、夜景だったらさぞかし綺麗なんだろうなと思った。
「ここに来るんだったらタクシーにすれば良かったな。酒が飲めない」
希海さんがワインのリストを残念そうに眺めて呟くと、諦めたようにそれを閉じた。
「本当にお酒、好きですよね」
「そうだな。血筋かもな、母親の。父親はほとんど飲めない。そこだけは似なかった」
そこだけ、と強調したので、希海さんは父親似なんだな、と想像がつく。司さんは母親の弟って前に聞いたから、それであまり似てないのかと納得した。
「そう言えば、香緒には連絡したのか?」
「希海さんが来る前に電話したんですけど出なくって……。多分出れないんだと思います」
「そうか。とりあえず俺はお前といるとメッセージは送ってある。お前は……そうだな。何か楽しい事でも送ってやれ」
「楽しい事?」
じゃあ、と俺は目の前で焼かれている高そうなステーキを写真に納め、『希海さんが連れてきてくれました。今度は香緒さんと一緒に来たいです』と、今の気持ちを送った。すぐに既読はつかないが、そのうちきっと見てくれるのを信じて、スマホをポケットにしまった。
「ほら、食べるぞ」
希海さんに促され、俺は手を合わせた。
「いただきます」
そう言って、目の前の肉を口に放り込む。
「むちゃくちゃ美味いです…」
半ば感動しながらそう言う俺に、「なら良かった」と希海さんは目を細める。その様子を見て、本当にこの人がいてくれて良かった……と思った。
すっかり食べ終えた頃、希海さんの元にウェイターがやって来て、何か耳打ちして去っていく。
「思ったより早かったな」
そう呟くと、希海さんは立ち上がった。
「司が帰って来たぞ」
俺も「はい」と返事をして立ち上がる。
「ここ……ですか?」
「あぁ、こっちだ」
希海さんのあとに俺は続いて、建物に入るとエレベーターに乗り込んだ。1階に着くと降りそのまま進む。かなり大きなホテルのようで、広いロビーには多くの人が行き交っていた。
「フロントに聞いて来るからここにいろ」
そう希海さんに告げられ、フロントから少し離れた場所に立った。
俺は香緒さんがいないかと、辺りを見渡した。今まで足を踏み入れた事のない場所に戸惑いながら、人の波に目を凝らしていた。宿泊客なのか、大きなトランクを持っている者、仕事で来ているらしきスーツ姿の者。その中に香緒さんの姿は見当たらなかった。
「武琉、待たせたな。司はまだ帰っていないらしい。戻ったらすぐに伝えてもらえるよう手配したから大丈夫だ」
「……はい」
落胆しているのを察したのか、希海さんは俺の頭をクシャクシャに撫でた。
「司は香緒に危害を加えたりしない。だから安心しろ」
「でも……」
「お前は香緒を信じて待っていればいい」
その言葉に俺は力を貰う。
そうだ、二度と会えなくなるわけじゃない。俺はただ、香緒さんを信じていればいいんだ。絶対に俺の元に帰って来てくれるから。
「はい。俺は香緒さんを信じます」
真っ直ぐ希海さんを見据えて俺は言う。その顔を見て、希海さんは嬉しそうに口角を上げると、「飯でも食いに行こう。腹が減っては戦は出来ぬと言うだろ?」と俺の肩を叩く。そんな希海さんの様子に、さっきまでのモヤモヤした感情も薄らいだ。
「戦、するんですか?」
俺も笑って返す。
「さすがに戦はしないな」
そう言いながら希海さんは歩き出した。
◆◆
連れてこられたのは、景色の良い鉄板焼きのレストランだった。テレビでしか見た事ないような、目の前でシェフが焼いてくれるあれだ。大きな窓の外にはビルの群れが見えて、夜景だったらさぞかし綺麗なんだろうなと思った。
「ここに来るんだったらタクシーにすれば良かったな。酒が飲めない」
希海さんがワインのリストを残念そうに眺めて呟くと、諦めたようにそれを閉じた。
「本当にお酒、好きですよね」
「そうだな。血筋かもな、母親の。父親はほとんど飲めない。そこだけは似なかった」
そこだけ、と強調したので、希海さんは父親似なんだな、と想像がつく。司さんは母親の弟って前に聞いたから、それであまり似てないのかと納得した。
「そう言えば、香緒には連絡したのか?」
「希海さんが来る前に電話したんですけど出なくって……。多分出れないんだと思います」
「そうか。とりあえず俺はお前といるとメッセージは送ってある。お前は……そうだな。何か楽しい事でも送ってやれ」
「楽しい事?」
じゃあ、と俺は目の前で焼かれている高そうなステーキを写真に納め、『希海さんが連れてきてくれました。今度は香緒さんと一緒に来たいです』と、今の気持ちを送った。すぐに既読はつかないが、そのうちきっと見てくれるのを信じて、スマホをポケットにしまった。
「ほら、食べるぞ」
希海さんに促され、俺は手を合わせた。
「いただきます」
そう言って、目の前の肉を口に放り込む。
「むちゃくちゃ美味いです…」
半ば感動しながらそう言う俺に、「なら良かった」と希海さんは目を細める。その様子を見て、本当にこの人がいてくれて良かった……と思った。
すっかり食べ終えた頃、希海さんの元にウェイターがやって来て、何か耳打ちして去っていく。
「思ったより早かったな」
そう呟くと、希海さんは立ち上がった。
「司が帰って来たぞ」
俺も「はい」と返事をして立ち上がる。
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