蛇のおよずれ

深山なずな

文字の大きさ
8 / 17

第7話 意思

しおりを挟む
 なぜこんなにも突き動かされるのだろうか。

 自分でも、ここまでする理由が分からなかった。しかし、体が勝手に彼女のもとへ動く。彼女を連れて帰らなければと焦燥感が湧き起こる。なぜこんなにも、苦しいのだろう。
 新幹線の窓から眺める景色は、次第に田舎町へと変わっていった。
 2時間ほど経つと、目的の場所にたどり着いたようで、車内アナウンスが鳴り始める。ちょうど時間は朝9時前だ。調べられる時間はたくさんある。
 新幹線から降りると、すぐにムッとした暑さと共にセミたちの鳴き声が反響しているのが聞こえた。
 彼女が向かった神社は有名な観光スポットのようで、ここから電車で30分ほどのところにあるようだ。
 写真で見たところかなり田舎のようで、神社は大きな山に囲まれているらしい。俺は電車に揺られながらスマホで周辺の情報を確認する。
 十数分ほど電車に揺られていると、景色は山ばかりになった。電車の窓一面に綺麗な景色が広がっている。

 ずいぶん綺麗な場所だな……。

 写真ではなく、実際に見るその景色はとても美しいものだった。
 しばらく景色を眺めていると、目的の神社が窓から見える。とても大きな神社だ。しかし、警察が何人も来ており、異様な雰囲気を醸し出している。パトカーも数台止まっていた。
 電車を降りてすぐ、神社への道を歩いていくと、入り口前で数人の警察が俺を見て行手を阻んだ。

「一般人は立ち入り禁止ですよ」

「あの、神社へ参拝に来たのですが……」

「参拝する方はあちらからお願いします」

 指を差して裏道から神社への道を案内される。参拝客の出入りは裏口からなら許されているようだ。
 指示された裏道は、普段は閉ざされている道らしい。正面の入り口は事件の影響を受けて一時的に閉ざされているみたいだ。
 神社内へ入ると、まばらに参拝客がいた。皆事件のことを話している。

 行方不明……人攫い……

 神隠し

 そんな言葉が聞こえて来る。

 神隠しなんて、あるわけがない。
 俺は自然とそう心の中で呟くと、本殿まで行き、手を合わせる。

 紅羽さんが無事に帰って来ますように……。

 そうお願いをし、辺りを探索しようとすると、どこからかチリン、と鈴の音が聞こえてきた。
 驚いて辺りを見回したが、音の主は分からない。鈴の音は山側から聞こえて来ているようだ。

 何だろうこの音は。

 俺は突き動かされるようにその音の方へと向かう。音は近づくにつれ次第に大きくなっているようで、その音の方向へどんどん進んでいった。
 気がつくと、いつの間にか神社を抜けて密接していた山の麓まで来てしまっていたらしい。ここには警察は来ていなかった。
 音は尚も鳴り続けている。引き続き音のなる方へ向かっていった。
 山道を抜け、木々をかき分けて進む。とても急な道だった。
 しばらく進んだ頃だろうか。目の前に、古い石で象られた鳥居が現れる。

 こんな山奥にも神社が……?

 予想外のものが出現して一瞬驚いたが、鈴の音はその鳥居の奥から聞こえて来る。辺りは少し不気味な雰囲気を醸し出していた。

 行くしかない……。

 俺はその神社の鳥居をくぐった。
 途端、音が止む。辺りがシーンと静まり返り、遠くでセミたちの鳴き声が聞こえる。
 一瞬の静寂。その後、急に突風が巻き起こり、俺は反射的に目を瞑る。

「っ!」

 突風が止み、ゆっくりと目を開けると、俺を覗き込む大きな瞳と目が合った。

「うわ!」

 唐突なことに俺はその場で退けようとして、転倒する。腰を強く打ったようだ。

「痛っ」

 思わず腰を押さえる。しかし、そんなことよりも目の前のやつである。
 顔は人のように見えるが、確実に人間ではない。なぜなら、そいつの体はあまりにも小さかったからだ。まるで子猫のようなサイズのそいつは、俺が転んだことに驚くと、声を発した。

「あー、ごめんごめん。驚かすつもりは無かったんだけど」

 驚きのあまり声が出ない。これは夢なのだろうか。そいつはそう話すと俺のそばに寄ってきた。

「久しぶりだね、維頼」

「お、お前一体何なんだ? 何で俺の名前を知って……?」

「あれ、もしかして忘れてる? ひどいなぁ」

 そう言ってそいつは首を傾げると俺を訝しげに眺める。

「俺と、前にも会ったことがあるのか?」

「あるよ。何度かね」

 そう言うとそいつは俺から少し離れてどこかを見つめる。

「そうか、忘れちゃったか……。じゃああの時のことも覚えてないんだね」

「あの時……?」

 その言い回しに違和感を覚える。こいつはさっきから何の話をしているのだろうか。
 俺はようやく立ち上がると、目の前のそいつに問いかける。

「さっきから何の話をしているかわからない。あの時って何? 俺と何の関係があるの?」

 得体の知れないものと話すのは少し怖いが、何となくこいつは悪いやつではなさそうだ。俺がそう問い詰めると、そいつは退屈そうな顔をして言った。

「君と僕の関係はそんなにないよ」

「……だとしたら何で俺の名前を知ってる? 俺の前に現れた?」

そういうと、そいつはゆっくりと口を開く。

「僕はぜつ。紅姫の作り出した妖怪の1人さ」

「紅姫……?」

 聞いたことのない名前だ。だが、不思議と少し胸騒ぎがするのは気のせいだろうか。

「うん。君にはお願いがあってね。こうして現れたんだけど、記憶がないのは想定外だったな」

 記憶……。俺は何か忘れてるのか?
 俺などお構いなしにこいつ、絶は話を続ける。

「紅姫を助けてほしいんだ」

「助ける……?」

 誰かも分からない姫を俺に助けろというのか。そもそも絶の話も本当なのかすら分からない。

「誰なんだそれは。俺に何の関係が」

「君にしかできないことだよ」

 そういうと絶は真っ直ぐに俺を見つめる。真剣な眼差しに少し狼狽えた。

「君の大切な人でしょ」

「大切な、人……」

 この状況で、何となく紅羽さんが浮かぶ。もしかして、その紅姫というのは紅羽さんのことなのだろうか? だとしたら全く現実味のない話である。

「もしかして、紅羽さんのことか?」

「今はそういう名前なんだ、姫様」

 そう言うと絶はどこか納得したようにうんうんと頷く。対照的に、俺は未だ納得しきれていない。急に現れた得体もしれないやつに、人を助けてくれなんて言われても、信じる方が無理な話かもしれない。

「俺に、どうしろと?」

「君から預かってたこれ、返すよ。だから、これで悪いやつをやっつけて」

 そう言って絶が渡してきたのは紛れもなく本物の日本刀だった。
 本格的に夢でも見ているのか疑いたくなる。すんなりと手に取れるわけがない。

「本気で言ってるのか……?」

「決まってるでしょ。そもそもこれは君のものだし」

 しかも彼がいうに、これは俺のものらしい。当然こんな物騒な物を持ったこともなければ、実際に見たこともない。第一こんな物を持っていたら銃刀法違反ではないか。
 でも、彼の言う通り、その姫が紅羽さんだったら……。俺はその刀を取るかもしれない。いや、取るしかない。

「……分かった。お前の話を信じる」

悪いやつというのが何なのかは分からないが、それが紅羽さんに繋がるかもしれないのなら、俺は行くしかないのだ。
 刀を受け取ると、それはずっしりと重かった。

「ありがとう、維頼」

 そう彼は微笑みながら言うと、俺にしゃがむように促す。促されるがまましゃがむと絶は俺の肩に乗ってきた。

「じゃあ、姫様のところへ行こうか」

「え、どうやって?」

「君は目を閉じているだけでいいよ」

 彼にそう言われるがまま目を閉じる。すると先ほどのような突風が巻き起こり、俺たちを包み込む。そのまま俺の視界は真っ暗になった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...