蛇のおよずれ

深山なずな

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第13話 再生

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維頼side

 龍神に手を添えられる。振り切ろうとした時には遅かった。手を添えられた瞬間、頭の中に知らないたくさんのものたちが一度に浮かび上がってくる。知らない人の声、情景、場所。知らないはずなのに、なぜか懐かしく感じた。
 美しい鳥のさえずりの中、大きな屋敷の庭を歩く1人の男。……その男は、昔の俺だ。そんなおかしなこと、以前なら到底信じられなかった。しかし、今は違う。ここに来てからはこのような非現実的なことすら信じられるようになっていた。

「維頼様、維頼様!」

 誰かがあちらから名前を呼んでいる。俺……"私"はその声に振り返った。

「維頼様、先ほど帝より命が下りました。東の山に幽閉されている悪しき鬼女を討伐するように、と」

 東の山……。噂は予々聞いていた。そこに幽閉された鬼女が悪さをしているという。その悪行が重なり、ついに私の元まで勅命が下ったのだ。
 私は今まで数多の妖を殺してきた。その多くが鬼だ。人間に悪さをする妖たちを討伐するのが私の仕事だった。今回も鬼が相手のようだ。私は初め、その程度の気持ちで東の山へ向かった。
 ところが、山への道は相当険しかった。幽閉されている鬼女の妖力が並大抵ではなかったのだ。幾度も嵐を起こされ、歩みを邪魔される。周りの兵たちが次々に死んでいった。そんな時、私の目の前に不思議な妖が現れた。

「初めまして、維頼様」

「お前は、何者だ?」

「僕は絶。紅姫の従者だ」

 絶、と名乗ったその妖は、歳を十数えるあまりの少年のような出で立ちで、とても妖には見えなかった。周りの兵たちは絶を殺そうと刀を振るが、そいつは簡単に避けて全く当たらない。攻撃してくる様子がないと見て、私は彼と話をすることにした。

「ならば、絶よ。何故ここに来た。私たちを殺すためか?」

「違うよ、僕はね……君にお願いがあって来たんだ」

「願い、だと?」

「……紅姫を、救ってほしいんだ。姫様は、黒い影に取り憑かれている」

 彼はそう言うと、真剣に私の目を見る。嘘はついていないようだが、鬼女が悪さをしていることには変わりない。その願いを引き受けることはできなかった。

「残念だが、その願いを引き受けることは出来ない。私は帝より鬼女討伐の命を受けている。人間を傷つけてきた鬼女に情などかけてやれぬ」

「そうか、残念だよ……でも、やっぱりこの道しかないのかな」

 そう言うと彼は悲しそうな顔をして、目の前から姿を消した。私は残った兵と共に先を急いだ。
 しばらく山を登り、ようやく鬼女の住処へと辿り着く。道行く先で数々の鬼女の使い魔たちを殺した。残るは鬼女のみだろう。
 山にある屋敷に着くと、奥座敷の真ん中に鬼女が静かに座っていた。とても、静かな空気だった。私はゆっくりと刀を上げる。彼女の首を刎ねるためだ。

「何か言い残すことはあるか、鬼女よ」

 気まぐれに、そう聞いた。彼女から返ってきた言葉は思いもよらない言葉だった。

「ーー、ありがとう」

 そう言って彼女は私に微笑みかけた。その表情は、鬼とは思えないほど美しいものだった。私はそのまま彼女の首を目掛けて刀を振り下ろす。彼女の首が宙を舞った……。
 私は、討伐に成功したのだ。成功したのに……なぜだか涙が止まらなかった。あの鬼女の笑顔が頭から離れない。まるで殺されることを望んでいたように、佇んでいた彼女のことが。
 いつの間にか嵐は止んでいた。先ほどの嵐が嘘のように空は晴れ渡っていた。私は帰路に着くことになった。彼女の首を持って。討伐に成功した名誉を得て。しかし、私の心はぽっかりと穴が開いたように虚無だった。この何とも言えない気持ちは何なのだろう。
 そのとき、見覚えのある少年が私の目の前に現れた。あれは、絶と名乗っていた妖だ。鬼女の首を取り返しに来たのだろうか。

「維頼、聞いて!」

「何用だ、絶。主君の首を取り戻しに来たか」

「違う、姫様が死んでしまったことはすごく悲しい……けれど、そうではない。今すぐここから逃げて! そして、姫様の首を誰にも渡してはいけない」

「どういう意味だ……?」

「いいから、早く逃げるんだ! でないと君は……」

 突然、だった。先ほどようやく晴れたはずの空が突如再び曇りだし、雷雨が降り始めた。先ほど山を登っていたときの嵐とは様子が違う。何かとてつもなく殺気を感じて寒気がした。

「何……だ?」

 すると唐突に、周りの兵たちが死んでいく。なぜかは分からない。次々に倒れていった。私はあたりを急いで見渡す。すると、先ほどまでいた山の上の方から、1人、人間らしき者が歩いてきていた。

「お前は、何者だ?」

 問うてみたが、その者は答えない。だが、その者が近づいてくるたび、胸が苦しくなった。

「ぐっ……」

 呼吸が出来ない。息が吸えなくなってその場に倒れる。鬼女の首を思わず手から離してしまった。目の前にいた者は、ゆっくりと私の元へ近づいてくる。そして、私が倒れている目の前で止まった。

「よくもやってくれたな、人間よ」

 その男は鬼女の首を優しく拾い上げると、吐き捨てるようにそう言った。男の周りには邪悪な影が取り囲んでいる。その様子はあまりに禍々しく、決して出会ってはいけないモノなのだと理解した。しかし、理解してももう遅い。私はそのままその場で息耐えた。

***

「維頼でも、姫様を救えなかった。僕にできることは……」

「絶、お前も我の元へ来い。我は紅姫を蘇らせる。お前も主君を大切にしてきたであろう」

「僕は……行かないよ。この人間の弔いをさせてほしい」

「……そうか、勝手にしろ」

 主君の元を離れた絶は、密かに男の刀を持って、1人東の山を去っていった。

***
維頼side

 そうだ、思い出した。俺は鬼女を殺したんだ。この刀で、この手で。紅姫を……

 紅羽さんを殺したんだ。

 その場でよろける。紅羽さんの心配そうな顔が目に映った。未だに首を刎ねた感覚が手に残っている。龍神の言っていることに間違いはない。俺が殺したのだ。
 彼女を殺しておきながら、何が彼女を守る、だ。俺は取り返しのつかないことをしてしまっているのに。

「維頼くん……本当にあなたが?」

 紅羽さんの問いに俺は力なく頷く。彼女の顔を見上げることはできなかった。

「……ありがとう」

「……え?」

 その言葉はあのとき聞いた、紅姫の言葉。あのときの光景が蘇ってくる。

「ありがとう、維頼くん。あなたが……私を救ってくれたんだね」

 顔を上げると、紅羽さんは涙を流していた。その言葉に偽りはないようだった。彼女を殺したのは俺なのに、感謝の言葉を言われるなんて思ってもいないことだ。不思議と俺の目からも涙が溢れ出た。
 そうだ。俺は、彼女を助けに来たのだ。ここで泣いているわけにはいかない。あの時は彼女を助けられなかった。だから、今……紅羽さんを助けるんだ。
 俺はゆっくり立ち上がると、床に落ちている刀を拾う。そしてもう一度龍神に刀を向けた。

「紅羽さんを、解放しろ!俺はもう悩まない。今度こそ、彼女のことを救うんだ!」

「威勢の良いことだ。良いだろう、もう一度殺してやる」

 今度こそ、彼女の笑顔を見るために。
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