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第四話
しおりを挟むそれから、彼女と二人の生活が始まった。
最初は、謝る以外何も反応を示してくれなかったが、少しずつ、少しずつ、日々を追うごとに表情が出てきた。
「ミア」
「……ヒュ、ウ?」
「そう。ヒューだ」
少しだけだが、俺の名前も声を出して呼んでくれるようになった。
ただ、彼女が昔のように未来を夢見ることはない。
「どうかしたのか?」
「……」
俺が尋ねると、じっとこちらを見てくる。
この村に来て少し経つと、俺が声をかけるだけで怯えた顔を見せるようになった。
触れようとすると、ぎゅっと身体を縮こませた。
ゆっくりと、頭を優しく撫でると、いつも縮こまった身体を、緊張を解いてくれた。
ようやく、俺が触っても、声をかけても縮こまらなくなったのだ。
俺に伝わるようにとの想いを込めた目を向けてくれるようになったのだ。
さて、ミアは、何を伝えたいのだろう。
身体が痛そうな素振りも、何か異変が起きたような空気もしない。
ならきっと、いいことだったのだ。
ミアは先程起きたばかり。昨日は寝るまで一緒にいて、何も、ミアだけに起こった、俺に伝えてくるようなぐらいの幸せはなかったはずだ。
ならば、先程まで、寝て起きるまでに何かあったと見ていいだろう。
「良い夢を見た?」
ミアはこくりと頷くと、ぽつぽつと話してくれた。
「花、たくさん、ある。綺麗」
「花畑の夢を見たんだな」
俺の言葉に、こくりと頷く。
ミアが見たのは、ずっと昔に俺と2人で行った花畑のことだろう。
この村の向こうに広がる森。その森を少し入って行ったら見つかる場所だ。
色とりどりの花が、辺り一面に広がる綺麗な花畑。
勿論、王都にある王城の庭園と比べるとお粗末なものだが、それでも俺は、こっちの花畑の方が好きだった。
その花畑で、俺はミアと1つの約束をした。
ミアは覚えていないかもしれないが、俺は覚えている。
でも、その約束を叶えてほしいとは思わない。
彼女が俺を許していなくても、恨んでいても当然だと思うから。
そんな俺との約束を守る必要なんてない。
しかし、ミアも最近では、傷んだ髪も綺麗な銀髪にもどってきており、目も少しだけ優しさを取り戻したと思う。
「ヒュウと、いっしょ」
「そうか。春になったら一緒に行こう」
頭をゆっくりと撫でる。
こうして、先のことを話せるようになるのはいいことだと思う。
彼女が最初より話せるようになったばかりの時には、毎回毎回「申し訳ございません」と「死にたい」としか言ってくれなかった。
未来に、生きることに希望を持てるようになってくれて嬉しい。
「今日は、何をしようか?」
俺は、彼女から過去の話を聞いたことはない。聞こうとも思わない。
辛いことは思い出して欲しくないし、このままゆっくりと感情を取り戻してほしいから。
「出掛けてみるか?」
「……外、怖い」
「そっか。じゃあ、家の中で何かをしよう」
少しずつ、少しずつで良い。
彼女の気持ちが少しずつ戻ってきてくれたら、それ以上に嬉しいことなどない。
コンコン
扉がノックされる。
チラリと時計を見る。
この時間であれば、彼らだろう。
「ああ、客人か。会いにいくから少し出てくるよ」
「え」
「大丈夫、すぐに帰るよ」
俺を繋ぎ止めるために差し出された手を優しく握り、大丈夫だと声をかけた。
狼狽える彼女の額に、唇を落として手を振った。
俺を呼びに来た女性の方に「ミアを頼む」という意味で頭を下げて、俺は家から出て行った。
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