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第十五話
しおりを挟む例の誘拐事件が起こった、寒い冬が終わり、春になった。
冬の訪れが感じられる秋の終わり頃に約束した通り、俺はミアと、幼い頃に約束を交わした花畑にいた。
花畑に少し足を踏み入れた辺りまでミアと手を繋いでいたが、花畑を見た瞬間、彼女は少し興奮したのだろう。俺の手を離して花畑の中心に小走りで行った。
真ん中あたりでクルリと俺の方に向き直って満面の笑みで笑う。
「ヒュウ、花が綺麗ね。ものすごく咲き誇ってる!」
「ああ、ミアが綺麗だ」
俺の言葉に照れて顔が赤く染まる彼女は可愛らしい。
「そうじゃなくて、花が!」
「分かってるって」
それでも、この花畑の中で一番美しいのはミアだった。
彼女は、未来を見るようになって、この村に関わることだけ言うようになった。
彼女を連れて行こうとする者は、村全体で阻止しているし、俺も容赦しない。
ミアは『リズのお土産にする!』と意気込んで、ミアらしいセンスでリズに贈るための花束を作るために花を摘んでいたが、ふと思い出したかのように俺の元に来て尋ねた。
「そう言えば、この前にヒュウ宛に手紙が来てなかった?」
「ん? あ~、どうでも良いから捨てた」
手紙の内容は、クーデターが成功したこと、ミアを担ぎ上げようとしたこと、ミアが置かれていた状況と助けることができなかったことを謝罪するだけの事務報告のようなものだった。
あとは、俺に王都の騎士団の団長をしてくれないかという願い。
勿論、丁寧にお断りしておいた。
「そっか。あのね、ヒュウの黒い髪、夜みたいで好きだし、その赤い瞳も、宝石みたいで綺麗だからね」
「いきなりどうした?」
「ん~、何となく?」
「そっか、ありがと」
そんなこと言ったら、俺だってミアの雪のような銀髪だって、月のような金色の瞳だって大好きだ。
「そういえば、ヒュウって黒騎士様なんだってね」
「誰から聞いた?」
「マーク達。誇らしげに話してくれた」
幼馴染には言っていなかった内緒話がバレてしまった。
「……内緒だからな」
「うん」
最悪最強の黒騎士様。隣国からしたら災厄でしかないだろうに。
数年前、隣国との戦争が起こり、俺は兵士として出兵した。
「その渾名あんまり好きじゃないんだ」
隣国の奴らは、俺がいるだけで恐怖するから。
その証拠に、王位簒奪戦争中のこの国に攻めてくる輩はいなかったし、あっちで広まっている俺の渾名は『悪魔騎士』だ。
隣国にとって、俺という存在はそこまで忌避するものらしい。
「かっこいいのに」
「はいはい。ほら、せっかく来たんだから楽しもう?」
少し拗ねている彼女の方へ、風が勢いよく吹いた。
花々は揺れて、花びらを散らす。
ミアの銀色の髪が靡く。
「好きだ、ミア。愛している」
花畑の中で1人立つミアを見ていたら伝えなければという想いに駆られた。
このままだったら、ミアが風と共に、花が散るようにいなくなってしまうと思ってしまった。
俺の言葉を聞いたミアは、一瞬だけぽかんとしてふわりと笑った。
「私も、ヒュウのこと大好きで、愛してるから!」
そう俺に告げたミアは、恥ずかしくなったのか、先程まで摘んでいた花で顔を隠して花畑の奥に駆けて行ってしまった。
そして、ミアがこの花畑に来た理由を見つけたらしい、彼女は笑顔で、俺に大きく手を振った。
「ヒュウ! こっち来て!」
「ああ、今行く」
笑みを浮かべ、幸せそうな彼女は知らなくて良い。
この村が、君を囲い守る鳥籠だなんて。
君を守るために、村の皆は尽くしているだなんて。
君が幸せであるなら、皆、喜んでこの鳥籠の中で笑うから。
だから、どうか、この村の闇に気付かずに笑っていてくれ。
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