ひきこもりでも恋をしたい

あき

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第2話 同じ回線の相棒

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返信は、一息のあとに落とした。

「文字だけなら、大丈夫です」

送信の青い矢印が、ゆっくりと空へ飛んでいく。
胸の奥で、何かが着地した音がした。

すぐに返ってくる。

「ありがとうございます。
今夜、二十二時から一戦どうですか。
短いモードで。
部屋を立てます」

時計を見る。
二一:三二。
あと二十八分。

準備、というほどでもないけれど、儀式はいる。
デスクの表面をハンカチで拭き、キーボードの角度を整える。
イヤホンは挿さない。
今日はまだ、文字だけ。

PCを起動。
「スターシェルター」のタイトル画面。
青い廃墟の向こうに、人工のオーロラが揺れている。
ログイン音が、神社の鈴みたいに胸を撫でる。

メッセージがポップする。

「部屋できました。
ルーム名【s-iro】、鍵は【aoi】です」

“iro”。
いろ。
隣。

手が少し震える。
でも、震えたまま打てる。
震えたままでも、文字は曲がらない。

ルームに入る。
入室音が、小鳥みたいに鳴く。
プレイヤーは二人。
彼女のアバターは、救護員。
白い腕章と、丸いヘッドライト。
俺は、整備士。
配線を繋ぎ、壊れた端末を直す役だ。

チャット欄が点いた。
画面右下の小窓に、細い文字が灯る。

「いろ:よろしくお願いします」

「くろ:よろしく」

自分のハンドルネームが、画面に現れる。
いつもの“隠れ方”が、今日は少し違う意味を持つ。

手短に打ち合わせ。
目的地は、旧ドーム区画。
資源の枯渇が早く、連携しないと詰むマップ。

「いろ:私、医療。
くろさん、配線お願いします」

「くろ:了解。
北面センサーから先に行く。
ドア二枚先、敵多め」

「いろ:ついていきます」

出発。
廃墟の廊下に、血の気の少ない光が延びる。
ゲームの中だと、廊下が怖くないのが不思議だ。
ミニマップの点滅が、正しい。
ルールが、そこにある。

最初の曲がり角。
足音マーカーが四つ。
敵AIの巡回パターンは、前回のパッチから少し変わっている。
角を覗くふりをして、誘導ビーコンを投げる。
足音が流れていく。

「くろ:今」

「いろ:はい」

二人で駆け抜ける。
小さな成功が、指先の温度を上げる。

北面センサー室。
パネルが火花を散らしている。
整備士のUIが開く。
緑、赤、黄。
赤の線が一本、規格違いで浮いている。

切って、繋ぐ。
手順どおり。
手順に強いのは、こういう時のためだ。

背後で、いろのアバターが屈む。
救護員のスキルで、俺のシールド耐久を上げてくれる。

「いろ:が、頑張ってください」

「くろ:噛んでる」

「いろ:う、打ち間違えました」

画面のこちらで、笑っている自分に気づく。
こんなに簡単に笑えるのが、少し不思議だ。

センサー復旧。
室内が青く安定する。
成功のチャイムが、胸骨を軽く叩く。

「くろ:南面に移動。
廊下、巡回三。
止まったらスモーク」

「いろ:了解」

移動。
角の先から、突然の警報。
NPCのドローンが、ランダム湧き。
ノイズが視界に走る。

心臓が跳ねる。
けれど、跳ねたままでも手順は守れる。
スモークを投げ、壁に背をつける。
チャットに短い文字を落とす。

「くろ:下がって」

「いろ:うしろ、セーフです」

泡のように膨らむ音。
スモークの中を二人で抜ける。
モニターの前で、肺が仕事を忘れないように、意識して息を吐く。

南面センサー室。
今度はパネルが二枚。
どちらから手を付けるかで、敵配置が変わる。
パッチノートの細部を思い出す。
右のパネルを先に直すと、左のドアが開く。

「くろ:右から」

「いろ:はい」

直す。
開く音。
想定どおりに敵が溢れる。
でも、スモークのクールダウンはまだ。

「くろ:引く」

「いろ:回復投げます」

グレネードの円が、足元で花開く。
白い霧が、ダメージを緩和する。
画面の中で、俺たちは下がり、また前へ出る。
少しずつ削り、少しずつ進む。
現実の廊下ではできなかったことが、ここではできる。

最後のコア室。
二人でパネルに手を当てる。
同期バーが伸びる。
百パーセントの手前で止まる。
敵の足音。

「くろ:あと3秒」

「いろ:守ります」

カウントの間、俺は息を止めた。
バーが満ちる。
クリア音が鳴る。
画面の上に、白い文字が現れる。

《シェルター延命:72時間》

同時に、チャット欄に花火スタンプ。
いろが打ったのだろう。
画面の隅で、小さな花火が何度も開く。

「くろ:おつかれ」

「いろ:おつかれさまでした。
ありがとうございました」

短い達成感が、椅子の背中まで染みてくる。
肩が、思っていたより軽い。

リザルト画面。
“最も多くの故障を修復”のバッジが付く。
俺のアバターの横に、小さく“整備王”と出る。

「いろ:その称号、似合いますね」

「くろ:ダサい」

「いろ:ふふ」

たぶん、画面の向こうで笑っている。
その想像が、怖くない。
むしろ、少し嬉しい。

二戦目は、短い訓練モード。
失敗しても、何も失わない。
いろの提案で、敵をあえて少し増やす設定にした。
難易度の上げ方が、優しい。

二戦目も終えて、時計は二三:一〇。
彼女は夜勤前だと言っていた。
そろそろ切り上げた方がいい。

「いろ:今日はここまでにします。
無理しないでと言ったので」

「くろ:助かる」

「いろ:……それと」

次の文が、少しだけ遅れて落ちてくる。

「いろ:通話のこと、焦らなくて大丈夫です。
ボイスは、停電の日の練習に取っておきましょう」

停電の日。
第1話で出てきた、謎めいた言い回し。
壁越しに声が届く、あの夜のことなのか。
意味を測りかねたまま、俺は頷く代わりに文字を打つ。

「くろ:了解。
その日までに、文字を速くする」

「いろ:じゃあ私は、噛まない練習をします」

「くろ:文字で噛むのは難しい」

「いろ:い、今も噛みました」

モニターの前で、小さく笑う。
笑ったあとで、胸の奥が少しだけ痛む。
この笑いを、声で共有する日が来たら。
その想像が、怖さよりもあたたかさを連れてくる。

ログアウトの前、彼女から一行。

「いろ:おやすみなさい。
お仕事、無理しないで」

「くろ:おやすみ」

ゲームを閉じると、部屋の暗さが戻る。
でも、完全な暗さではない。
モニターの余熱みたいな明るさが、視界に残っている。

机の角に置いた、砂糖の包み紙。
昨日、誰かがドアの隙間に残していった飴。
透明な包みの中で、光が固まっている。

俺は、ゆっくり立ち上がる。
玄関の方を振り向く。
敷居の手前で、足を止める。
越えなくていい夜だ。
越えないで、何かが進んだ夜だ。

明日のチェックリストを一行だけ書く。
「二十二時にログイン、訓練一戦」
今日の一歩に、印をつける。

ベッドに横になると、天井の四角がぼやける。
目を閉じる直前、共用アプリの通知が一度だけ震えた。

「いろ:また明日」

短い四文字が、胸に灯りを置いていった。

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