ひきこもりでも恋をしたい

あき

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第33話 停車中のドア 五秒 v0.1

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朝、付箋に太字で書く。
「停車中のドア 五秒 v0.1」

下に小さく、手順を並べる。
「黄色い線の“外側”で止まる(列に入らない)」。
「開く音→音×2→余白“半呼吸”=約五秒」。
「視線=線→角→手→縫い目(ドア窓や顔には置かない)」。
「撤退=成功」。

いろからメッセージ。

「いろ:おはようございます。
“停車中のドア 五秒 v0.1.1”送ります」

箇条書きが落ちる。

「・時間:十四時二十五分(人流薄)
・場所:端寄りの車両、二両連結の境目付近
・立ち方:黄色い線の“外側”、肩を斜めに(通路確保)
・視線の置き場:線→柱の角→自分の手→靴の縫い目
・“置かない”:人の顔/ドア窓の中/車内広告
・音:ドア開扉の“プシュー”→空調の吹き返し→足音一つ
・余白:半呼吸で終える
・想定問答:『お並びですか?』→首“横”一回(できたら小声で『どうぞ』は次段)
・撤退条件:駅員の笛/強風(前髪が額に貼り付く)/列の密度↑/撮影
・撤退=成功
・ごほうび:レモンアイス or 麦茶
・条約案:第13条“流れを優先、言葉は後”」

仕様書は、今日も優しい。
“言葉は後”。
順番が決まると、喉の緊張は居場所を見つける。

「くろ:承認。
ごほうびはレモンアイス」

「いろ:了解。
屋外は安全形、呼称は“さん”で」

昼、仕事。
UIテストの票を三件。
「戻るスワイプの幅が画面Jだけ広い」
「保存トーストの影が他より1段濃い」
「フォームのエラー赤がブランド赤とズレ」
数字と線を整えると、胸の速度も一段整う。

十四時二十分。
のど飴を一つ。
口の形だけで「す」「う」「は」。
声は出さない。
形だけ。

黄色い付箋に「OK」。
ドアの下に滑らせる。
丸い字の「OK」が返る。
約束の矢印。

明るい“ガチャ”。
非常灯の緑。
廊下→エレベーター。
鏡は“置かない”。
床→手→数字。
一階へ。

裏道。
風は右から。
前髪→袖→いろはさんの肩布。
三点の矢印が揃う。
肩の盾が、風と視線を切り分ける角度を作る。

ホーム。
停車中の列車。
黄色い線が波のように続き、足元の境界をやわらかく強調する。
端寄り、二両の境目付近。
柱の角が、視線の置き場に向いている。

「いろ:ここが“外側”。
“線→角→手→縫い目”。
“顔と窓には置かない”。
笛が来たら“×”です」

「くろ:了解」

線に平行に体を置く。
“入らない”。
否定形は、境界の手すり。
肩を斜め。
通路を確保。

ドアのランプが緑。
次の瞬間、“プシュー”。
開扉の息。
一つ目。

空調の吹き返しが、低く胸を撫でる。
二つ目。

足音が一つ、規則正しく近づく。
三つ目。

半呼吸。
吸って。
吐く。
ここで終える。

「いろ:……五秒、成功」

「くろ:うん」

視界の端で、ショルダーの小さなレンズが揺れる。
若い二人。
列の端を斜めに切り取る。
心拍が跳ねる。
蛇口は閉じたまま。
線→角→手→縫い目。
置き場を回す。
いろはさんの肩が半歩、レンズと直角を作る角度にずれる。
盾は、今日も仕事をする。

「いろ:退路A=柱の影→裏道。
“撤退=成功”」

頷いて、半歩。
線から角へ寄り、裏道の向きに体を切る。
そのとき、斜め後ろから声。

「お並びですか?」

胸の奥が一度だけ強く脈打つ。
想定問答。
首を、横に一回。
ゆっくり。
喉が、ほんの少しだけ開く。
――言えるか。
「ど……」
音になりかけた“ど”が、舌先で丸く止まる。
条約第13条。
“流れを優先、言葉は後”。
首横で足りる。
彼は軽く会釈して列へ吸い込まれた。
流れが、俺の前をやさしく通過していく。

「いろ:今の“首横”、満点です。
“ど”は次のごほうびに取っておきましょう」

「くろ:……うん」

二本目に挑むかを胸で測る。
列の密度は薄い。
風は穏やか。
駅員の笛はない。

「くろ:もう一回、五秒だけ」

「いろ:OK。
“線→角→手→縫い目”、同じ順番で」

“プシュー”。
空調。
足音。
半呼吸。
終える。
戻る。
柱の影へ。

「くろ:二回」

「いろ:大成功。
“同じ順番で終える”は強さです」

影からホームを離れ、裏道へ。
白線→根元→肩。
エントランス。
鏡は“置かない”。
床→手→数字。
エレベーター。
背を壁へ。
数字が上がり、心拍は下がる。

自分のフロア。
明るい“ガチャ”。
入る。
閉める。
扉に背中。

スマホ。

「くろ:今日の一歩“停車中のドア 五秒 v0.1(×なし/首横/2回)”成功」

すぐに、飴と絆創膏と花。
花の横に、小さな“ドアの縁”のスタンプ。
今日の匂いの記録。

「いろ:ごほうび、レモンアイスをドア下に」

紙がするり。
冷たさが掌に落ちる。
冷たさは、声の出口を滑らせる。

共同チェックリストに入力。
右端の星が、また一つ灯る。
星は線になり、線は道になる。

少し間を置いて、彼女から。

「いろ:時系列の波紋、穏やか。
“鍵”は閉まったまま。
“ありがとう”のDMが一通」

「くろ:『ありがとうございます』で受け取って終えた」

「いろ:完璧。
条約第13条、正式採択します」

「くろ:流れを優先、言葉は後」

「いろ:はい。
次の案です」

提案が落ちる。

「いろ:A.“停車中のドア 十秒 v0.2(『どうぞ』小声=任意/“言えなければ首横”)
B.“ホームの端 三歩 v0.2(停車中のみ/時計の角一回)
C.“改札の外側 15秒 v0.2(駅名看板の角一回・人流多なら撤退)」

十秒。
“ど”の続き。
胸が、提案の形を確かめる。
怖い。
でも、“任意”。
条約が肩を叩く。

「くろ:Aを候補。
混んでいたらBへ」

「いろ:了解。
今日は屋内で“名前の練習”を一回だけ」

喉にレモンの冷たさ。
滑りやすい。

「……いろは」

糸みたいに細い声。
でも、切れない。

「透」

呼び捨ての余白が、部屋の空気を一度だけ丸くする。
丸くなった場所に、ドアの“プシュー”が小さく沈む。
開く音は、敵ではない。
流れの始まりの合図だ。

机の端の付箋に一行。
「停車中のドア 五秒 v0.1――完了」
飴と絆創膏と花の横に、細い縦線を描く。
ドアの縁。
縁は、戻る場所。
戻る場所があれば、見ても怖くない。

夜、短い訓練を一戦だけ。
角の手前で、いろが打つ。

「いろ:肩」

現実と同じ。
置き場が整えば、敵は薄い。
北面センサー。
赤の線。
切って、繋ぐ。
“回して、止めて、戻す”。
今日の“戻す”は、ここでも主役。

終盤、“扉”ギミックが開く音を立て、敵が流れ込む。
光が目を引く。
線→角→手→ミニマップ。
“戻す”。
スモークで通路を確保。
撤退=成功。
胸の角が、また一つ丸くなる。

クリア。
《シェルター延命:96時間》
花火スタンプ。
整備王。
ダサい。
でも、少し誇らしい。

ログアウトの前、彼女が小さく噛んで、整える。

「いろ:……おやすみ、透」

「おやすみ、いろは」

扉の木目が、背中で小さく頷く。
木は冷たいのに、頷ける。
人も、似ている。

目を閉じる。
線→角→手→縫い目。
“プシュー→空調→足音→半呼吸”。
五秒の梯子が、まぶたの裏で静かに並ぶ。
明日は“ど”の続き。
言葉は後、流れの中で。
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