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山賊討伐
4 王女迫撃
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戦場を離脱した時点では六名いたノアの護衛は、ノア自身の発案により、途中で二手に分かれて行動していた。リースベットの戦闘能力を目の当たりにして、多少の数的有利がさしたる意味を持たないことは、皆が納得するところだった。生きてヘルストランドにたどり着くものの数を僅かでも増やすための、苦肉の策である。
「山賊どもめ、いつか必ず隊長の敵を討つぞ……」
「それも生きてこそだ。今は先を急ごう」
秩序立った行動を採ってはいるが、やはり兵たちの内心は激発寸前だ。ブリクスト特別奇襲隊は大規模な戦争とは異なった戦場で、数々の困難な作戦や不条理な状況を切り抜けてきた、家族も同然の集団である。
隊長の技量だけでなく人格の高潔さも、部隊の紐帯をより強固にしてきた一因だった。
「今日中には着きそうもないな」
西の山稜に近づきつつある太陽を眺めながら、ノアが言った。険しい表情のネルソン副隊長が応じる。
「はい。夜通し歩いても明日の朝でしょうが、あいにく松明がありません」
「仮にあっても、追われる身では使うわけにはゆかないだろう」
「月明かりが味方してくれればよいのですが……」
「それどころか雨さえ来そうな雲行きです」
「リードホルムの夜は冷える。明朝から動くとしたら、どこか寒さをしのげる場所を探さなくてはな」
そうした野営については、ブリクスト特別奇襲隊は熟練者揃いだった。
彼らの部隊は三年前まで森林警備隊といい、ヘルストランド周辺の広大な森林地帯の調査や警備にあたっていたのだ。その業務だけでは効用が小さいことから隊長が任務の拡張・改変を提案し、ノアの口添えも手伝って組織改編が実現した。
「我らが付いていながら、このような事態に若様を晒してしまい……」
「気に病むな。そもそも出陣を承諾したのは私自身だ。もっとも、ブリクストと訓練を共にしていなければ、私はもう少し早い時点で音を上げていたかも知れないが……」
戦いに散った隊長を想い、命運を共にする四人は押し黙って道なき道を進んだ。
「ビョルクが戻りません」
部下からの報告を受けたネルソンの表情が険しさを増す。
ノアたちは空模様の怪しさから夜間の移動を諦め、洞穴なり巨木のうろなり、風雨をしのげる場所を交代で休憩しながら探していた。
「……争ったような物音は、誰か聞いたか?」
ノアの問いを受けた二人が首を横に振る。
「ビョルクに限って、足を滑らせて谷底に落ちた、などということは考えにくいが……」
「では、我らは極めてまずい状況にある、と考えるほうがよさそうだな」
「動きましょう。猶予はなりません」
ネルソンとノアが剣を手に立ち上がると、頭上で木の葉がざわめいた。ネルソンが顔を上げると、何かが風切り音を上げて空を切る。ククリナイフが下弦の弧を描くように飛翔し、報告をした兵の背中を貫いた。怪鳥のような悲鳴がアカマツの葉を揺らす。
「木の上か?!」
「ネルソン、反対側からだ! あのナイフは何かで繋がっている」
「察しがいいな、若様!」
リースベットの投げたククリナイフは、紐が伸びきったあと木の枝を支点にして向きを変え、飛来した方向とは逆の死角から兵士を襲ったのだ。
ネルソンはナイフを引き抜き、満身の力を込めて革紐を引いた。紐が掛かっていた枝が折れ、ナイフの持ち主が姿を表す。落下の勢いに任せて繰り出されるリースベットの斬撃を、ネルソンは剣とナイフを交差して受け止める。
「若様、お逃げを!」
「ネルソン、この状況ならば」
「二人ならこのあたしに勝てるって? 面白え」
ネルソンの把持するナイフの革紐は、リースベットの左腕に付けた腕輪に繋がれている。度々見せた超人的な跳躍や疾駆を大きく制限できており、数の上でも圧倒的に有利なはずだ。
「この女の力を見たでしょう! 俺が時間を稼ぎますから、どうか! 騎士の死よりも王の生を!」
「ゴチャゴチャぬかすな!」
ノアに返答する間も与えずリースベットが間合いを詰め、空中で螺旋状に旋回しながら横薙ぎに斬りつけた。ネルソンに攻撃の意志があれば致命傷になっていただろうが、もとより時間稼ぎのため防御に徹している。斜めに構えた剣で受け流し、次の攻撃に備えた刹那、意志とは無関係に視界が天を仰いだ。着地と同時にリースベットは身体を伏せ、稲穂を刈る鎌のように脚を回転させてネルソンの踵を薙ぎ払ったのだ。地面に背中を強打し息が詰まる。身を起こして反撃するよりも早く、リースベットが剣を叩き落とした。
「このククリナイフは結構な業物なんでな。てめえの墓石にするにゃ、ちょっと惜しいんだよ」
「賊め……」
ネルソンの首に刃先を突きつけ、リースベットが問う。
「あの若様、何者だ? ずいぶん大事にしてるじゃねえか。身なりもご立派だ」
「問われて、親切に答えると思うか」
「……てめえらはどいつもこいつも口が堅くていけねえ。まあその沈黙が、半分答えでもあるがな」
邪鬼のような笑みを浮かべながら、リースベットがオスカを振りかぶる。見事に磨かれた刀身が陽光を反射し、閃光を放った。
林道での戦いは終息し、両勢力は撤退の途上にあった。ティーサンリード側の死者は二人だけだが、負傷者はその十倍に達した。彼らは互いに肩を貸しながら、ラルセン山岳部にある根城へと歩みを進めている。
浅黒い肌に黒髪の男、バックマンが山賊の一人に声をかけた。戦場でリースベットに命を救われた男だ。
「ヘッグ、あんた頭領と話してたよな。どこに行ったか聞いてるか?」
「無事だったかい、副長。頭領なら、馬車から逃げた連中を一人で追ってったよ。まだ戻ってねえのか?」
「……ちょっと欲をかきすぎだな」
バックマンは、ゆるくカールしたおさまりの悪い黒髪を掻きむしった。
「まず誤算があったからな。あそこまで手強い連中だと知ってりゃ、もう少しやりようはあっただろ」
「その負け分取り返すために、ヤケになって突っ込んでんじゃなきゃいいが」
「意外とそういうとこあるからな、頭領」
「そうでなきゃ、鉱夫崩れの山賊団がここまでデカくはならんさ」
ティーサンリードの隆盛は、リースベット個人の働きに因るところが大きい。
「……いつもなら頭領のボウズに500クローナも賭けるとこだが」
「ああ。今はそんな気分じゃねえな」
今回の戦いは被害が大きく、負傷ばかりか戦死者まで出ている。バックマンは懐の小さな革袋を握り、死者への手向けに買う酒の銘柄を考えていた。
リースベットがティーサンリードと名付けた山賊団は、構成員の半数が元ラルセン鉱山の労働者だった。
国内の貧困層や少数の移民を中心に過酷な鉱山労働に従事していたが、二年前に鉄鉱石が払底して閉山すると、リードホルム王はノルドグレーンへの出向を王命した。好況に沸く彼の国ではあるが、リードホルム出身労働者の地位はほぼ奴隷と言ってよいものだ。
ハンマーやつるはしを手に蜂起した労働者たちに、流浪の野盗だったリースベットやバックマンらが合流し、またたく間に周辺国を悩ます一大勢力へと変貌したのだった。
彼らが拠点としているのは、かつて採掘坑だった山中のトンネルだ。前歴から土木工事に長けたものが多く、出入り口の場所を変え、坑道を整備して生活の場としていた。現在の総員は五十名を超え、表社会から排除された流れ者たちが随時加わり続けている。
むろん誰でも加入できるわけではなく、血気盛んな者ほどリースベットによる手痛い通過儀礼が課されていた。
西陽に赤らむ山道をゆっくりと進む葬列の最後尾に、顔と左腕を血に汚れた帆布で巻いた男が連なっている。彼の顔を知るものは列の中に一人としていなかったが、血と疲労にあえぐ者たちの誰も、気に留めてはいない。
「山賊どもめ、いつか必ず隊長の敵を討つぞ……」
「それも生きてこそだ。今は先を急ごう」
秩序立った行動を採ってはいるが、やはり兵たちの内心は激発寸前だ。ブリクスト特別奇襲隊は大規模な戦争とは異なった戦場で、数々の困難な作戦や不条理な状況を切り抜けてきた、家族も同然の集団である。
隊長の技量だけでなく人格の高潔さも、部隊の紐帯をより強固にしてきた一因だった。
「今日中には着きそうもないな」
西の山稜に近づきつつある太陽を眺めながら、ノアが言った。険しい表情のネルソン副隊長が応じる。
「はい。夜通し歩いても明日の朝でしょうが、あいにく松明がありません」
「仮にあっても、追われる身では使うわけにはゆかないだろう」
「月明かりが味方してくれればよいのですが……」
「それどころか雨さえ来そうな雲行きです」
「リードホルムの夜は冷える。明朝から動くとしたら、どこか寒さをしのげる場所を探さなくてはな」
そうした野営については、ブリクスト特別奇襲隊は熟練者揃いだった。
彼らの部隊は三年前まで森林警備隊といい、ヘルストランド周辺の広大な森林地帯の調査や警備にあたっていたのだ。その業務だけでは効用が小さいことから隊長が任務の拡張・改変を提案し、ノアの口添えも手伝って組織改編が実現した。
「我らが付いていながら、このような事態に若様を晒してしまい……」
「気に病むな。そもそも出陣を承諾したのは私自身だ。もっとも、ブリクストと訓練を共にしていなければ、私はもう少し早い時点で音を上げていたかも知れないが……」
戦いに散った隊長を想い、命運を共にする四人は押し黙って道なき道を進んだ。
「ビョルクが戻りません」
部下からの報告を受けたネルソンの表情が険しさを増す。
ノアたちは空模様の怪しさから夜間の移動を諦め、洞穴なり巨木のうろなり、風雨をしのげる場所を交代で休憩しながら探していた。
「……争ったような物音は、誰か聞いたか?」
ノアの問いを受けた二人が首を横に振る。
「ビョルクに限って、足を滑らせて谷底に落ちた、などということは考えにくいが……」
「では、我らは極めてまずい状況にある、と考えるほうがよさそうだな」
「動きましょう。猶予はなりません」
ネルソンとノアが剣を手に立ち上がると、頭上で木の葉がざわめいた。ネルソンが顔を上げると、何かが風切り音を上げて空を切る。ククリナイフが下弦の弧を描くように飛翔し、報告をした兵の背中を貫いた。怪鳥のような悲鳴がアカマツの葉を揺らす。
「木の上か?!」
「ネルソン、反対側からだ! あのナイフは何かで繋がっている」
「察しがいいな、若様!」
リースベットの投げたククリナイフは、紐が伸びきったあと木の枝を支点にして向きを変え、飛来した方向とは逆の死角から兵士を襲ったのだ。
ネルソンはナイフを引き抜き、満身の力を込めて革紐を引いた。紐が掛かっていた枝が折れ、ナイフの持ち主が姿を表す。落下の勢いに任せて繰り出されるリースベットの斬撃を、ネルソンは剣とナイフを交差して受け止める。
「若様、お逃げを!」
「ネルソン、この状況ならば」
「二人ならこのあたしに勝てるって? 面白え」
ネルソンの把持するナイフの革紐は、リースベットの左腕に付けた腕輪に繋がれている。度々見せた超人的な跳躍や疾駆を大きく制限できており、数の上でも圧倒的に有利なはずだ。
「この女の力を見たでしょう! 俺が時間を稼ぎますから、どうか! 騎士の死よりも王の生を!」
「ゴチャゴチャぬかすな!」
ノアに返答する間も与えずリースベットが間合いを詰め、空中で螺旋状に旋回しながら横薙ぎに斬りつけた。ネルソンに攻撃の意志があれば致命傷になっていただろうが、もとより時間稼ぎのため防御に徹している。斜めに構えた剣で受け流し、次の攻撃に備えた刹那、意志とは無関係に視界が天を仰いだ。着地と同時にリースベットは身体を伏せ、稲穂を刈る鎌のように脚を回転させてネルソンの踵を薙ぎ払ったのだ。地面に背中を強打し息が詰まる。身を起こして反撃するよりも早く、リースベットが剣を叩き落とした。
「このククリナイフは結構な業物なんでな。てめえの墓石にするにゃ、ちょっと惜しいんだよ」
「賊め……」
ネルソンの首に刃先を突きつけ、リースベットが問う。
「あの若様、何者だ? ずいぶん大事にしてるじゃねえか。身なりもご立派だ」
「問われて、親切に答えると思うか」
「……てめえらはどいつもこいつも口が堅くていけねえ。まあその沈黙が、半分答えでもあるがな」
邪鬼のような笑みを浮かべながら、リースベットがオスカを振りかぶる。見事に磨かれた刀身が陽光を反射し、閃光を放った。
林道での戦いは終息し、両勢力は撤退の途上にあった。ティーサンリード側の死者は二人だけだが、負傷者はその十倍に達した。彼らは互いに肩を貸しながら、ラルセン山岳部にある根城へと歩みを進めている。
浅黒い肌に黒髪の男、バックマンが山賊の一人に声をかけた。戦場でリースベットに命を救われた男だ。
「ヘッグ、あんた頭領と話してたよな。どこに行ったか聞いてるか?」
「無事だったかい、副長。頭領なら、馬車から逃げた連中を一人で追ってったよ。まだ戻ってねえのか?」
「……ちょっと欲をかきすぎだな」
バックマンは、ゆるくカールしたおさまりの悪い黒髪を掻きむしった。
「まず誤算があったからな。あそこまで手強い連中だと知ってりゃ、もう少しやりようはあっただろ」
「その負け分取り返すために、ヤケになって突っ込んでんじゃなきゃいいが」
「意外とそういうとこあるからな、頭領」
「そうでなきゃ、鉱夫崩れの山賊団がここまでデカくはならんさ」
ティーサンリードの隆盛は、リースベット個人の働きに因るところが大きい。
「……いつもなら頭領のボウズに500クローナも賭けるとこだが」
「ああ。今はそんな気分じゃねえな」
今回の戦いは被害が大きく、負傷ばかりか戦死者まで出ている。バックマンは懐の小さな革袋を握り、死者への手向けに買う酒の銘柄を考えていた。
リースベットがティーサンリードと名付けた山賊団は、構成員の半数が元ラルセン鉱山の労働者だった。
国内の貧困層や少数の移民を中心に過酷な鉱山労働に従事していたが、二年前に鉄鉱石が払底して閉山すると、リードホルム王はノルドグレーンへの出向を王命した。好況に沸く彼の国ではあるが、リードホルム出身労働者の地位はほぼ奴隷と言ってよいものだ。
ハンマーやつるはしを手に蜂起した労働者たちに、流浪の野盗だったリースベットやバックマンらが合流し、またたく間に周辺国を悩ます一大勢力へと変貌したのだった。
彼らが拠点としているのは、かつて採掘坑だった山中のトンネルだ。前歴から土木工事に長けたものが多く、出入り口の場所を変え、坑道を整備して生活の場としていた。現在の総員は五十名を超え、表社会から排除された流れ者たちが随時加わり続けている。
むろん誰でも加入できるわけではなく、血気盛んな者ほどリースベットによる手痛い通過儀礼が課されていた。
西陽に赤らむ山道をゆっくりと進む葬列の最後尾に、顔と左腕を血に汚れた帆布で巻いた男が連なっている。彼の顔を知るものは列の中に一人としていなかったが、血と疲労にあえぐ者たちの誰も、気に留めてはいない。
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