山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

文字の大きさ
13 / 247
風のオーロラ

4 陰の契約書

しおりを挟む
 アウロラ・シェルヴェンとフェーブロム事務官を乗せた馬車が停止したのは、薄茶色の壁に規則正しく釣鐘型の窓が並んだ四階建ての建物の前だった。入口の上部にはノルドグレーンの旗が掲げられており、閉じられた扉の両側には歩哨ほしょうが二人立っている。誰もが自由に出入りできる施設ではないようだ。
「着いたぞ。ここがノルドグレーン内務省ベステルオース本部だ。お前がここに入るのは、おそらく今日が最初で最後だろう」
「そう願いたいわ。好きこのんで来たわけじゃない」
「これから、ここの副総監に会ってもらう。失礼のないようにな」
「……無駄なこと言ってるって気付かない?」
「口先まで達者な奴だ……」
 アウロラとフェーブロム、護衛についてきた兵士二人が馬車から降りる。扉を抜けるとすぐ登り階段になっており、二階に上がると、濃淡の異なる石で幾何学きかがく模様が描かれた廊下が左右に伸びている。一度歩いただけでは覚えられそうにない入り組んだ通路を進み、四人は四階の奥まった場所にあるドアの前までやってきた。
 フェーブロム事務官がドアをノックする。
「フェーブロムです。例の人物を連れてきました」
「お入りなさい」
 ドアを開けると、書架しょかが並んだ白壁の室内には二人の人物が座っていた。
「あら、汚らしい盗賊なのかと思ったら、可愛い女の子じゃない。あなた名前は?」
 ノルドグレーンでは珍しい黒檀こくたんのデスクに肘を乗せた女が、アウロラを見て物珍しそうに声を上げた。金髪を短めにまとめた女はアウロラの母親と同年輩のようで、にこやかな表情からは、表面上は敵愾てきがい心は微塵みじんも感じ取れない。アウロラは僅かな気恥ずかしさを覚えつつ問いに答えた。
「アウロラ……シェルヴェン」
「私はエディット・フォーゲルクロウ。この建物の副総監……早い話が二番目に偉い人。そちらはフレドリクソン外務次官。今回あなたに仕事を頼みたいという依頼人よ」
「外務省のダン・フレドリクソンだ」
 長机にあわせて設えられた椅子に脚を組んで座っていた白髪まじりの男が、素っ気なく自己紹介する。これまで全く縁のなかった政治世界の住人が次々に登場し、アウロラは内心で戸惑っていた。
「客人に飲み物を出すように伝えて。シナモンロールもね」
 部屋を出ようとするフェーブロムをフォーゲルクロウ副総監が呼び止めて指示を出し、部下は一礼して退室した。
「立ったままでいないで、そこにお掛けなさい」
 アウロラは無言のまま、勧められたとおりフレドリクソン外務次官の向かい側の椅子に座った。
「警戒しているか、まあ当然だな。話はどこまで通っているかな?」
「……家と仕事がもらえる、ってだけ」
「彼には詳しい内容まで伝えていないわ」
「いいだろう。その内容を話すために、ここに来ているのだからな」
 フレドリクソンは長机の上にあるグラスの液体を一口あおり、話を続ける。
「まず最初に確認しておく。シェルヴェンと言ったか……お前は、リーパーだな?」
「……おそらく」
「そうでなかったら、こんな小さな女の子が、兵士相手に大立ち回りなんてできないでしょうね」
 能力について聞かれるであろうことは、アウロラ自身も予測していた。法を破り続ける泥棒をゆるすばかりか、まともな仕事と家まで用立てる代価が、安穏あんのんなものであるはずがない。
 ドアがノックされ、どうぞ、とフォーゲルクロウが呼び入れる。エプロン姿の召使いがアウロラの前に銅のグラスと木の器を置き、すぐに退室した。
 グラスにはりんご酒シードル、器には渦巻き型の焼き菓子が四つ入っている。すぐに手を出すのはなんとなく負けのような気がして、アウロラはそれらをしばらく我慢した。
「毒なんか入っていないわ。仕事を頼む相手に一服盛ってどうするの」
 見るとフォーゲルクロウのデスクにも同じ形の焼き菓子があり、彼女は横を向いてそれをひとつ口に入れた。クリスピーな小気味の良い咀嚼そしゃく音とシナモンの香りが漂ってくる。
「……リーパーでなければ頼む価値もないからな。まずは一安心だ。さて」
「何をさせようっての?」
「最近、リードホルム軍と山賊の間で小競り合いがあったことは知っているか?」
 アウロラは首を横に振る。日々を生きることで精一杯で、そんなことには興味も示していなかった。
「知るわけないじゃないの。他所の国のことなんて、ねえ」
 フォーゲルクロウはフレドリクソンの物言いを責めるように、アウロラに笑いかけた。
「……討伐に出たリードホルム軍は敗れたそうだ。その山賊があちらの国の中でだけ悪さをしているなら、我々がどうこうする問題ではない。だが、我が国に届けられる物資が、狙ったように頻繁ひんぱんに強奪されていてな。こうなると看過しがたい」
「なんでもリードホルム軍は、生え抜きの精鋭部隊が山賊に負けたことをずいぶん気にしているらしいわね。あの国の軍は強い……ということになっているから」
「じっさい、その特別奇襲隊というのは、我が国の軍部省も存在を警戒しているほどの部隊だったそうだ。だがどういうわけか、たかが山賊に敗北した」
「たかが山賊、じゃなかったということかしらね」
「どうやら主な原因は、その山賊団の首領にあったようだ。女の身でありながら悪漢どもをまとめ上げ、自身でも熟練の兵を次々と倒していったという。その女山賊はリーパーだった、という報告が上がっている」
「あの国はリーパーをずいぶん優遇しているらしいけど、山賊にもなるのねえ」
 話を聞きながら、アウロラはグラスのシードルをひとくち飲んだ。味は薄く、酸味を抑えた軽めのシードルだった。これから押し付けられる任務の重さとは対極である。
「……私に、その首領を倒させようっての?」
「察しが良いわね」
「リードホルムにはまだ、宮廷直属の近衛兵がいる。あれならばおそらく遅れはとらんのだろうが……」
「リーパーだけで編成されたという部隊ね。不気味で不愉快な存在だこと」
「あいつらが……」
 アウロラは時の黎明館ツー・グリーニンにいた、リードホルム軍の礼装に身を包んだ酔漢たちのことを思い出した。あの全員がリーパーの力を持っているのであれば、おそらく他の国にとっては多大な脅威となるだろう。アウロラの腕をねじりあげた男が、たしかに言っていた。――我々は力を持っている、神に選ばれた、と。
「リードホルムは近衛兵を動かしたがらない。実情はどうであれ、外面的には『たかが山賊』だからな」
「万が一負けてしまったら、軍事強国の名折れだものねえ」
「そこで我々が、ひとつ次善の策を考案したわけだ。リンデスゴートンを荒らし回っている、恐るべき力を持った盗賊の話を聞いてな」
「……盗賊と山賊が潰し合ってくれれば、あんたたちは二つの厄介ごとを同時に処理できる、ってわけね」
「否定はしないわ。一挙両得いっきょりょうとくを狙った計画だものね。共倒れになるかどうかは、あなた次第よ」
 アウロラは人差指と親指を口に当て、計画の成否それぞれの場合について考えを巡らせた。
「……もし私が失敗したら?」
「危険な任務だからな。その時は、お前の仲間の命は保証しよう」
「わかった。もし成功したら、それから後は私たちにいっさい関与しないで」
「我々も、非合法な行いを大手を振ってできるような身分ではない。だからこそこうして、人払いをして話しているのだからな。ことが露見ろけんせぬためにも、こちらから積極的に没交渉とするだろう」
「……約束。もし破ったらあんたの白髪が、私みたいな赤毛になるからね」
みたいに凄んでも駄目よ。あなたが誰一人として殺してないことは調査済み」
「……そこまで知ってるのね」
「負傷者についての情報は当然集めるわ。全員があなたに蹴飛ばされたか、その鎚鉾メイスによる打撲傷。こちらとしては感謝すべきだし、称賛しょうさんすべき規範意識と技量だけれど」
「今回ばかりは、一度その主義を曲げてもらうことになる。ソレンスタム孤児院にいたなら、字は書けるな?」
 フレドリクソンは長机の端にあった紙を裏返し、羽ペンとともにアウロラに差し出した。
「契約書というのではない、おおやけにできん任務だからな。計画を知る幾人かに話を通すための、稟議りんぎ書というやつだ。そこに自分の名前を書け」
 アウロラはようやくフードをおろし、燃える夕陽のような赤毛をあらわにする。指示された箇所にサインすると、フレドリクソンがすぐに紙を円筒状に丸めて紐でくくった。
「よし。詳しい日取りが決まったら連絡する。それまでにいろ」
「わかった。これで終わり?」
 アウロラたちの現在の家とは、閉鎖された修道院の納屋のことである。彼女が椅子から立ち上がると、フォーゲルクロウが机を指先で軽く叩いた。
「そうそうアウロラさん、今日った物はここに置いていきなさいね。代わりに食べ物でも毛布でも届けるから」
「任務の間ことも心配は無用だ。こちらで面倒を見る。移動を含めて、最低でも十二日はかかるだろうしな……お前の脚ならもっと早いのかも知れんが」
「……待って。私が任務に行ってる間、あの子達も連れて行く。ことが済むまで近くの街の宿にでも預ける。そのくらいのお金は出してよ」
「信用されていないようね……まあ無理もないわね。好きになさいな」
 フォーゲルクロウはそう言いながら、引き出しから一枚の小さなリネンを取り出してアウロラに手渡した。
「食べないなら持って帰りなさい。ちょうど人数分あるんじゃないの?」
 アウロラは木の器に残った四つのシナモンロールをリネンに包み、リンデスゴートンで盗んだ飾り輪サークレットと引き換えに懐へと仕舞った。

「あの子の新居? 内務省が用意するべきものじゃないわ。空き家でも何でもいいけど、誰が産業省に頭を下げに行くのかしら?」
 アウロラが馬車でリンデスゴートンの屋台広場まで送られたあと、残った二人の役人は残務の押し付け合いをしていた。
「……その件は外務省で処理しよう」
「そう願いたいわね。あの子を捕まえてここに連れてくる内務省の仕事は、つつがなく済んだのだから。どう考えても、この計画で一番の難題だったはずよ」
「これでリードホルムからの貢ぎ物が届くようになるのだ。産業省も断りはすまい。恨まれて頭を叩き割られてはたまらんからな」
 長机の上に残された空のグラスと器を眺めながら、わずかに左目だけをしかめ、呟くようにフォーゲルクロウが問いかける。
「……あなたたち、本当にこの仕事だけであの子を、リーパーを手放すつもり?」
「私はそれで構わんがね。遠くシャーロッテンベリあたりの公邸掃除の仕事でも用意して、一生平穏に過ごしてくれるならば、それでいいだろう。そう思わん輩もいるだろうがな……」
「そう。それと……」
 フォーゲルクロウは顎に親指を当てて言いよどみ、不敵な笑みを浮かべてフレドリクソンを見やった。先程までの憂いを含んだ表情とは打って変わり、やり手の商売人の顔になっている。売りつける商品の質には自信があるようだ。
「軍部省の動向よ。聞きたいかしら?」
「この件について嗅ぎつけたのか」
「外務省だけに手柄を独り占めさせたくないものねえ」
「うむ……分かった。ゲッダ長官に、次期総監候補としての口添えを頼むのでどうだ。ヤルマション内務長官とは同窓らしいからな」
 フォーゲルクロウは満足げな顔で、ゆっくりと頷いた。取引成立のようだ。
「連中、この件に噛んで部隊を動かそうとしているそうよ。出せるとしたらリードホルムの奴隷部隊あたりかしらね」
「部隊を出させるだと?! それでは暗殺にならんではないか。数をたのんだところで有利になる戦場でもなかろうに……軍部省の連中はどれほど強欲なのだ」
「代価として得るリードホルム領内の通過権を、自分たちで勝ち取ったことにしたいようね。まあ、それを外務省だけの手柄として誇示されたくない気持ちも分かるわ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...