山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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風のオーロラ

5 奴隷部隊

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 ラルセン山中のアカマツに囲まれた山道を、アウロラ・シェルヴェンはリードホルムの軍人に先導されて進んでいた。
 当地に蟠踞ばんきょする山賊の居場所を知らないアウロラの案内役を務めるその男は、立ち居振る舞いが古風で実直な印象の武人で、名をトマス・ブリクストといった。場所の情報じたいはブリクスト麾下きかの兵士たちに共有されているが、実際にその目で確かめた者はまだ彼一人しかおらず、道案内を下命されたのだった。
 二人の背後にはリードホルム・ノルドグレーン連合部隊――通称“奴隷部隊”の兵士たちが百名以上、雑然とした列をなして続いている。
「私一人で暗殺するっていう話だったのに、なんであの人たちついてくるのさ」
「正確なところは分からぬが、おそらく彼の国の政治的要因……端的たんてきに言えば役人同士の足の引っ張り合いだろうな」
「……バカじゃないのかしら」
「当事者たちはそれぞれの持ち場で理にかなった判断をしながら、総体として見ると愚行としか言いようのない状況を作り上げることがある。他山の石としたいところだが、我らはそもそも政治家ではないな」
 ブリクストは快活に笑い、先の戦闘後に自分でつけた目印を探しながら歩を進める。
「まあ、このような状況であれば、いっそ持久戦に持ち込むほうがよかろう」
「ジキュウセン?」
「そう。こちらからは戦いを仕掛けず、相手が食料の不足で衰弱することを目的とするのだ。奴らも先の戦で損耗そんもうしている。数で勝る相手に挑みたくはなかろう」
「山賊が立てもるとして、何日待てばいいの?」
「それは分からん。奴らの備蓄次第だが、食物は時間が経てば腐る」
「塩漬けとか穀物は長持ちするじゃない」
「塩漬けだけでは腹を満たせるほどは食えん、必ず穀物や水が必要だ。長い目で見れば、病気を防ぐために野菜もな。水は保存の利く穀物の調理にも必要だな。もっとも、奴らが地下の水脈を見つけていたり、私が知っている以外に出入り口を持っているならば話は別だが……」
 集団での戦闘など想像もしていなかったアウロラは、腕組みをして考え込んでしまった。彼女が指揮を任されているわけではないのだが、我が事として背負い込んでしまうのは、ソレンスタム孤児院での生活を通して身に宿した気質だった。
「待つのはいいけど、なにか区切りとかないですか?」
「事前に戦を予期しているのでない限り、七日分も溜め込んでいることはなかろう。そのあたりを分水嶺ぶんすいれいと見てよいだろう」
「七日か……長いけど仕方ないか。死人なんて出ないほうがいいに決まってる」
「そこから先は、また違った判断が必要だがな」
「……どういうこと?」
「早い話がこん比べだ。奴らの補給能力と、わが国がどれほどこの作戦に資源を注ぎ込めるか、という戦いになる」
「……何だか、そっちのほうが不安だわ」
「それには私も同意する」
 ありふれた日常会話のように戦術について話し合うブリクストとアウロラは、外見上も実年齢も親子のようだ。その二人に背後から駆け寄り、異議を投げかける者があった。
「おいてめえら、二人だけで何でもかんでも決めるんじゃねえ」
 その、アウロラの頭が肩より下に来るほど長身の男は、リードホルム・ノルドグレーン連合部隊の隊長、エンゲルブレクト・セーデルクヴィストだった。あらゆるものが長いため、彼を嫌う者たちからは“つなひも野郎”と陰であだ名されている。
「この部隊の隊長は俺だぞ。山賊ども片付けるために、わざわざ百人以上連れて出張でばってきてんだよ」
「今回の場合、残念だが頭数あたまかずそのものにはあまり優位性がない。だから持久戦に持ち込もうと言っていたのだ」
「たかが山賊に負けた隊長さんのお考えは、じつに参考になるな」
 悪意に満ちたセーデルクヴィストの皮肉を軽蔑けいべつの眼光だけで受け流し、ブリクストは諄々とつとつと説き続ける。
「……相手が騎士の決闘よろしく打って出てきてくれるならばよいが、拠点としている洞穴ほらあなに籠もられたなら、貴官はどう戦う? 中に入って戦えるのは、通路の広さから言って一度に二、三人がせいぜいだ。何百人いようと、他はすべて遊兵ゆうへいとなるのだぞ。数的優位などあって無いようなものだ」
「……こっちはこっちで、やらなきゃならねえ理由があるんだよ」
「なればこその持久戦だ。食料がなくなれば、奴らも出てくるしかないだろう。奴らがまったくの無警戒ならば、突入して血路が開けることもあるかも知れないが……ひと月前に一戦交えたばかりだ。襲撃に備えて監視を強化していても不思議はない」
 セーデルクヴィストは聞こえるように舌打ちをした。ブリクストに対する有効な反論が思いつかなかったようだ。
「そもそも私一人でいいのに」
「おい小娘、だいたいなんで、てめえみてえなのが先陣切って歩いてやがんだ? そんなで何ができるってんだ」
「やめておけ。この子は」
「ああそう、じゃあ何ができるか見せてあげるわよ」
 ブリクストが警告を終えるよりも早くアウロラが動き、セーデルクヴィストの背後に回って後頭部を鎚鉾メイスで軽く小突いた。ブリクストさえ、その動きは目で追うこともできなかった。周囲に耳鳴りのような音が満ちている。
「てめえいつの間に」
「こっちよ」
 アウロラは刹那せつなの間にセーデルクヴィストの前面に移動し、今度は胸に鎚鉾を突きつけていた。綱ひも野郎は驚きのあまり、声を上げることさえ忘れたようだ。
「なるほど、こんな任を受けるだけのことはある。鎚鉾でなく剣だったら、貴官はすでに二度死んでいたな」
「……勝手にしやがれ」
 投げやりな捨て台詞を残し、セーデルクヴィストはすごすごと部隊に戻っていった。
「大したものだ。その動き、あの女山賊よりも上だろうな」
「でもブリクストさんも、山賊の親玉と戦って生きてるじゃない。もう一度戦ったら勝てない?」
「いや、生きてはいるが完全に私の敗北だった。運良く命までは取られなかったがな。それに今は、その戦いで受けた傷のおかげで左腕がほとんど動かん」
「そうなの……私は、本当に勝てるのかな」
 セーデルクヴィストに対する勝ち気な態度とは打って変わり、アウロラは不安感をあらわにする。これはブリクストの年長者らしい落ち着いた振る舞いが引き出した、十四歳の少女としては当たり前の心情だった。
「君ならばあるいは、とは思う。……だが、その武器ではいささか心許ないな。あちらは両手に二本の大鉈おおなたを持っているぞ」
「これは……いいの。刃物が必要になったら山賊から借りるわ」
 ――私にはできる。今はそう思うしかない。三人の家族と自分のためという義務感で、アウロラは恐怖心を胸底むなぞこに抑え込んだ。そのために時の黎明館ツー・グリーニンから逃げ出してきたのであり、もとより戻り道はない。
「……この辺りだな」
 ブリクストがアカマツの根元の雑草をかき分けると、樹皮には小さな傷がつけられていた。
「この傷をたどれば、山賊団の拠点にたどり着く。場所を確認したら部隊は一旦退いて、入り口の様子を見たほうがいいだろう。セーデルクヴィスト隊長、監視を数人出せるか? 二人ずつ三交代で見張りたい」
「構わねえよ」
「こちらに気付いていなければ、出入りする者の姿は必ずあるだろう。奴らにも生活はあるのだからな」
「待っても出てこなかったら?」
「気付かれている、と考えたほうがよいだろう」
「そうなったら持久戦ね。いっそ降伏でもしてくれればいいんだけど」
「ま、そうなりゃ苦労はねえわな」
「ここから少し降りれば、野営できる場所がある。川も近いから水にも困らんだろう」
 結局ほとんどの段取りをブリクストが定めてしまった。不満げなセーデルクヴィスト隊長も、指示が的確なだけに従わざるを得ないようだ。――この人の指示がなかったら、いったいどんな戦いになっていただろう。アウロラは起こり得たかも知れない惨状を想像し、空恐ろしさを覚えた。

 野営地に陣を設営しながら、セーデルクヴィストが部下に今後の方針を指示している。当初の予定からは変更となったが、隊員たちは任務の長期化にもかかわらず好意的に受け入れたようだ。
「戦わないで済むなら、ありがてえことだ」
「生きて帰れば、ベステルオースで商売する権利がもらえる。そうすりゃこんな生活ともおさらばだ」
 ――この人たちは私と同じだ。あいつらのやり方は、いつだってこうなんだ。
 アウロラはここに至って、彼らが何を求めて兵役に就いているのかを知った。貧しく困窮した者たちに餌をちらつかせ、誰もやりたがらない不愉快な仕事を押し付ける。その仕事は彼ら自身の生活のためのものでなく、ごく僅かな者が住む楽園を支える人身御供ひとみごくうに等しい。
 ブリクストが連合部隊の前に立ち、兵士たちに向けて別れの挨拶をしている。彼の任務は、本来は道案内だけと規定されていたようだ。
「すまないが、私の役目はここまでだ。本来なら加勢すべきところだが、われわれ特別奇襲隊はどうやら戦ってはいけないらしい。おそらく両国間の取り決めでな」
「本当にバカらしいことね」
「補給については、こちらで具申しておこう。持久戦を提案したのは私だからな」
「……そいつは頼むぜ。せいぜい三日分しか食料は持ってきてねえんだからよ」
「約束しよう。貴官らの武運を祈る」
 堂々とした態度で敬礼し、ブリクストはヘルストランドへと帰っていった。
 アウロラは大きな陣幕を一枚借り、何を思ったかリスのように木を駆け登った。二本の太い幹に陣幕を渡し、きつく結んだ上から杭を打ち付けて固定する。それは樹上に設けられた、彼女専用の空中ベッドだった。
 見ず知らずの大人たちに囲まれた状況で眠るのは不安があるし、何よりセーデルクヴィストが信用ならない。――あの無駄に長い腕でも届かない場所に、休める場所を造らなきゃ。

「……まったく、リーパーだからとて、あんな年端もゆかぬ子供を戦場に送るとは……あれで福音の国をうたうノルドグレーンというのも、大した面の皮ですな」
「所詮、と言ってしまっては我が身が恥ずかしいが、そんなものだ。……裏はどうあれ、表向きは綺麗事に基いて物事が進められているぶん、我が国よりは正常と言えよう。彼の国では少なくとも、大手を振っての非人情はできないそうだからな」
 奇妙な混成部隊の水先案内を終えて帰還したブリクストは、さっそく事の次第についてノア第二王子の私室へと報告に上がった。彼らがアウグスティン第一王子をないがしろにしていることは、もはや公然の事実となりつつある。
「この件について、ミュルダール軍務長官が激怒しておったそうですが……何か無茶な要求でもされましたかな」
「あるいは、長官が激怒するような取引を、父上なりエイデシュテットなりが勝手に約束してしまったか……」
「もしそうであれば、軍務長官をこちら側につける好機ともなりえましょう」
賎陋せんろうなやり口とそしられるだろうが、それでも味方は増やすべきだろうな……」
 ノアは手を組んでうつむき、深く思い悩んでいるようだった。視線はテーブルの地図に向いているが、その瞳には何も映っていない。――この不道徳を謗る者について、彼は具体的に、ある人の顔を思い浮かべていた。
「その……子供というのは、力は確かなのか?」
「あの、アウロラという少女ですか?」
「ああ。……ノルドグレーンの肝いりである以上、素人ということはないのだろうけど」
「小官の見る限り、はやさにおいてはあの女山賊よりも上でしょう。当人も自信はあるようですが、しかし戦慣れしている風ではありませんでした。あるいはその点で、差が出るかも知れません」
「そうか……」
「ひどい話ですな。戦場に立たされる子供を値踏みするなど」
「すまない。嫌な話をさせた」
「どうかお気になさらず。……軍人の私が言うのもおかしな気はしますが、我らは、恐ろしく醜穢しゅうわいな世界を生きているのかも知れませんな」
「そうだな。まったく……度しがたい」
 ノアの胸に去来していたのは、なき妹の姿だった。戦いに臨む少女の話を聞いてもなお肉親の情にほだされるおのれの心を、彼は度しがたいとわらった。
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