山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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絶望の檻

11 闇に紛れて 2

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 二人の山賊が城塞じょうさいを越えた頃、ヘルストランド城の西門近くに建つエイデシュテット宰相の邸宅には、顔なじみの来客が訪れていた。彼はいつものように地下室最奥部の小部屋に通され、ノルドグレーン産のビールでささやかにもてなされている。
「……街明かりがほぼ見えませんでした。着くまでずいぶん肝が冷えましたぞ」
「そうなのだ。おかげで我が家の警護が少々不安でな、衛兵を増やしたところよ」
「ずいぶん公共費を切り詰めておいでのようだ」
「そのぶん、計画は首尾しゅびよく進んでおる。向こう一年以内には、具体的な軍事行動が起こせるであろう」
 民衆の困窮こんきゅうを招いているはずの事態を前に、それに対処すべき立場の宰相は他人事のように嗤笑こうしょうしてビールを口にした。楽しげなエイデシュテットに向き合って座るエンロートは、その様子を眉一つ動かさずに眺めている。
「計画に遅滞はない。ハッセルブラード局長にはそのように伝えていただきたい。だが……」
「なにか問題でも?」
「事ここに至ってはもはや些事さじではあるが、水路の輸送に変えた交易のほうが思わしくない」
「ほう、船が……」
 交易とは名ばかりのリードホルムからノルドグレーンへの貢物みつぎものは、陸路での輸送をリースベットたちにさんざん略奪された挙げ句、リラ川を船で下る水路に変更されていた。だがそれさえ、一度として貢物は無事に届いていない。
「逃げ帰った者の言によると、山賊どもは浅瀬で座礁した船を狙ってきたという。そこまで浅い川ではなかったはずだが……」
「……難儀なんぎなものですな」
 輸送手段が水路に変わることをリースベットに伝え、失敗の一端を担っているエンロートだが、平然と知らぬ顔をしている。ティーサンリード山賊団はリラ川の最も水深の浅い場所の川底に石を積み上げ、船が座礁しやすいよう工事を行ったのだ。
「そう、その山賊、リースベットという名の者がいるそうです」
「山賊の名など……リースベットだと?!」
「……行商の者からそう聞きました」
「馬鹿な……! いや、確かに死体を見た者はいない。だが同名ということも……」
 バックマンの唇の動きを呼んで知った名だが、エンロートは情報の入手先については嘘をついた。
 輸送の失敗もさして気に留めている様子でなかったエイデシュテットが、明らかに色を失って独り言をつぶやいている。

 四年前の春、ある日とつぜん姿をくらませたリースベット王女に対し、長兄アウグスティン王子は追手を差し向けるよう密命した。その任についたのは、野盗の仕業に見せかけて殺害するよう命令を受けた暗殺者の集団だ。部隊は三ヶ月以上国内を探し回ったが、行方はようとして知れず、捜索は一旦打ち切られた。
 事態が急変したのはその数カ月後で、リースベットと侍従のモニカ・コールバリがカッセル王国近くのイェネストレームの街で目撃された、という情報が密使から届けられた。
 ふたたび暗殺部隊が組織され二人の住居を襲撃したが、部隊は戻らなかったという。後の報告では、建物内には襲撃部隊とモニカの死体が残されていたがリースベットのものは見当たらず、事態はアウグスティンとその側近のみで内々に処理された。

「田舎町であれば問題なかろうと事を荒立てたのが裏目に出たか……あの臆病者め」
「いかがなさいました?」
「い、いや、こちらの話だ。そちらから、何か伝令は?」
「今回は特にありません」
「では、今日はここまでとしよう。手土産にビールはいるかね?」
「いえ、結構。……それよりも、もし面倒がなければ、明日の朝まで栗毛をうまやで預かっていただけないだろうか。馬だけでよいのです」
「何じゃ、そのようなことであれば一向に構わぬが」
「この治安状態では、安宿の厩にジェンティアナを繋いでおくのは不安でして。エイデシュテット閣下の邸宅ならば、賊もそう易々と手は出しますまい」
「まあそうであろうな。相変わらず己よりも馬か……」
 エンロートはそう言いながら、帰路でまたティーサンリード山賊団に呼び止められた時のことを考えていた。彼がリースベットの名を知っていることに、リースベットたちは気付いていない。――ならば、このエイデシュテットの狼狽ろうばいについても、話すべきではないだろう。
「……リースベットの肖像画がどこかにあったな。それとなく討伐隊の者に確認させてみようか……たしか戦って生還した者がいたはずだ」
 エンロートが地下の部屋を辞した後も、エイデシュテットはぶつぶつと独り言をつぶやいているようだった。
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