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落日の序曲
15 道標 2
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「当然カッセル側のほうがあの像を神聖視して有難がってるんだが、リードホルムは自分らが建てたもんだからって所有権を主張してる」
「なるほどね」
「……ここまでが歴史的経緯だ。これは正直どうでもいい」
「え?」
「今あそこで起きてんのは、もっとくだらねえ遠吠え合戦だ」
興味をくじかれ脱力したアウロラに対し、なおも講義は続く。
リースベットは鉄製のスプーンをつまんでゆらゆらさせながら続けた。
「あの山からパラヤ像をとったら、そこにはスプーン一本分の鉱床もねえ岩だらけの禿山があるだけた。あとは夏でも溶けねえ雪が残るくらいか」
「それなら、像の所有権? だけお金で売り渡しちゃったらいいんじゃないの?」
「正解。そいつが交渉ってもんだ。それぞれ欲しがってる物が違うから、交換が成り立つんだ」
「さっきも言ったが、ソレンスタム教の主神はツーダンだ。その妻のパラヤがデカい面してんのも、本来ならリードホルムにとってあんまり歓迎すべき事態じゃねえ」
「じゃあ、どうして縄張り争いなんて」
「こっちのナワバリに入るんじゃねえ、ってのは突き詰めると動物の本能だ。あの山を守れって騒いでる奴がゴマンといるが、そいつらはそんな水準でしかものを考えてねえってことさ」
「それを『考える』って表現していいのかも怪しいがな」
椅子の背もたれに身を預け、リースベットが天井を仰ぎながら嘲った。その姿勢のままパンを口に運ぶ。
「あるいは、そう民衆を煽って得をする奴がいるかも……ってところか」
「そうやって敵意を煽って英雄譚でも歌ってりゃ、家の柱が腐って床が抜けるのも気付かねえ」
「家がまるごと崩れるまではな」
「ああ……」
アウロラは小さくうめきながら、何年か前に両親が漏らしていた憤慨を思い出した。
ともに音楽家の父バルタサールと母カミラのもとに吟遊詩人大学のから届いた布告には、伝統的な曲よりも当局指定の、祖国を称える勇壮な曲を演奏するようにという指示があった。父母はそれを無視し続け、ある日突然、内務省王都管理部に連行されたのだった。
――私に見えないところで、私の知らない理屈で、私の生きる世界のことが決定されていってる。
その事実はアウロラにとって極めて不愉快だったが、その閉ざされた扉を開く鍵を持っている、という実感は彼女にはない。
「……まあでも、その対立の中間に居座るってのは、逆にいい立ち位置かも知れねえな」
「対立が未来永劫続けば、って無茶な前提があるがな」
「バックマンさん……だけじゃない、リースベットも……道を示して。私まだ、そういうのが全然わからないから……」
いつになく真剣な顔のアウロラに、呼びかけられた二人は目を丸くした。
「心配すんな。何しろあたしらだって分かんねえんだ!」
「おいおい頭領……」
おどけるように笑うリースベットに、バックマンは珍しく難色を示している。
「……まあ正直に言やあ、分からねえってのは事実だ。だがやれるだけのことはやる」
「……うん、お願い」
「今までずっと綱渡りを続けてきて、最近になってようやく集団としての計画案みてえなモンを出してはみたが……あたしらが傍目にヤバそうだったら、とっとと見限って違う生き方を探せ。アウロラ、お前はまだそれが出来るはずだ」
不安げな顔で頷くアウロラの背後から、一人の山賊の男が姿を表した。彼は主に昼間の見張りを担当している。
「頭領、指名で来客なんだが……」
「何だって?」
「あんたに会わせてくれって、ご丁寧に俺に金まで握らせてきやがった」
「どんな奴だ?」
「若い男と、その護衛みてえな二人組だ。外で待ってる」
「……分かった。すぐに行く」
リースベットは口を拭ってククリナイフを手に取り、出入り口へと向かった。
彼女の脳裏には、一ヶ月ほど前に立ち話をした、白皙の青年の顔が浮かんでいた。
「なるほどね」
「……ここまでが歴史的経緯だ。これは正直どうでもいい」
「え?」
「今あそこで起きてんのは、もっとくだらねえ遠吠え合戦だ」
興味をくじかれ脱力したアウロラに対し、なおも講義は続く。
リースベットは鉄製のスプーンをつまんでゆらゆらさせながら続けた。
「あの山からパラヤ像をとったら、そこにはスプーン一本分の鉱床もねえ岩だらけの禿山があるだけた。あとは夏でも溶けねえ雪が残るくらいか」
「それなら、像の所有権? だけお金で売り渡しちゃったらいいんじゃないの?」
「正解。そいつが交渉ってもんだ。それぞれ欲しがってる物が違うから、交換が成り立つんだ」
「さっきも言ったが、ソレンスタム教の主神はツーダンだ。その妻のパラヤがデカい面してんのも、本来ならリードホルムにとってあんまり歓迎すべき事態じゃねえ」
「じゃあ、どうして縄張り争いなんて」
「こっちのナワバリに入るんじゃねえ、ってのは突き詰めると動物の本能だ。あの山を守れって騒いでる奴がゴマンといるが、そいつらはそんな水準でしかものを考えてねえってことさ」
「それを『考える』って表現していいのかも怪しいがな」
椅子の背もたれに身を預け、リースベットが天井を仰ぎながら嘲った。その姿勢のままパンを口に運ぶ。
「あるいは、そう民衆を煽って得をする奴がいるかも……ってところか」
「そうやって敵意を煽って英雄譚でも歌ってりゃ、家の柱が腐って床が抜けるのも気付かねえ」
「家がまるごと崩れるまではな」
「ああ……」
アウロラは小さくうめきながら、何年か前に両親が漏らしていた憤慨を思い出した。
ともに音楽家の父バルタサールと母カミラのもとに吟遊詩人大学のから届いた布告には、伝統的な曲よりも当局指定の、祖国を称える勇壮な曲を演奏するようにという指示があった。父母はそれを無視し続け、ある日突然、内務省王都管理部に連行されたのだった。
――私に見えないところで、私の知らない理屈で、私の生きる世界のことが決定されていってる。
その事実はアウロラにとって極めて不愉快だったが、その閉ざされた扉を開く鍵を持っている、という実感は彼女にはない。
「……まあでも、その対立の中間に居座るってのは、逆にいい立ち位置かも知れねえな」
「対立が未来永劫続けば、って無茶な前提があるがな」
「バックマンさん……だけじゃない、リースベットも……道を示して。私まだ、そういうのが全然わからないから……」
いつになく真剣な顔のアウロラに、呼びかけられた二人は目を丸くした。
「心配すんな。何しろあたしらだって分かんねえんだ!」
「おいおい頭領……」
おどけるように笑うリースベットに、バックマンは珍しく難色を示している。
「……まあ正直に言やあ、分からねえってのは事実だ。だがやれるだけのことはやる」
「……うん、お願い」
「今までずっと綱渡りを続けてきて、最近になってようやく集団としての計画案みてえなモンを出してはみたが……あたしらが傍目にヤバそうだったら、とっとと見限って違う生き方を探せ。アウロラ、お前はまだそれが出来るはずだ」
不安げな顔で頷くアウロラの背後から、一人の山賊の男が姿を表した。彼は主に昼間の見張りを担当している。
「頭領、指名で来客なんだが……」
「何だって?」
「あんたに会わせてくれって、ご丁寧に俺に金まで握らせてきやがった」
「どんな奴だ?」
「若い男と、その護衛みてえな二人組だ。外で待ってる」
「……分かった。すぐに行く」
リースベットは口を拭ってククリナイフを手に取り、出入り口へと向かった。
彼女の脳裏には、一ヶ月ほど前に立ち話をした、白皙の青年の顔が浮かんでいた。
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