85 / 247
落日の序曲
14 道標
しおりを挟む
ティーサンリード山賊団の拠点は、もともと鉄鉱石の採掘坑だった地下壕を整備したものだった。一般的な住居と比べれば不便は多いが、それでもリードホルムの厳冬を屋外で過ごすことと比較すれば些細な問題だ。
とくに食堂は暖炉の他に調理用のかまどもあるため冬でも暖かく、今日はトマトシチューのよい香りが漂っている。
一角のテーブルではバックマンを中心とした男たちが顔を寄せ合い、昼食を摂りながら話し込んでいた。
話題はさいきん様子のおかしいリースベットについてだ。
「最近の頭領、たまにちょっと変じゃねえか? やけに機嫌がいいと思ったら、一人で食堂にいる時の顔は幽霊みてえだったり……」
「たぶんカッセルから戻ってからだよな。一体何があったんだ?」
「バックマンお前まさか、付き合いが長いのを口実に……」
「そんなタマかよ。だいいちそれやったら俺は今頃、この場所どころかこの世にいねえよ」
口さがない者たちの言葉を聞きとがめた料理長エステルが、めずらしく会話に割って入ってきた。彼女は普段どんな話題でも、鼻歌を歌いながら聞き流しているのだが。
「あんたらねえ。あの子だって女の子なんだから、気煩いの一つや二つあるわよ」
「女の子……ま、まあエステル姐さんが言うんなら」
「無駄口叩くんなら、料理を食べ終わってからにしてよね」
山賊団の胃袋を牛耳るエステルの言葉には全員が素直に従う。
彼らは雑談をやめ、塩漬けの豚肉とトマトやセロリなどが煮込まれたシチューを、パンとともに無心でかき込んだ。
「何にせよ、だ。アウグスティンが死んで、これからずいぶん状況が変わるだろうからな。俺だっていろいろ気が重いぜ」
「リードホルムの民衆にとっちゃ、歓迎すべきことなんだろうが……」
「なにしろ俺らは、権力者が程よくバカなことにつけ込んで生き残ってきた、って面は否定できねえ」
そう笑い合いながら、バックマンとドグラス、ヨンソンはいそいそと食器を片付けた。
「新しい仕事相手はカッセルだ。今んとこ、それほど大した仕事はもらってねえが……これからどうなるか」
「カッセルがどうしたって?」
話頭がほどよく無害な方向を向いた頃合いに、リースベットが食堂に姿を表した。その後ろにはアウロラの姿もある。
「カッセルからどんな仕事を押し付けられんのか、皆で戦々恐々としてたところだよ」
「……それはそうだな。捨て駒にされねえよう、受ける仕事は選ぶ必要があるか」
「それってバックマンさんの得意分野でしょ? ちゃんと仕事してね」
「だな」
アウロラはそう言い残して、リースベットとともに料理を取りに行った。
バックマンはドグラスに背中を叩かれながら、そのうしろ姿を呆然と見送る。ヘルストランド潜入時の悪趣味なドレスの一件依頼、バックマンに対するアウロラの態度は辛辣さを増していた。
「いっそボーデン山あたりにでも移住すりゃ、仕事もやりやすいのかも知れねえな」
トレイに大型のパンとシチューを乗せたリースベットがつぶやいた。
椅子に二本のオスカを置き、さっそく物凄い勢いで料理を口に押し込む。アウロラはその斜め向かいに座った。
ボーデン山はリードホルムとカッセルを見下ろすようにそびえる、雪に覆われ荒涼とした死火山だ。
伝説に残る噴火の記録から、かつては神の怒りの具現として恐れられていたが、それも遥か過去のことだった。中腹には時の神ツーダンの妻パラヤの巨大な石像が建っている。
「ボーデン山って、あの大きな像が立ってるところ?」
「ああ、嬢ちゃんはこのまえ見てきた……わけじゃねえか。あんときゃ真夜中だ」
「あそこはカッセルとリードホルムの、縄張り争いのど真ん中じゃねえか」
「なわはりあらそい?」
パンを齧りながらしゃべるアウロラの疑問に、周囲の者たちがこぞって答える。
「あそこに建ってるパラヤ像は、ずーっと昔にリードホルムが建てたもんなんだが、慈母神パラヤはカッセルで広まってるファンナ教の主神なんだ」
「リードホルムやノルドグレーンで流行ってる新興のソレンスタム教団じゃ、主神はツーダンだからな」
「当然カッセル側のほうがあの像を神聖視して有難がってるんだが、リードホルムは自分らが建てたもんだからって所有権を主張してる」
「なるほどね」
「……ここまでが歴史的経緯だ。これは正直どうでもいい」
「え?」
「今あそこで起きてんのは、もっとくだらねえ遠吠え合戦だ」
とくに食堂は暖炉の他に調理用のかまどもあるため冬でも暖かく、今日はトマトシチューのよい香りが漂っている。
一角のテーブルではバックマンを中心とした男たちが顔を寄せ合い、昼食を摂りながら話し込んでいた。
話題はさいきん様子のおかしいリースベットについてだ。
「最近の頭領、たまにちょっと変じゃねえか? やけに機嫌がいいと思ったら、一人で食堂にいる時の顔は幽霊みてえだったり……」
「たぶんカッセルから戻ってからだよな。一体何があったんだ?」
「バックマンお前まさか、付き合いが長いのを口実に……」
「そんなタマかよ。だいいちそれやったら俺は今頃、この場所どころかこの世にいねえよ」
口さがない者たちの言葉を聞きとがめた料理長エステルが、めずらしく会話に割って入ってきた。彼女は普段どんな話題でも、鼻歌を歌いながら聞き流しているのだが。
「あんたらねえ。あの子だって女の子なんだから、気煩いの一つや二つあるわよ」
「女の子……ま、まあエステル姐さんが言うんなら」
「無駄口叩くんなら、料理を食べ終わってからにしてよね」
山賊団の胃袋を牛耳るエステルの言葉には全員が素直に従う。
彼らは雑談をやめ、塩漬けの豚肉とトマトやセロリなどが煮込まれたシチューを、パンとともに無心でかき込んだ。
「何にせよ、だ。アウグスティンが死んで、これからずいぶん状況が変わるだろうからな。俺だっていろいろ気が重いぜ」
「リードホルムの民衆にとっちゃ、歓迎すべきことなんだろうが……」
「なにしろ俺らは、権力者が程よくバカなことにつけ込んで生き残ってきた、って面は否定できねえ」
そう笑い合いながら、バックマンとドグラス、ヨンソンはいそいそと食器を片付けた。
「新しい仕事相手はカッセルだ。今んとこ、それほど大した仕事はもらってねえが……これからどうなるか」
「カッセルがどうしたって?」
話頭がほどよく無害な方向を向いた頃合いに、リースベットが食堂に姿を表した。その後ろにはアウロラの姿もある。
「カッセルからどんな仕事を押し付けられんのか、皆で戦々恐々としてたところだよ」
「……それはそうだな。捨て駒にされねえよう、受ける仕事は選ぶ必要があるか」
「それってバックマンさんの得意分野でしょ? ちゃんと仕事してね」
「だな」
アウロラはそう言い残して、リースベットとともに料理を取りに行った。
バックマンはドグラスに背中を叩かれながら、そのうしろ姿を呆然と見送る。ヘルストランド潜入時の悪趣味なドレスの一件依頼、バックマンに対するアウロラの態度は辛辣さを増していた。
「いっそボーデン山あたりにでも移住すりゃ、仕事もやりやすいのかも知れねえな」
トレイに大型のパンとシチューを乗せたリースベットがつぶやいた。
椅子に二本のオスカを置き、さっそく物凄い勢いで料理を口に押し込む。アウロラはその斜め向かいに座った。
ボーデン山はリードホルムとカッセルを見下ろすようにそびえる、雪に覆われ荒涼とした死火山だ。
伝説に残る噴火の記録から、かつては神の怒りの具現として恐れられていたが、それも遥か過去のことだった。中腹には時の神ツーダンの妻パラヤの巨大な石像が建っている。
「ボーデン山って、あの大きな像が立ってるところ?」
「ああ、嬢ちゃんはこのまえ見てきた……わけじゃねえか。あんときゃ真夜中だ」
「あそこはカッセルとリードホルムの、縄張り争いのど真ん中じゃねえか」
「なわはりあらそい?」
パンを齧りながらしゃべるアウロラの疑問に、周囲の者たちがこぞって答える。
「あそこに建ってるパラヤ像は、ずーっと昔にリードホルムが建てたもんなんだが、慈母神パラヤはカッセルで広まってるファンナ教の主神なんだ」
「リードホルムやノルドグレーンで流行ってる新興のソレンスタム教団じゃ、主神はツーダンだからな」
「当然カッセル側のほうがあの像を神聖視して有難がってるんだが、リードホルムは自分らが建てたもんだからって所有権を主張してる」
「なるほどね」
「……ここまでが歴史的経緯だ。これは正直どうでもいい」
「え?」
「今あそこで起きてんのは、もっとくだらねえ遠吠え合戦だ」
0
あなたにおすすめの小説
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる