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落日の序曲
14 道標
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ティーサンリード山賊団の拠点は、もともと鉄鉱石の採掘坑だった地下壕を整備したものだった。一般的な住居と比べれば不便は多いが、それでもリードホルムの厳冬を屋外で過ごすことと比較すれば些細な問題だ。
とくに食堂は暖炉の他に調理用のかまどもあるため冬でも暖かく、今日はトマトシチューのよい香りが漂っている。
一角のテーブルではバックマンを中心とした男たちが顔を寄せ合い、昼食を摂りながら話し込んでいた。
話題はさいきん様子のおかしいリースベットについてだ。
「最近の頭領、たまにちょっと変じゃねえか? やけに機嫌がいいと思ったら、一人で食堂にいる時の顔は幽霊みてえだったり……」
「たぶんカッセルから戻ってからだよな。一体何があったんだ?」
「バックマンお前まさか、付き合いが長いのを口実に……」
「そんなタマかよ。だいいちそれやったら俺は今頃、この場所どころかこの世にいねえよ」
口さがない者たちの言葉を聞きとがめた料理長エステルが、めずらしく会話に割って入ってきた。彼女は普段どんな話題でも、鼻歌を歌いながら聞き流しているのだが。
「あんたらねえ。あの子だって女の子なんだから、気煩いの一つや二つあるわよ」
「女の子……ま、まあエステル姐さんが言うんなら」
「無駄口叩くんなら、料理を食べ終わってからにしてよね」
山賊団の胃袋を牛耳るエステルの言葉には全員が素直に従う。
彼らは雑談をやめ、塩漬けの豚肉とトマトやセロリなどが煮込まれたシチューを、パンとともに無心でかき込んだ。
「何にせよ、だ。アウグスティンが死んで、これからずいぶん状況が変わるだろうからな。俺だっていろいろ気が重いぜ」
「リードホルムの民衆にとっちゃ、歓迎すべきことなんだろうが……」
「なにしろ俺らは、権力者が程よくバカなことにつけ込んで生き残ってきた、って面は否定できねえ」
そう笑い合いながら、バックマンとドグラス、ヨンソンはいそいそと食器を片付けた。
「新しい仕事相手はカッセルだ。今んとこ、それほど大した仕事はもらってねえが……これからどうなるか」
「カッセルがどうしたって?」
話頭がほどよく無害な方向を向いた頃合いに、リースベットが食堂に姿を表した。その後ろにはアウロラの姿もある。
「カッセルからどんな仕事を押し付けられんのか、皆で戦々恐々としてたところだよ」
「……それはそうだな。捨て駒にされねえよう、受ける仕事は選ぶ必要があるか」
「それってバックマンさんの得意分野でしょ? ちゃんと仕事してね」
「だな」
アウロラはそう言い残して、リースベットとともに料理を取りに行った。
バックマンはドグラスに背中を叩かれながら、そのうしろ姿を呆然と見送る。ヘルストランド潜入時の悪趣味なドレスの一件依頼、バックマンに対するアウロラの態度は辛辣さを増していた。
「いっそボーデン山あたりにでも移住すりゃ、仕事もやりやすいのかも知れねえな」
トレイに大型のパンとシチューを乗せたリースベットがつぶやいた。
椅子に二本のオスカを置き、さっそく物凄い勢いで料理を口に押し込む。アウロラはその斜め向かいに座った。
ボーデン山はリードホルムとカッセルを見下ろすようにそびえる、雪に覆われ荒涼とした死火山だ。
伝説に残る噴火の記録から、かつては神の怒りの具現として恐れられていたが、それも遥か過去のことだった。中腹には時の神ツーダンの妻パラヤの巨大な石像が建っている。
「ボーデン山って、あの大きな像が立ってるところ?」
「ああ、嬢ちゃんはこのまえ見てきた……わけじゃねえか。あんときゃ真夜中だ」
「あそこはカッセルとリードホルムの、縄張り争いのど真ん中じゃねえか」
「なわはりあらそい?」
パンを齧りながらしゃべるアウロラの疑問に、周囲の者たちがこぞって答える。
「あそこに建ってるパラヤ像は、ずーっと昔にリードホルムが建てたもんなんだが、慈母神パラヤはカッセルで広まってるファンナ教の主神なんだ」
「リードホルムやノルドグレーンで流行ってる新興のソレンスタム教団じゃ、主神はツーダンだからな」
「当然カッセル側のほうがあの像を神聖視して有難がってるんだが、リードホルムは自分らが建てたもんだからって所有権を主張してる」
「なるほどね」
「……ここまでが歴史的経緯だ。これは正直どうでもいい」
「え?」
「今あそこで起きてんのは、もっとくだらねえ遠吠え合戦だ」
とくに食堂は暖炉の他に調理用のかまどもあるため冬でも暖かく、今日はトマトシチューのよい香りが漂っている。
一角のテーブルではバックマンを中心とした男たちが顔を寄せ合い、昼食を摂りながら話し込んでいた。
話題はさいきん様子のおかしいリースベットについてだ。
「最近の頭領、たまにちょっと変じゃねえか? やけに機嫌がいいと思ったら、一人で食堂にいる時の顔は幽霊みてえだったり……」
「たぶんカッセルから戻ってからだよな。一体何があったんだ?」
「バックマンお前まさか、付き合いが長いのを口実に……」
「そんなタマかよ。だいいちそれやったら俺は今頃、この場所どころかこの世にいねえよ」
口さがない者たちの言葉を聞きとがめた料理長エステルが、めずらしく会話に割って入ってきた。彼女は普段どんな話題でも、鼻歌を歌いながら聞き流しているのだが。
「あんたらねえ。あの子だって女の子なんだから、気煩いの一つや二つあるわよ」
「女の子……ま、まあエステル姐さんが言うんなら」
「無駄口叩くんなら、料理を食べ終わってからにしてよね」
山賊団の胃袋を牛耳るエステルの言葉には全員が素直に従う。
彼らは雑談をやめ、塩漬けの豚肉とトマトやセロリなどが煮込まれたシチューを、パンとともに無心でかき込んだ。
「何にせよ、だ。アウグスティンが死んで、これからずいぶん状況が変わるだろうからな。俺だっていろいろ気が重いぜ」
「リードホルムの民衆にとっちゃ、歓迎すべきことなんだろうが……」
「なにしろ俺らは、権力者が程よくバカなことにつけ込んで生き残ってきた、って面は否定できねえ」
そう笑い合いながら、バックマンとドグラス、ヨンソンはいそいそと食器を片付けた。
「新しい仕事相手はカッセルだ。今んとこ、それほど大した仕事はもらってねえが……これからどうなるか」
「カッセルがどうしたって?」
話頭がほどよく無害な方向を向いた頃合いに、リースベットが食堂に姿を表した。その後ろにはアウロラの姿もある。
「カッセルからどんな仕事を押し付けられんのか、皆で戦々恐々としてたところだよ」
「……それはそうだな。捨て駒にされねえよう、受ける仕事は選ぶ必要があるか」
「それってバックマンさんの得意分野でしょ? ちゃんと仕事してね」
「だな」
アウロラはそう言い残して、リースベットとともに料理を取りに行った。
バックマンはドグラスに背中を叩かれながら、そのうしろ姿を呆然と見送る。ヘルストランド潜入時の悪趣味なドレスの一件依頼、バックマンに対するアウロラの態度は辛辣さを増していた。
「いっそボーデン山あたりにでも移住すりゃ、仕事もやりやすいのかも知れねえな」
トレイに大型のパンとシチューを乗せたリースベットがつぶやいた。
椅子に二本のオスカを置き、さっそく物凄い勢いで料理を口に押し込む。アウロラはその斜め向かいに座った。
ボーデン山はリードホルムとカッセルを見下ろすようにそびえる、雪に覆われ荒涼とした死火山だ。
伝説に残る噴火の記録から、かつては神の怒りの具現として恐れられていたが、それも遥か過去のことだった。中腹には時の神ツーダンの妻パラヤの巨大な石像が建っている。
「ボーデン山って、あの大きな像が立ってるところ?」
「ああ、嬢ちゃんはこのまえ見てきた……わけじゃねえか。あんときゃ真夜中だ」
「あそこはカッセルとリードホルムの、縄張り争いのど真ん中じゃねえか」
「なわはりあらそい?」
パンを齧りながらしゃべるアウロラの疑問に、周囲の者たちがこぞって答える。
「あそこに建ってるパラヤ像は、ずーっと昔にリードホルムが建てたもんなんだが、慈母神パラヤはカッセルで広まってるファンナ教の主神なんだ」
「リードホルムやノルドグレーンで流行ってる新興のソレンスタム教団じゃ、主神はツーダンだからな」
「当然カッセル側のほうがあの像を神聖視して有難がってるんだが、リードホルムは自分らが建てたもんだからって所有権を主張してる」
「なるほどね」
「……ここまでが歴史的経緯だ。これは正直どうでもいい」
「え?」
「今あそこで起きてんのは、もっとくだらねえ遠吠え合戦だ」
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